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剣と魔法とナノマシン~最強SFチート娘のファンタジー漫遊譚~  作者: ベニサンゴ
第三章【水辺の乙女と青い灯台】

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第八十四話「私は何か忘れてるはずなのー!」

 その日の夕飯は、保存食をメインに使った物だった。

 周囲の草原から食べられる野草を見繕い、それを干し肉と共に煮込んだスープのようなものだ。

 手軽に作ることができて、そこそこ旨い。

 魔獣を狩ることができず新鮮な食材が手に入らない時は大体こう言った献立になる。


「ふぅ。ごちそうさまでした」


 自分の木の器に入ったスープを飲み干して、ララはほぅ、と温かい息をつく。

 夜になると幾分気温も下がり肌寒くなるが、胡椒の効いた温かいスープを二杯も食べればぽかぽかと体の芯から暖まる。

 鍋の下でぱちぱちと爆ぜる白く炭化した薪をぼんやりと眺め、膨れたおなかを休ませる。


「もういいのか?」


 三回目のおかわりを自分の器によそいつつ、イールがララに尋ねる。

 今日もかなりの距離を歩き、野営の準備にナノマシンを使ったにしては、彼女の食欲は控えめだった。


「うん。ちょっとずつエネルギーの節約にも慣れてきたの。流石に戦闘があるとそんなこと言ってられないからおなかも空くけど」

「へぇ。ララも色々考えてるんだな」

「まあねー。どかどかエネルギー浪費してばくばくご飯食べてエンゲル係数上げるのも申し訳ないし」

「えんげ……、なんだって?」

「なんでもないよ」


 怪訝な顔をするイールにぱたぱたと手を振って、ララはふと天を仰ぐ。

 真っ暗な夜の帳の降りた草原の天球には、きらきらと輝く砂を散らしたような広い星空が浮かんでいた。

 見るものを圧巻する雄大なその光景を見て、しかしララは気の抜けたため息を漏らすだけだ。

 そこに浮かぶ星々の配置は、彼女の知るものではない。

 一体ここはどこなのだろうかと、彼女は一抹の疑問を抱いた。


「さて、食べ終わったし残りは明日の朝にしよう。見張りはあたしがしとくから、ララはロミを寝かしてやってくれ」

「んえ、あっ、了解。分かったわ」


 ぼんやりと星空に気を取られていたララは間抜けな声を出して正気に戻る。

 共にたき火を囲んでいたロミを見ると、いつの間にか彼女は骨が抜けたかのようにぐらぐらと揺れていた。


「ちょちょ、ロミ、もうちょっとだけ起きて! せめて歯は磨きましょ!?」


 ぐりんぐりんと揺れる肩を押さえ、ララは懸命に訴える。


「うぇへへ、わたし、もう飲めませんよぉ」

「絶対ミルクの夢見てるわね!? ちょっとだけでいいから起きてぇーー」

「あたしは見張りしとくから、ロミの事よろしくな」

「ちょ、イール絶対この事見越して! わっー! ちょっと髪の毛がお鍋に入っちゃうよ!」


 対岸の火事を見るが如く慌てふためくララを肴に水を飲むイール。

 そんな彼女に構う余裕も無く、ララはほとんど意識を失いかけているロミをどうにかこうにか起こして近くの沢まで連れて行った。




「ふぁ、おはよう」

「あ、ララさん。おはようございます」


 そんなこんなで翌朝。

 イールから始まって一人一回ずつ見張りを交代しながら三人は夜を明かした。

 最後に見張りをして朝を迎えたロミが、寝ぼけ眼をこするララに声をかける。

 もう眠気はないのか、いつもと変わらない穏やかな笑顔を湛えている。


「はふ……。イールは?」

「先ほど目を覚まされて、沢まで顔を洗いに」

「そっか。んー、じゃあ私もちょっと行ってくるよ」

「分かりました。タオルそこに用意してますから」

「うん。ありがとね」


 意識がしっかりしてさえいれば、ロミは頼れる良妻賢母のような少女なのだ。

 隅々まで気が回り、そっと必要なものを用意してくれる。

 こういうところはすごく助かるんだけどな、とララは内心で思った。


「それじゃあ、たき火の火も大きくしておきます。スープも温めておきますから」

「何から何までありがとうね。やっぱりロミはいい奥さんになるよ」


 側にあった薪をとろ火の中にくべるロミを見て、ララは何の気もなしに言葉をこぼす。

 とたんに彼女はぼふんと音が聞こえそうなほどに顔を真っ赤にして俯く。

 小刻みにふるえる肩を見て、ララはわたわたと取り乱す。


「あ、あれ? 何か気に障った? ごめんね!?」

