第89話/サービス残業、死すべし。
変態が脱走しました。
「……それで、その本音は?」
「あんな変態の相手はしたくないに決まってるじゃないですか!」
いっそ清々しいほどに言い切ったな。気持ちはわかるけど!
「あ、一応殺さない方向でお願いします。アレでも貴族なので、死なれると色々面倒なんですよ」
あとで聞いたのだが、罪人でも貴族が死ぬと「罪の責任問題や賠償金だけど、当人が死んだからそれでチャラだよね」等と、うやむやにされる場合があるらしい。
酷いときなど暗殺者を送り込まれたり、偽の死亡調書等を作成されて、不当に切り抜ける貴族もいたという。
世知辛い世もあったもんである。
「まあ捕まえるだけならどうとでも――――」
「いつまで待たせるつもりだ? この私の相手をするのはどっちかな? 紫パンツか! それとも水玉パンツか!」
ヴィンセクトの言葉に隣のエルモがピキッと身を固めた。
いや、うん、確かにオレ様の下着は上下紫だけどね?
デリカシー皆無か、ヴィンセクト。
そんなオレ様の思いとは裏腹にざわつきを見せる兵士一同。
「お、おい、まさかとは思うが、あのクールなギルド長が水玉なのか……?」
「まさか……しかし確かあの灰色の髪の少女には柄が見えなかった気が……」
「いやまてお前達。基本クールに見える女性ほど可愛いものを身につけるギャップ、というのがあるかもしれん」
『なるほどー』
ベテランぽい兵士の言葉になぜか納得している若手兵士達。
納得するのはいいんだけど、当たってるだけにもっと小声で話した方がいいと思うんだよね。
オレ様の吸血鬼イヤーにばっちり聞こえてる上に、ほら、隣のエルモもそのエルフイヤーで聞こえてるみたいで顔が羞恥で真っ赤になってプルプルしてるし。
ま、確かにエルモの本気装備って、ひらっひらの魔女っ子みたいで可愛かったりするんだけども。
「……先輩、目撃者がいなくなれば、全て丸く収まりますよね?」
あ、ヤバイ。マジギレして能面みたいな顔でこっち見てる。
て、ちょっと待って待って、そのゲームで見たことある刀身がクリスタルで出来た短剣は仕舞おうか。
それ大精霊の力が宿されてて、開放すると大規模に破壊を撒き散らすやつだよね!?
「はい! はい! 兵士の人もそれ以上話すのはやめようか!
このままだと冗談じゃなくここら辺一体が吹き飛ばされるぞー! あとエルモは一旦落ち着こうね? あとはオレ様が片付けるから、とりあえず下に降りようか!」
「……先輩がそう言うなら」
しぶしぶといった様子で短剣を仕舞い、ゆっくりと下へと降りていく。
よかった! 正気が残ってて!!
追加で短剣を出して「ふふふ、どれにしようかなぁ♪」なんて暗黒面に落ちた表情をしていたのには、内心で超焦った。
オレ様もダンジョンイーターを魔法でふっ飛ばして街に被害を出した経験上思うに、エルモのそれは洒落じゃ済まないくらいの被害を生む恐れがある。
「ふはははっ! ようやく戦う気になったか! さあ、オレ様を楽しませてみろ! 見せパンツな女達よ!!」
「やかましいわ! 蒸し返すなアホ! 黒き楔<ヘビィチェイン>!」
地面に降りた早々にヴィンセクトがうるさかったので、即座に魔法を発動する。
「こ、これは!? ぐおおおおっ!」
空間から相手を鈍化させる数本の黒い鎖が現れ、有無も言わさずヴィンセクトを縛り上げる。
これで身動き取れないし、あとは気絶するまで打撃でも叩き込めば――――。
「なんということだ! そのうら若き歳で緊迫プレイとは! さすが私が見込んだだけはあるな!!」
「違うわーっ! あとプレイとか言うな!!」
くっそ、さすが変態。縛られた状況なのに、無駄にポジティブシンキングするとは!
エルモじゃないけど、いっそ消し飛ばした方がいいんじゃないだろうかコイツ!?
「しかしこんなものではまだまだ私を止められはしない! ぬはあああっ!!」
「マジかっ!」
なんと気合の咆哮を上げるや否や、ヴィンセクトを拘束していた闇の鎖が弾け飛んだ。
あの魔法はレベル50以下だと、自力脱出が難しかったはずなんだけど。
前に鑑定したときのレベルは30前後だったはずなのに、おかしい。
妙だと思い、ヴィンセクトに鑑定スキルを発動させる。
名前/ヴィンセクト
レベル/?5?
種族/人間(侵食)
ほらやっぱり。
レベル値が乱高下してるうえに、なんだかわからない侵食なんてのもついてる。
まあ見た目からして肥大化したゴリマッチョという、おかしなことになってるわけだけど。
「ふはははっ! 今度はこちらの番だ! 貴様を調教してやろーかーっ!!」
黒い剣を振り上げてこちらに向かって走り出すヴィンセクトだが。
「調子のんな」
「んげふうううっ!?」
オレ様が急接近して放った後ろ回し蹴りによって、あっさり吹っ飛ばされる。
はっはっはっ、レベルカンストしてる我が子を舐めるよ?
それに通常の魔法で効かないのなら、
「〈魔力強化〉――――黒き楔〈ヘビィチェイン〉!」
強化した闇の鎖が再度ヴィンセクトを拘束する。
「何度やっても同じ事を――――なぜだ! なぜ今度は千切れない!?」
もがくヴィンセクトだが、強化版の闇の鎖はさすがに先程のように簡単に解けたりはしないようだ。
「し、しかも先程よりも締め付け具合が増して…………これはこれで、素晴らしい!」
どこまでもポジティブな変態め。
ならこれを受けてもそんなこと言えるかな?
