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突撃! 帝都の貧民街

 子供達だけで帝都に行った翌週、私は再び帝都を訪れていた。

 今度は私とカレンの二人だけだ。

 あの後、帰った私は父からとても心配された。まあ服が破れて帰ってきたんだ。それは心配するだろう。そこはダグラスがうまくごまかしてくれたが。

 だが、母はごまかせなかったようで仕方なく怒られるのを覚悟で話すことになった。しかし、母は意外にも私を叱ることはなかった。


「クレアさんを守るための事でしょう? ならば、貴族の務めとしては間違っていません」


 との事だ。

 とは言え、今日またこうして帝都を訪れる許可を貰うには骨が折れた。

 最終的にカレンがずっと一緒に同行するという事で許してもらった。


「すまないねカレン。無理を言ってしまって」

「いいんですよ。お嬢様が私にあんなに頼み込むなんて珍しい事ですから。でも、どうしてそこまでまた帝都に来たかったんですか?」

「いや、どうしても会いたい人がいてね……」


 ノエル・ランチェスター。

 私はどうも彼が気になっていた。本来であれば出会うことのなかったはずの漫画での登場人物。

 そんな彼と出会ったのは、本当に偶然なのだろうか? そして、妙に心を惹かれるのはなぜなのだろうか?

 それを確かめなければいけない。そう思った。


「会いたい人……あら! もしかしてお嬢様……!」

「ん? どうしたんだいカレン?」

「なるほどこのカレンよく分かりました。お嬢様もそういう年頃ですものね。そのお気持ち、よく分かりますよ」

「へ? なっ!? ち、違うからなカレン!? 決して恋愛感情とかそういうのでは!?」

「ふふふ恥ずかしがらなくてもいいんですよお嬢様。誰だって恋心を抱くときはやって来るものです。ええ、カレンはよく分かっていますとも」


 カレンはこの数年で見たことのないぐらいのものすごい笑顔で私に言う。

 駄目だ……話にならない。

 まあでも、勘違いしてもらっていたほうがある意味やりやすいからいいか……。

 だって、私はこれからあの貧民街に再び足を踏み入れるのだから。今度は、一人で。



「本当に一人で大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫だよ。服だって一応男装しているし、今回は護身用の木剣も持ってきている。私の剣の腕は知っているだろう? そこら辺のごろつきぐらいなら負けないさ」

