第六十五話「実は私、あまり荒事は好まないの」
「これくらいの剣なら、研ぐだけで十分だ」
イールの剣を掲げ、アルノーはそう分析する。
無駄な装飾の一切を廃された無骨な両刃の剣は、表面がくすみ細かな傷が付いている。
「しかしまあ、よくこれだけ硬てぇ剣を作ったもんだ」
イールの剣は希少な鉱石や魔獣の素材を惜しみなく投入し、ただただ頑強さを求めて作られたものだ。
刀身からその素材を推察し、アルノーは呆れたように言う。
「繊細な技で敵を制すような器用な戦い方はあたしの性に合ってないからな。この腕の力使ってぶった切る方が楽だ」
「確かに、アンタのその腕ならそっちの方が楽かもしれんな」
「ここのところ平和だし、そろそろ鈍ってきてるんじゃないの?」
部屋の隅で炉から出した装甲板に腰掛けたララが、イールに向かって茶々を入れる。
イールは眉を寄せるとむっと彼女を睨んだ。
「ちゃんと毎日素振りはしてるだろ。そんなに鍛錬の頻度を増やして欲しいか」
「げっ……。やっぱりなんでもないです!」
危うくいらぬ面倒を引き込みそうになり、ララは慌てて手を振る。
そこへロミが、
「ハギルも山の上の方へ行けば、沢山魔獣が住んでいますよ」
と言葉を挟む。
アルノーは研磨台の準備をしながら頷いた。
「山の上の方は、古いドワーフと魔獣の住み家だ。下手に登ろうとすると一瞬でやられるぞ」
「へぇ。それは面白そうだ」
地元の言葉に、イールは赤い舌で唇を舐めた。
「是非とも一度手合わせしたいね」
「傭兵ギルドに依頼はあるんじゃないか。ロックボールの駆除やら、エッジフォックスの毛皮集めやらな」
「そういえばまだこの町のギルドには行ってなかったな。今日の帰りにでも見てみるか」
アルノーの助言でイールはまだこの町のギルドに顔を出していないことを思い出した。
蓄えも充分にあるため、無理をして稼ぐ必要もないが、彼女自身この土地の魔獣について興味が湧いていた。
「それじゃ、研ぐぞ」
作業用の低い椅子にどっかりと腰を下ろし、アルノーが宣言する。
三人が一点に集中する。
その中心で、アルノーは眼光鋭く剣を水平に構える。
その前にあるのは、大きな黒褐色の砥石だ。
アルノーは刃を水平に保ったまま、その上を滑らせる。
シャリン、シャリン、と鉄と石の削れる音が響く。
「わたし、こういうのを見るのは初めてなんです」
興味津々と視線を動かすこと無くロミが言う。
「私も職人の技を見たことないわね。気迫がすごい……」
二人は生唾を飲み込んで、アルノーの鮮やかな手先を見ていた。
時折水を掛け、よどみなくアルノーは剣を滑らせる。
一通り均し終えたら、更に目の細かい石へと付け替える。
「流石だな。まるで剣が若返ってるみたいだ」
イールの口元から言葉がこぼれ落ちる。
圧巻され、彼女は呆然と立っていた。
剣が一往復すると、刃が輝きを増す。
くすんでいた刀身は磨き上げた鏡面のように光を反射している。
僅かなゆがみ、ひずみを正し、剣をあるべき姿へ蘇らせる。
「研ぎ一つでも、アルノーが凄い鍛冶師っていうのがよく分かるわね」
「この世界を知らないわたしでさえ、とても凄いということだけは分かりますから」
アルノーは、一つの道を極めた職人が放つ特有の雰囲気を帯びていた。
口元を固く締め、極限の集中の中にいる。
次々と石を細かい物へと換え、剣を理想の状態へと近づける。
「――できたぞ」
終わりは唐突だ。
アルノーはぴたりと動きを止めて、剣を掲げる。
「おお……――」
イールの口から思わず感嘆の声が出る。
まるで、水に濡らしたかのような滑らかで鋭い刃だ。
空気の層を纏っているかのような透明感の中、落ち葉さえも切れるような冷たさも持っている。
アルノーが差し出すそれを、イールは震えながら受け取る。
どっしりとした重量感、何年も握り自然と染みついた柄は、紛うことなきイールの剣だ。
「ありがとう……。とても、いい出来だ」
「ふん。研ぎなんて誰でもできる」
イールの賞賛に、アルノーはそっぽを向いてぶっきらぼうに答える。
しかしララは彼の頬が少しだけ赤みを帯びているのを見つけた。
「毎日の手入れはしっかりしろ。使った時は尚更にな」
「分かってるよ。大切にする」
子を預ける親のように指を突き立て何度も言うアルノーに、イールは眉を下げて返す。
「鍛冶師にとって、剣はほんとに子供みたいな物なのかしらねぇ」
「自分の片割れという気もしますね。どちらにしろ、大切なことには変わりありませんが」
騒がしく繰り広げるアルノーとイールを見ながら、二人はそんな言葉を交わす。
剣の善し悪しや鍛冶師の技量の正確な所など、畑違いの彼女たちには分かるはずも無い。
しかし、それでも、二人の剣に対する実直な姿勢と思いについては分かるつもりだった。
「それじゃ、あたしたちは傭兵ギルドに行くよ」
「おう。気をつけるんだぞ」
一通り話が終わったのか、イールがララたちの所へ帰ってくる。
ララは装甲板から降りて、そっと手を触れる。
「持ちやすい形にしとかないとね」
そう言って、彼女の手が白く発光する。
ぐにゃりと装甲板は形を変え、どんどんと小さくなっていく。
「そんなに小さくなるのか!?」
「効率的にダメージを分散できる内部構造って、実は結構空白があるんだよ。隙間ができないように圧縮しちゃえば、案外小さくなるのよ」
驚くイールの目の前で、装甲板はコンパクトにララの手のひらに乗る。
最後にはインゴット二つを並べた程度の大きさにまで縮んだそれを、ララはポーチの中に収めた。
「置き場所に苦労したそれが、まさかそんな形になるとはな」
「なかなか不思議でしょ?」
ポリポリと禿頭を掻くアルノーに、ララは白い歯を零して言った。
「やっぱり、それを上手く使えるのはアンタだけみたいだな」
「まぁ、このあたりに私と同じ様な力を持った人はいないと思うわね」
どこか複雑な表情で、ララは頷く。
この程度の作業は、彼女の星の住人であれば小さな子でもできる基礎的な能力だ。
しかし、それもこの世界ではおそらく唯一無二の力なのだろう。
「良く使ってくれ」
「分かってるわ。実は私、あまり荒事は好まないの」
力のこもった言葉に、ララはぱちりとウィンクで返す。
そんな彼女に、後ろの二人は首をかしげる。
「ララが、荒事を好まない?」
「コパ村でも笑顔で戦ってたような……」
「二人とも聞こえてるわよ! アレは仕方なかったんじゃない」
髪を揺らしてララは二人を睨む。
アルノーは目を細め、その様子を見守っていた。




