百七話 意識させない確認
昼下がりの探偵事務所。普段ならカリン主従が顔を見せる頃合いだが、今日はメールで断りを入れてあるので来訪の予定はない。
日中に仕事がある時には断っているのでカリンの方も心得たものである。
ただ……今日に限っては、仕事を理由に来訪を断ったわけではない。
今日は珍しい客人――俺の妹分であるミスミを事務所に招待しているので、当事者以外には遠慮してもらったという形だ。場合によってはミスミの家庭の事情に踏み込むことになるので致し方ない。
「はえ~っ、ここがビャクさんの探偵事務所ですか~。これはアレですね、私が入っていた座敷牢と同じくらいの広さですねぇ」
俺の事務所に足を踏み入れた直後、ミスミは返答に困る感想を漏らしていた。
本人に悪気は無いようだが、事務所を座敷牢と混同されてしまうと複雑な心境になる。まるで俺が座敷牢で生活しているかのようなのだ。
「……それは誉め言葉として受け取っておこう。ちなみに、この事務所に来たのは孤児院の子供ではミスミが初めてだぞ」
孤児院から事務所までは電車を乗り継がなくてはならないので、子供たちが気軽に足を運ぶというわけにはいかなかった。
それにこの辺りは歓楽街。カリンやユキのように車で送迎されているならともかく、無垢な子供たちを歓楽街に近付けるのは抵抗があったのだ。
「えへへっ、皆に自慢しないといけないですね」
「嫌がらせ的な使命感を発揮するんじゃない。まぁ、ミスミの場合は通学圏内に事務所があった事が大きいと言えるな」
通学定期券の区間内に事務所の最寄り駅が入っていた事は幸いだった。
ミスミとは余人を交えずに話をしたかったので、俺の事務所であれば好都合だ。当人も探偵事務所に興味を持っていたので会談場所に選ばない手はない。
「ともかく、白湯でも出すからソファに座っていろ。――ああ、ついでにテーブルの上を軽く片付けておいてくれ」
「おやおや、これは『隠し撮りした写真』ですか? ふっふっふっ、なにやら犯罪の臭いがしますねぇ。ビャクさん、盗撮はれっきとした犯罪なんですよ?」
小癪な台詞にイラッとさせられつつも、俺はミスミの反応を観察していた。
テーブルに置かれた写真。ミスミを事務所に招いたのは、この写真を――『ミスミの母親』を自称する婦人の写真を、自然な形で見せる事が目的だったのだ。
迂遠な手段を取らずとも、ミスミ本人に『母親が近況を探っている』と伝えてから写真を確認してもらう方が手っ取り早いが、しかしそれは許されない手段だ。
幼い頃に失踪したミスミの母親。
その母親が現れたとなると救いのある話なのかも知れないが、もしも『騙り』であったらミスミを傷付けることになる。まずは真偽を確かめなくてはならない。
そしてミスミは、問題の写真を目にしてもそれらしい反応を示さなかった。
当時の年齢からするとミスミが母親の顔を忘れているとは思えない。元より予想はついていたが、やはりただの騙りだったという事なのだろう。
あの女が帰還した場所をラスから聞いていたので驚きはない。あとは、俺がミスミの関知しないところで片付けておくまでだ。
「…………ビャクさん?」
おっと、これはいかん。
ミスミの母親を自称している人間の事を考えていたら心が沈み込んでしまった。決して面白い話ではないが、それでも暗い感情を表に出してはいけない。
「……いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだからな」
「ちょ、なんで私の頭を撫でるんですかぁ」
「気にするな、急に撫でたくなっただけだ」
嫌がるような事を言いながらもデヘーッと頬を緩めているミスミ。
そのだらしない笑顔には先程までの探るような色はない。俺の態度に疑問を持っていた事はすっかり忘却してくれたようだ。
「それはそうと、ミスミに紹介したい相手がいる。ここに呼んでも構わないか?」
本日の目的は達したという事で気持ちを切り替える。今日は個人的な思惑があって招待していたが、ミスミとしては純粋な気持ちで遊びに来ただけだ。やるべき事を終えたとなれば普段通りに歓迎しなくてはならない。