「いいい、いえ、大丈夫です。はいロミは大丈夫です。あはは、ララさんは冗談が上手いですねー」


 あまり大丈夫ではなさそうだがこれ以上触れるのもまずい気がして、ララは曖昧に笑いながらゆっくり後退する。

 そうして祓魔陣の外側まで来ると身を翻して丘を駆け下りた。


「ろ、ロミ、怒っちゃったかな?」


 背の低い草の生える丘を走り抜けながら、ララは首を傾げる。

 たまに彼女は顔を赤くして肩をふるわせる。

 何か怒らせることを言ったのだろうかと、彼女の疑問はなかなか晴れなかった。


「あ、イール、おはよー」


 ララが近くの沢までやってくると、髪をおろしたイールが顔を洗っていた。

 彼女は少しだけ顔を動かしてララを見ると、口元を小さくゆるめた。


「おはよう。随分と急いできたみたいだな」

「う。なんだかロミを怒らせちゃったみたいで……」

「は? よく分からんが、ちゃんと謝るんだぞ?」

「うん……」


 状況の掴めないイールは首を傾げる。

 そんな彼女の隣に立って、ララは沢の水をすくい上げた。


「つめたっ」

「気持ちいいぞ。なんなら水浴びするといい」

「この寒さで水浴びなんてしたら風邪引くよ!?」

「ララがこれっぽっちのことで体を崩すとは思えないがな」

「そ、そんなことは……」


 イールの予想通り、ナノマシンのおかげで免疫力も大幅に上昇している彼女はちょっとやそっとのウィルスや病原菌などは歯牙にもかけない。

 図星だけにララが言いよどむと、イールは勝ち誇ったように口を三日月に曲げて彼女を見下ろした。


「どうしたんだララ?」

「な、なんでもないですー」


 にやにやと近づいてくるイールを避けるように、ララは沢の水をすくい上げると顔を洗う。

 霞がかった思考を、冷たい水が押し流す。

 さわやかな風に吹かれ、一気に意識も覚醒する。

 ララはそのまま何度か顔を洗い、ついでに口の中も濯ぐ。

 すっきりとしたところでタオルで顔を拭い、ふう、と息をついた。


「この沢の水、とっても綺麗ね」


 底まで透き通る流れを見て、ララが言う。

 まるで風のように透明なそれは、朝日に反射することで形を表していた。


「味もいいし、臭みもない。これだけ綺麗な水は久しぶりに見た」


 旅の経験も深いイールでさえこれほどの沢はあまり見たことがないと言う。

 ララはじっと沢を見つめ、感嘆の声をあげた。


「ここから先はこの沢にそって行くんでしょ?」

「ああ。この沢はたしか海に通じてるはずだからな。そんでもって、海岸線沿いに歩いて港町を見つける」

「港かー。ちゃんとしたお魚を食べたいわね」

「ウォーキングフィッシュだってれっきとした魚だぞ?」

「生々しい足の生えた陸上を歩く魚を私は魚と認めたくないわ!」


 妙にリアルな足の生えたあの陸上歩行魚類を思いだし、ララはぶんぶんと頭を振る。

 そこまでして忘れたいかとイールは呆れたように肩を落とす。

 彼女は戸惑うように唸り、首筋を手でさすり、決心してララに声をかける。


「なあ、ララ」

「何かしら?」

「非常に言いづらいのだが」


 珍しく口の運びの重いイールに、ララは首を傾げる。

 そんな彼女をしっかりと見据え、イールは言葉を放つ。


「ここから先は、ウォーキングフィッシュの生息地として有名でな」

「ねえイール、私ハギルに忘れ物を思い出したわ。ちょっと取りに戻らないと」

「そんな言い訳が通じるか! ていうか翡翠屋の部屋は綺麗さっぱり空にして出発しただろ!」


 くるりと反転してハギルの方へと歩き出すララの首根っこを、イールはむんずとつかみ取る。


「はーなーしーてー! 私は何か忘れてるはずなのー!」

「自分探しの旅にでる奴みたいな台詞を叫ぶんじゃない! ていうか荷物持たずに行くつもりか」


 涙目で逃れようとするララを引きずりながらイールは丘を上る。

 頂上では鼻歌交じりに鍋をかき回していたロミが驚いた表情で二人を迎えた。


「えっと、どうしたんですか?」

「ロミぃ〜、聞いてよ! イールが私をだましたの!」

「騙したなんて人聞きの悪いことを言うんじゃない」

「だってウォーキングフィッシュの巣窟だなんて一言も言わなかったじゃない!」

「言ったら逃げるだろ!」

「今逃げようとしてるのよ!」


 ぎゃーぎゃーと言い合う二人。

 ロミは一人取り残されて、曖昧に笑みを浮かべるしかできなかった。

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