「……危ないと思ったらすぐに帰ってきてくださいよ。いくら恋のためだからといっても、一番大切なのはお嬢様のお体なんですから」

「……違うんだけどなぁ」


 私は苦笑いをしながらも、貧民街に一人で足を踏み入れる。

 そして、貧民街の目的の場所までまっすぐ突き進む。

 この貧民街の地形に関しては帰った後地図を取り寄せて把握したし、以前歩いたこともあって頭に入っている。

 そうして右に曲がり左に曲がりと、路地裏を通っていって、私はその場所にたどり着いた。


「多分、ここにいると思うんだけど……」


 私はしばらく目的の場所で立ち止まる。私の考えが確かなら、彼はここにいるはずだ。


「……おい」


 すると、唐突に頭の上から声がかけられた。

 ああ、やっぱりいた。

 私は笑顔で声の方向を向く。


「やあ、探したよノエル」

「お前……なんでまた来てるんだ」


 ノエルは前回私達が襲われた場所に立っていた家屋の二階から顔を出していた。

 思った通りそこが彼の家らしい。


「君に会いに来たのさ」

「会いに来た? 俺は別にお前に用なんかないぞ」

「私があるのさ? 入れてくれないかい?」

「嫌だね」

「そこをなんとか」

「嫌だと言ったら嫌だ」


 そう言って彼は窓際から部屋の奥へと入ってしまった。

 しかたない、ここで待たせてもらうことにしよう。

 私は近くに置いてある樽の上に座って待つ。

 それから一時間ぐらい待っただろうか。再び、彼が窓から頭を出した。


「お前……まだいるのか」

「お、入れてくれる気になったかい?」

「……いいよ入れ。そこでずっと居座られて誰かに襲われでもしたら俺の寝覚めが悪い」


 そう言って、彼は下に降りてきて扉を開け、手招きした。

 私はその彼の後についていく。どうやら彼の家は所謂アパートらしく、二階が彼の部屋らしかった。

 部屋の中は小さく、人一人が生活するのがやっとという大きさだった。

 更に、そこら中に本などが積まれているために、余計狭く感じた。


「ひどい部屋だと思ったろ、お前が住んでるようなお屋敷とは大違いだからな」

「私の屋敷を見たことあるのかい?」

「いや、でもどうせいい屋敷に住んでることは分かる。貴族だろ、あんた」

「ま、ご明察だね。私の身なりや振る舞いから導き出したのかな?」

「ああ、それに、この前見たあんたの剣術、太刀筋がめちゃくちゃ綺麗だった。ありゃ相当な人間に師事してる証拠だ。そんな人間に師事できるやつ、そうそういねぇよ」

「なるほどね……」


 どうやら彼は相当に頭が切れるらしい。そう言えば、『エモーション・ハート』でも成績優秀な描写がされていたっけか。


「で、何の用なんだよ。わざわざ貴族様が貧民街に住んでる俺の部屋にわざわざ来るなんて」

「そうだね……なんでだろうね?」

「はぁ!?」


 私の回答に、ノエルは大声を上げた。まあ、そうなるよね。

「お前……ふざけてんのか?」

「ふざけてなんかないさ。でも、自分でもはっきりしないんだ。なんで私達をあのとき助けてくれたのかとか、そういう細かい疑問は確かに言語化できるけど、ちゃんとした理由はどうにも……ただ、君の事が気になった。それが一番の理由かな」

「はぁ……本当に貴族って分かんねぇ」


 ノエルは呆れた顔で頭をかく。今回は確かに呆れられても仕方ないだろう。わざわざ一人じゃ危険な場所に、こうして訪れた理由がそれだ。

 でも、私は嘘を言うつもりはなかった。本音で、彼にぶつかりたかったのだ。


「……助けたのは女が寄ってたかって襲われるのを見てられなかっただけだよ。最初はあんたのこと男だと思ってたから、男同士の喧嘩ならって思ってたけどな。まあ一人女がいたから、どうしようもないときは助けてやろうとは思ってたけどよ」

「なるほどね。優しいんだね、君は」

「は? どうしてそうなる?」

「分かるさ。なんとなくだけどね。多分君は、困ってる人がいると助けてしまうタイプなんだ」

「……ただ目の前での弱い者いじめが嫌いなだけだ。そんな立派なもんじゃねぇよ」

「立派だよ。十分ね」

「…………」


 彼はそこで一旦黙る。一方私は、なぜ彼に惹かれたか少し分かった気がした。

 多分、ノエルと私は少し似ているのだ。弱い者を見捨てておけない彼の性分は、私の王子様気質とどことなく似ている。

 きっと、私はそんなところに親近感を覚えたのだろう。


「ねぇ、もっと君の事を教えてくれないかな。私は、君に今大きな興味がある」

「なんで教えなきゃいけないんだよ」

「いいじゃないか、ね。この通り」

「……しょうがねぇな」


 私が頼み込むと、彼はわりとあっさりと受け入れてくれた。

 そして、彼の話を色々と聞いた。今は帝都に出稼ぎに来ていて田舎の家族に仕送りを送っていること。

 今は色々な仕事を渡り歩いているということ。

 その傍らで、色々と勉強をしていること、などだ。


「勉強をしているのは、もしかして聖ユメリア学園へと通うためかい?」

「は? なんでそんなこと分かった? 確かにそうだけどよ……」

「うーん……この国は実力さえ認められればどんな地位にでもつけて、その一番の近道が聖ユメリア学園へと通うことだからかな? 多分家族を楽させたいんだよね、君は」


 まあ漫画で知っていたなんて言っても何言ってるんだこいつとなるだろう。それに、そう推測したのも間違いではないはずだ。


「……まあな。わりと頭回るじゃないか。貴族の癖に」

「それはありがとう」


 私は大げさに頭を下げる。彼がどうも貴族が好きじゃないのが伝わってきたが、まあ身分差を日頃からこの帝都で感じていれば、それもしょうがないことなのかなと思った。


「……なあ、俺からも聞いていいか?」

「なんだい?」

「どうしてあのとき、金目のもの置いて許してもらおうとしなかった? それに、ナイフを出されたとき、どうして逃げ出そうとしなかった? お前なら一人でも逃げられただろ」

「ふむ、そういう質問か。そうだね、まず前者に関しては、一緒にいた彼女に辛い思いをさせたくなかったというのと、友人達から貰った大事なものを奪われたくなかった、というところかな。そして後者に関しては、そのまま逃げれば一緒にいた子がひどい目にあうのが分かっていたから、という感じかな」