というわけで、ラスを紹介すべく窓から招き入れる。呼ばれたラスは滑るように窓を抜け、定位置であるテーブル上の置物にとまった。
しかし、そこでミスミは意外な事を口にする。
「……あれ? よく孤児院の木にとまってるカラスさんじゃないですか」
「カァッ!?」
ミスミの反応にラスは驚いているが、その予想外の言葉には俺も驚いていた。
そもそもラスが孤児院に顔を出していた事が初耳だ。俺が孤児院の子供を気に掛けているので、ラスも気を回して見守っていたという事なのだろうか。
「というか、カラスの見分けがつくのか……」
「え~っ、何言ってるんですかビャクさん。賢そうな目をしてますし、他のカラスさんと全然違うじゃないですか~」
まるで俺に見る目がないかのような言い草だ。
確かに間近で観察すれば分からなくもないかも知れないが、木の上にとまっているカラスを外見で見分けられる人間は数少ないはずだろう。
しかし思い返せば、ミスミは偏差値の高い学園に通っている子供だ。ほやほやな雰囲気からは想像しにくいが、観察力も人並み以上に優れているのかも知れない。
そしてミスミは順応力も高かった。
「なんと、ラスさんもポロリ仲間だったんですか。種族を超えた繋がりですねぇ」
「カァァッ、あれは稀に見る駄作だったぜ」
あっさりと喋るカラスを受け入れたミスミ。
俺がポロリ仲間として確定メンバーにされている節があるのは気になるが、三者共通の話題があると考えれば受け入れざるを得ない。
ちなみにラスが『名探偵ポロリの事件簿』を観たのは先日の事だ。
数日前に依頼人の追跡依頼を成し遂げたラス。その報酬としてラスに望みを尋ねたところ、よりにもよってあの映画を観たいと言い出したのだ。
俺とカリンが観た映画という事で、前々から密かに興味を持っていたらしい。
報酬のはずなのに罰ゲームのような映画を観せることには抵抗があったが、ラスの希望となれば否やはない。動画配信サイトで抵抗感を覚えながらの課金である。
まぁ正直に言えば、俺はポロリの二作目を観るという約束をしていたので有難くはあった。本来なら一人で観るはずだった二作目の視聴に道連れが出来たのだ。
「カァァッ、一作目の結末も酷かったぜ。まさか探偵のポロリが犯人とはなぁ」
「夢遊病で無意識の内に殺人を繰り返してたって、誰にも分かりませんよね~」
「あのオチは本当に酷かった……。いきなり後付けで情報を出してきたからな」
一作目のラストは筆舌に尽くし難かった。なにしろ解決編で突如として『そういえば朝起きた時に手が血塗れやったわ!』という決定的な情報を出してきたのだ。あまりにもあんまりな展開にラスも呆然である。
「主人公が逮捕されて終わったのに、まさかあの駄作に続編があったとはな。何を血迷って続編を作ろうと思ってしまったのか」
あの映画に二作目が存在していた事は本当に予想外だった。
連続殺人犯のポロリは捕まったはずだったが、二作目の冒頭で『げへへっ、少年法さまさまやで』とドクズな発言をしながら大手を振って歩いていたのだ。
夢遊病で心神喪失という解釈はグレーだったようだが、どうやらポロリが『未成年』という設定に助けられていたらしい。俳優がオッサンなのでモヤモヤである。
「二作目も神作でしたよね~。最後にモロ子ちゃんが『ポロリン、利息はトイチやで!』って叫んでたところは泣いちゃいましたよ」
俺とラスに酷評されながらも、ミスミは微塵もブレていなかった。
軽く引いてしまうほど熱心に魅力を語っているので、俺やラスの感性の方がおかしいのではないかと錯覚しかねないほどだ。
しかし、ミスミの場合は監禁生活の影響で感性がズレてしまったという可能性がある。お気に入りの映画の話をしているミスミは楽しそうなので、情操教育に問題がありそうな映画であっても広い心で許容すべきなのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、百八話〔小さな巨悪〕




