第三十一話「遅くなったわね」
「くっ、『貫け、裁きの聖槍』!」
青く輝く雷の槍が尾を引いて滑るように飛ぶ。
それは魔導自律人形の装甲を容易に打ち破り、更にその後ろに立っていた別の人形に刺さる。
一瞬の間をおいて、槍は爆破される。
粉々になった人形立ちの破片が周囲に降り注ぎ、被害は拡大していく。
一連の流れが終わるまでに、ロミは更に三本の槍を別の方向に向けて投擲していた。
「ほほう。ずいぶんと粘るじゃないか。だが魔力が無限という訳ではあるまい。いつ押しつぶされるかな」
「随分と余裕なようですね。あなた方にも一つ差し上げましょう!」
笑みを浮かべて遠方の壁際に立つ二人の男に、ロミは雷の槍を投げる。
「おっと危ない」
しかし、それは身を挺して彼らを守る自律人形たちによって阻まれ、爆散する。
そうしている間にも無数の人形たちが彼女に殺到するため、また迎撃に移る。
「きりがないですね」
個々を見れば、驚くほど弱い。
正直なところ、ロミにはこの人形が古代遺失技術である魔導自律人形の完璧な復元だとは思えない。
しかし数は時として質を凌駕してしまう。
際限なく穴の奥から現れる人形たちに、ロミは次第に疲弊していった。
魔力にはまだ余裕がある。
しかし、体力の面で少し不安があった。
そんな時だ。
「――よう、待たせたな」
浪々と声が響き渡る。
そして間を置かず、人形たちが無数の斬撃によって無残な鉄くずに変わる。
「イールさん! ご無事でしたか」
「あんな生っちろい奴らにやられるほど、あたしは落ちぶれてないよ」
殺到する人形たちの間をすり抜け、イールはロミに近づく。
特に傷も無い彼女に、ロミは肩を下ろした。
「ちっ、もう来たか。足止めにはならんとはな」
反面、ローブの男は苛立たしげに舌を打つ。
男の予想よりも早く、イールはここに来てしまっていた。
「……しかし、まあ問題は無い。アレを起動すれば貴様らは諸共ただの肉塊に変わるのだ」
迫り来る自律人形に対応しつつ、二人はローブの男の言葉の意味を考える。
「あっ! あいつら逃げてるぞ」
「ええっ!?」
ローブの男と、控えていた鎧の男が、更に部屋の奥へと進む。
開かれた穴の一つに姿を消し、人形たちとロミとイールが取り残される。
「随分と面倒なことが起こりそうですね」
「……ああ、ほんとうに」
嫌な予感を抱き、二人は苦い顔になる。
「やぁ、二人とも! なかなか健闘しているようで、何よりだよ」
上方からローブの男の声が響き渡る。
姿は見えない。
どこからか遠隔で声を飛ばしているのだろう。
「二人の努力と技量を讃えて、僅かばかりだが冥土の土産を用意してやった。これから見せるのは、我が『錆びた歯車』が復活させた古代遺失技術だよ」
「古代遺失技術!?」
「この人形だけじゃなかったのか!」
その言葉に、二人は驚愕する。
魔導自律人形だけでなく、また別の古代遺失技術さえも保有していたというのは、まさに寝耳に水の事実だった。
「それでは、是非楽しんでいってくれ」
そう言い残し、声が途切れる。
そうして、二人の残された部屋の壁に、何条もの光の線が走る。
幾何学的な模様を浮かび上がらせ、それは徐々に光を強める。
「なんだ……?」
怪訝な顔で油断なくイールは構える。
どこからか、重低音が響く。
「くっ!?」
「どうした!!」
突然、ロミが膝を折る。
構わず殺到する人形たちを切り刻み、イールがロミに声を掛ける。
「ま、魔力が……つ、使えなく……」
蒼白な顔で、ロミが言う。
「なんだって!?」
イールは目を見開き、己の腕を見る。
鱗に覆われた太い腕が、急速に細く枯れていく。
「くそっ、これが古代遺失技術の力か」
魔力の無効化。
それが、彼らの切り札だ。
ロミの保有する潤沢な魔力も、イールの持つ腕も、全てが無に帰す。
しかし自律人形たちは動きを止めない。
ただただ無機質に、感情のない目で二人を捉え、殺到する。
「ふざけるなっ」
悪態をつき、イールはロミを抱えて逃げ惑う。
人形たちの腕を掻い潜り、部屋の中を縦横無尽に駆けていく。
「イール、さん……。わたしは……置いて……」
「戯れ言はそれほどにしときなよ」
一瞬で衰弱してしまったロミを抱えて、イールはひたすらに避ける。
危機的な状況だと言うのに、彼女の目に希望の炎を絶えていない。
「随分と逃げるのが上手ではないか。いつまで続くか、楽しませて貰おう」
愉悦に満ちた、男の声が響く。
それすらも耳を閉ざして、イールは動き続ける。
そして――
「『旋回槍』!!!!」
爆風の槍が、突き進む。
人形の山を破砕し、食らい尽くす。
「……やっときたか」
「遅くなったわね」
風の槍が貫き、道ができる。
その奥に立っていたのは、白い髪の少女だった。