「なるほど……でもよお、あんた貴族なんだろ? 普通、貴族って自分の身が一番大事なんじゃねぇのか?」

「ふむ……君はまずその段階から勘違いしているらしいね」

「勘違い?」


 ノエルが頭に疑問符を浮かべる。私はそんな彼に苦笑しながらも説明することにした。


「ま、確かに自分の事しか考えていない貴族が多いことも確かだ。この帝都で生まれ育った貴族の中には、確かにそういうのもうろついているだろうしね。でもね、本来貴族の役目というのは、国を、民を、陛下を守ることにあるんだ」

「守る……?」

「ああ、ノブレス・オブリージュという言葉を知っているかい?」

「……いや」

「簡単に言えば、高い地位にはそれ相応の義務が伴う、ということさ。私達貴族は確かに普段は贅沢な生活が許されている。でも、それは国が危機に陥ったときに率先して前に出なきゃいけないということの裏返しなのさ。国民を、弱い人々を、自分を犠牲にしてでも助ける。それが、貴族の……私の役目だと思っているよ」


 それは、私が前世の記憶を取り戻してから、この世界で学んだことだった。

 父も母もマリアンヌ先生も、皆口を揃えて言っていた。貴族である自分達には、果たすべき義務がある、と。

 私は前世ではそんなことをまったく考えていない平民だった。でも、今は違う。今は貴族の、公爵の娘なのだ。

 確かに女の子らしい生活を送りたいという気持ちは今でも変わってないし、そのために王子様的な行動は控えたいと思っている。

 でも、義務を果たすためなら私のそんな望みは捨てなければいけないときもあると思っている。

 それこそ、先週のときのような事が起きたら特に、である。


「なるほどな……お前、ガキなのにしっかりしてるんだな」

「まあね。でもガキは失礼じゃないのかい? 私が思うに、君と私は同年代だよ?」

「マジで? お前何歳?」

「十だが」

「俺と一緒じゃん……マジか……」


 それはある意味当然ではある。だってそうじゃないと『エモーション・ハート』での描写が合わないし。

 にしても、私は結構幼く見られているのだろうか……わりと顔立ちは整ってきたと思っているのだが。


「ま、年齢なんて関係ないよ。私が貴族であり、義務ある立場なのは変わらない」

「そうか……確かに、ちょっと貴族を勘違いしていたのかもな、俺。お前みたいのもいるんだって、覚えておくよ」

「それはどうも」


 そう言葉を交わすと、私とノエルは笑いあった。少しばかり打ち解けた、そんな気がした。

 それから私達は、他愛もない会話を続けた。

 好きな料理は何かとか、故郷はどんな場所とか、そんな話だ。

 それで、お互いの立場の差から来るギャップに突っ込みあったりして、なかなか楽しい時間が過ごせた。

 そうしていくうちに、いつしか陽は落ち始め、空が茜色に染まっていた。


「おっと、もうこんな時間か。それじゃあ、そろそろ私は帰るよ」

「そうか、もう二度とこんな場所に来んなよ」

「まあ、確かに来たくても気軽には来れないかな。でも、多分私達はまた巡り合うことになるさ」

「ん? どういうこどだ?」

「君は聖ユメリアを目指しているんだろう? なら、私と進路は一緒って事さ。私も、家族のため、領民のため、ユメリアを目指す。なら、きっとそこで出会うだろうさ」

「随分な自信だな。英才教育受けてるお前はともかく、俺は受かるか怪しいぞ?」

「受かるさ。君が、家族の事を思っている限り、ね」


 私はそう言って彼の部屋を出て、貧民街を出る。そして、その外で待っていたカレンと合流し、帰路につく。

 帰りの馬車の中で、私は落ち行く夕日を眺め続けながら私は考えた。

 アレックス、ダグラス、ノエル。いつしか、私は『エモーション・ハート』で主人公アレクシアを取り巻く男性達すべてと友人になった。

 これは、本当に偶然なのだろうか? 何かの力が働いているのではないか。そんな気がした。

 何の力かははっきりとは分からないが。言うなれば、運命とでも言えばいいのか。


「……ま、考えてもしょうがないか」


 本当に運命があるとしたら、私はきっと破滅を免れないのだろう。でも、今の彼らとの良好な関係を考えるとそれも考えづらい。やはり、ただの偶然で考え過ぎなのだろう。

 そう思い、私は差し込む夕日を遮るために馬車のカーテンを閉めた。


 だが、このときの私の考えは楽観であったと、振り返れば言わざるをえないだろう。

 運命の力というものは、とても強力で、私を縛り付けていることに、私は後々気づくのであった。

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