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魔物

「なぜあなたが、ここにいるっ!」


 私はパイアスに向かい啖呵を切る。

 かつて学園でのテロを企み、失敗した男。

 それが目の前にいるパイアス・ヘイズだ。

 私の言葉にパイアスは不愉快な笑みを浮かべる。


「何故と言われても……あなた達に会いに来た、ではダメですかな?」

「ダメに決まっているだろう!」


 ふざけた男だ。だが、そのふざけた男にノエルは傷つけられ、私の日常が再び侵されようとしている。

 それだけは防がねば。

 私は魔術によって虚空から剣を取り出す。彼と相対するために。


「ふふ、怖い怖い。しかし、六人揃っているならまだしも、あなた一人に負ける私ではありませんよ。ノエル君は武器を召喚できないためにそのように深手を負い、戦力にならないというのに」

「それは……!」


 たしかにそうだ。たった一人で彼の召喚する魔導傀儡の物量はこの閉所ではさすがにきつい。

 それに、傷ついたノエルを守りながらの戦いになる。形勢は圧倒的に不利だった。しかし、戦わねばならない。

 それが私にとっての戦いだからだ。


「だとしても! 私は戦う! 私の大切なものを傷つけようとする、あなたと!」

「レイ……」

「くくく……面白い! 誘い出しの魔術でノエル君を釣りだした結果はあった! でも残念です。私はあなたの相手をすることはできない」

「何だって?」


 不気味な笑いを浮かべるパイアス。

 彼はそう言うと、懐から歪な形をした短剣を取り出した。刃がジグザクになって五つほどの山と谷を作っている、妙な短剣だ。

 私は身構える。彼がその短剣で何をするか、予想がつかないからだ。


「ふふ……身構えていますね。それは正しい。しかし、これは予想できましたかな?」


 すると、次の瞬間パイアスは……自分の胸に、その短剣を突き刺した!


「なっ!?」

「えっ!?」


 私達は驚愕する。その行動の意味がまったく理解できなかったからだ。


「ぐっ……!?」


 一方でパイアスは苦しそうに短剣を突き立てた状態で血を口から吹き出す。

 明らかに助からない状態だった。

 だが、彼は――


「くく、くくく……!」

 笑っていた。


 自らの命を断つ行為をしておきながら、笑っていたのだ。


「がっ……! く、くく……! レイ君、前に言いましたね……。運命はときとして形をなして襲いかかると……それは私も同じ……しかし、死は終わりではない……」


 パイアスはすでに事切れてもおかしくないのに、私に話しかける。

 私には状況がまったく理解できなかった。

「な、何を……わからないことを……!」

「くく、それは『永久の暗黒』を持つあなたなら、知っているはずですよ……?」

「っ!?」


 この男は、私が転生したことを知っている……!?

 いや、そんなはずはない。きっと、あのおぞましき魔導書である『永久の暗黒』の所収者であるからこそ、言っているだけだ。


「あなたの苦しむ様を……この世界が侵食されていくさまを……あの世から楽しく見物……させて、いただきま……しょう……」


 そう言って、パイアスは倒れた。

 事切れたのだ。

 私とノエルは、言葉を出せずにいた。

 だが、異変はすぐさま訪れた。


「っ!? なんだ……!?」


 ノエルが目の前で起きた光景に対して言う。

 私も言葉こそ出さなかったが、驚愕する。

 パイアスの亡骸のある場所を中心に、緑色の魔法陣が現れ、それがまばゆく発光しはじめたのだ。

 その魔法陣は地鳴りをさせながら光を増す。そしてその光が最高潮になり、魔法陣が完成したかと思うと、私達はさらに驚愕することとなった。

 魔法陣から、現れたのだ。

 この世成らざる存在が。

 骨とわずかな肉の体に薄皮を貼り付けた、唾棄すべき腐臭を放つ人形(ひとがた)が。

 それは、学校で歴史の勉強をしたときに教科書に描かれた絵と共に知った姿と酷似していた。

 ゾンビ――かつて大陸で駆逐されたはずの魔物の一つだったのだ。

 さらにそのゾンビだけではない。

 そのゾンビに多少筋肉がつき、翼が生えたようなものも出てきた。

 彼の者の名前も学んだことがあった。インプである。

 ゾンビにインプ……伝承だけで語られた魔物が今ここに、私達の目の前に、現れたのだ。

 不気味な笑いを浮かべる、パイアスの亡骸を中心に。


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