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泣き虫お嬢様と呪われた超越者  作者: 覚山覚
第四部 消失する綿貫

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百八話 小さな巨悪

 俺はある建物に出入りする人間を見張っていた。自分が張り込み向きの外見ではない事は自覚しているが、折良くも対象の近くに飲食店があったので、食事をしながら張り込んでいるという形だ。今回は張り込み向きの立地に恵まれたと言える。


「うぅむ……街中という場所もそうだが、傍目には市民館や区民館のような施設に見えるな。民間の団体でこの規模とは大した羽振りの良さだ」


 ラスが追跡した、ミスミの母親を自称する女。

 あの女は普通のアパートやマンションではなく、この施設に帰還したと報告を受けたが、その情報によって女の素性は極めて疑わしくなっていた。


 なにしろこの場所は宗教団体の施設。

 かつての光人教団を想起させる新興宗教団体――『選ばれし救世聖者の会』の施設だったのだ。もう名前からして相当に怪しい。


「ネットの情報では『奇跡の子』を崇め称える団体という事らしいが、ミスミを調べていた事からしても超能力者関係の組織としか思えんな」

「カァッ。超能力者を神輿にして信者を集めてる、ってとこだろうな」


 例によって懐から聞こえるラスの声。どうやらラスも同意見のようだが、俺の懐から声が聞こえるので自己肯定的な一人芝居に見えなくもなかった。


 実際のところ、『救世聖者』という名称からしても超能力者を暗喩(あんゆ)している感がある。おそらくは超能力を奇跡として扱っている団体なのだろう。


「それにしても……同じ新興宗教団体であっても、先の光人教団とは随分と毛色が違うな。光人教団の信者は無法者の集まりという感じだったが、この施設は普通の主婦のような人間が出入りしているぞ」


 過去に俺たちと敵対した光人教団。あの組織は少数の超能力者がゴロツキたちを配下にしているような組織だった。


 しかし、この救世聖者の会は違う。

 街中に堂々と拠点が存在しているばかりか、施設に出入りしている人間も一般人ばかりのように見える。光人教団と違って悪意に塗れている人間が見えないのだ。


「まったく、これはやり辛いな……。俺の苦手なタイプの相手だ」


 俺からすれば悪人集団が相手であった方が与しやすかった。

 相手が無法者の集団であれば、正義の名探偵として容赦なく叩き潰すことが出来るのだ。手段を選ぶ必要もないので正面突破で解決である。


 だが、救世聖者の会の一般信者は普通の人々である可能性が高い。

 一連の流れから考えると組織の上層部は疑わしいが、一般信者が罪の無い人々となれば荒事に巻き込むことは避けなくてはならない。


「カァッ、しかしミスミの嬢ちゃんが狙われる理由が分からねえぜ。組織形態から考えると神輿は二つも要らないだろうからなぁ」


 それは俺も気になっていた事だった。

 救済聖者の会とは『奇跡の子』を崇める団体という事だが、同じように奇跡――超能力を持つミスミを引き入れてもメリットが少ないような思いがある。むしろ信仰対象が増える事によって求心力が低下しかねないだろう。


「もしかするとミスミを戦力として求めているのかも知れないが……いずれにせよ、このまま連中を放置するわけにはいかんだろう」


 探偵社による調査の目的は『ミスミが他の組織に所属していないかどうかを確認する為』だろうと推察している。探偵社の人間を執拗に探ったので確度は高い。


 他の超能力者集団と揉めない為に背後関係を洗っていたと思われるが、このまま座視していると救済聖者の会がミスミに接触を試みることは明白だ。

 ここは後手に回る前に先手を打つべきだろう。


「さて、これからどうしたものか……おっと、大物が乗ってそうな車が来たな」


 施設の前に停まったのは一台の高級車。

 なんとなく組織の幹部クラスが乗っている雰囲気があるので注視する。


 ミスミの件は上層部が関与している可能性が高いので、後から尋問する為にも幹部の顔を覚えておかねばならないのだ。


「カァァッ……あれが『奇跡の子』ってやつか」


 高級車から降りてきたのは、『奇跡の子』と(おぼ)しき子供だった。

 外見からすると十代前半の少年。そんな若年の子供に対して信者たちがひれ伏すように頭を下げている。事前情報から判断すれば奇跡の子としか思えない。


「なんだ、あの子供は……」


 そして俺の目は、信者から敬われる奇跡の子の本性を捉えていた。

 鷹揚な笑みを浮かべる少年。傍目には普通の子供に映るのかも知れないが、俺は自分の目に映っている光景に愕然としていた。


 ()()()()()()()()()()()

 俺の目に映る子供は、過去に見てきた中でも際立った邪悪さを宿していた。


 これが卑劣な犯罪行為の最中という事ならともかく、ただ歩いているだけの子供がむせ返るような悪意を発している。これは尋常な事ではない。


「……あの若さでこれほど歪んでいるとは、周囲の大人は何をやっていたんだ」


 子供を正しい道に導くのは大人の役目のはずだが、あの少年の現状からすると窘めるどころか悪意を助長していた可能性が高い。

 これは他人の子供ながら歯痒さを覚えてしまうというものだ。


「カァッ、相棒は奇跡の子に接触するのか?」

「そうだな……あの子供に接触するというよりは、取り巻きに接触するから結果的に関わるという形になるはずだ。傍らにいる男が第一目標だな」

「あのキツネみたいな男か。奇跡の子と雰囲気が似てるから父親かもなぁ」


 子供の傍にはキツネを思わせる小狡そうな男。ラスの言う通り、どことなく奇跡の子と顔立ちが似ているので父親なのだろうと思う。


 おそらくは自分の子供を宗教団体の神輿として担ぎ上げているのだろうが……なんにせよ、キツネ男は非常に疑わしいので接触してみるつもりだ。

 キツネ男も相当な悪意の持ち主なので手を出しやすいという事情もある。


「よし、では行くか。またラスには仕事をしてもらう事になるぞ」

「カァッ」


 上着に軽くポンと触れると、音の鳴るクッションの如く誇らしげな声が返ってきた。俺の相棒を名乗るだけあって仕事を任された事が嬉しそうだ。 


 今回は正面突破が選べないので隠密カラスの出番は多い。あのゴミのような映画を報酬にして働かせるのは流石に申し訳ないので……この事件が片付いた暁には、老舗の定食屋で好物のチキンカツ弁当を買ってやるとしよう。


明日も夜に投稿予定。

次回、百九話〔華麗なる侵入者〕

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