「悪夢の抱擁〈カルトメア〉!」
拘束を楽しむヴィンセクトの足元から黒い煙のようなものが立ち昇り、それは顔のない黒いぼろきれを纏った亡霊を形作って、その両腕を伸ばして包み込んでいく。
「あの魔法・・・・・・嫌なものを思い出しました・・・・・・」
魔法を見たエルモが思いっきり渋い顔をする。
うん、わかるよ。この魔法、エフェクトがエグかったもんな。
魔法の効果としては悪夢で視覚を制限し、体力と魔力に対して継続ダメージを付与するというねちっこいもなんだけど。
対象が男性であればビキニ姿の金髪巨乳の二足歩行の牛が。
対象が女性であればブーメランパンツを履いた油ギッシュなマッチョな二足歩行の馬が。
それらが視界を塞ぐように腰を振りながら舞い踊るという、まさに悪夢なエフェクトだった。
ユーザーからの「夢に見るわ!」という遺憾の意を表するかなりの数の報告により、早いうちにただの黒いもやへとエフェクトが変更されたけど。
「な、なんだ! なぜここに母上がいる!?」
ヴィンセクトの狼狽えようをみるに、異世界ではどうやら違うらしい。
母親の何が悪夢なのか、酷く慄いている。
「やめろ! 私はもう大人なのだ! ちゃん付けで呼ぶな! そしてなぜ片肌を脱ぐ!?」
え、いや、ほんとどんな悪夢みてんの?
悪夢が見えないこちらからは、なんだかパントマイムを見ているようで状況がつかめない。
「ぬおおおっ! その姿でこっちへ来るな! 赤ちゃん言葉を吐きながら近寄るな!
ええい、なぜこの歳で50超えた母親の乳を飲まされねばいかん――――」
言葉途中でヴィンセクトがビクンと体を強ばらせ静かになっていく。
うん、なんとなく言葉から状況は理解できたけど…………いい歳こいて赤ちゃんプレイとか、普通にエグいな!
「アビちゃん先輩、さすがに敵とはいえ、あれは酷いと思います」
「い、いや、酷いのは魔法の効果であってオレ様じゃあ……」
使用者としては非難の目に責任転嫁しつつ、目を逸らすことしかできない。
しばらくすると黒の亡霊は消え去り、残されたヴィンセクトはぼーっとした表情で座り込んでおり…………うわぁ、なんだかすごく老け込んだ姿になってる。
30代前後の若々しかった容姿が、今や髪に白いものが混じり、どことなく疲れた50代のように見えた。
激しいストレスは心身に影響するって聞いたことがあるけど、この魔法は気軽に使わない方がいいかもしんない。
「ま、まあ、結果的に無事に? 捕まえることができたわけだし。 あとは封印系の魔法かなんかでふんじばって――――」
「トキハ、キタ……!」
ファンナさんの手料理を食べに帰ろう、と言いかけた俺の言葉を遮るようにしゃがれた声が響く。
をい。誰だ人の楽しみに水を差す奴は。
見ればヴィンセクトは未だ放心状態のまま。
じゃあどこの誰が? と思っていると、ヴィンセクトの手元にあった黒い剣がひとりでにふわりと宙に浮きあがり、三メートル位の高さでぴたりと止まった。
「ワレハ、コヤツノヨクボウヲスイトリ、カクセイシタ、マケンジュウ、ナリ!」
刃の部分に複数の目玉が現れ、なんか急に喋りはじめた。
「なに、あれ?」
「文字通り魔力ある剣が魔物化したものですが、でもなぜ急に魔物化なんて……」
「なんか不味いことでも?」
魔物なんだから倒せば? と思ったものの、エルモがすごく渋い顔を見せたので問うと、こくりと頷き、
「あれがなんで発生したのか、どこから来たのか、どんな物なのか、等と調べて国とギルド本部に調書を送らないと駄目なんです。 つまり、私の面倒な書類仕事がまた増える……! 言うなれば、残業を終えたあとに追加で残業案件が増えたようなもの……!!」
人々に危険が! とかじゃないのか。
でもその気持ちはすっごいわかる。
オレ様も今、ちょうどそんな感じだし。
せっかくヴィンセクトのが終わって、ファンナさんのご飯が食べれると思っていたのに。
「ちなみにアビちゃん先輩も関わりがあるので、アレをなんとかしない限り帰しませんからね」
え、それは困る! ファンナさんのご飯が遠のく!!
「ならアレがもし不可抗力でなくなければ調べようがないよね?」
「……そうですね。ないものはそれ以上調べようがない、ですからね!」
一瞬迷ったエルモがオレ様の黒い提案に乗っかった瞬間だった。
ということで、後はさっさと実行に移すのみ。
ちなみにオレ様とエルモが話している間もなにか喋っていたものの、全てスルーしていたりする。
「マズハテハジメ二、コノマチノニンゲンドモカラ――――」
「重圧なる破壊<グラビディ>!」
オレ様の放った魔法が、魔剣獣を中心に重力場の黒い球体を発生させ、有無を言わさずに飲み込んでいく。
「グ、グオオオッ!? コ、コンナモノオオオオオッ!」
いや、某宇宙の帝王みたく粘らなくてもいいから。
「じゃあ、おかわりで〈魔力強化〉して、もいっちょ重圧なる破壊<グラビディ>!」
重力場に飲まれながらもなんだか元気だったので、今度は強化版をご馳走してあげる。
「チョ、ソレハナイ・・・・・・! コンナナンノデバンモナク、アッサリタイジョウナンテ、イ、イカンノイヲヒョウスルー・・・・・・!!」
そんな政治家みたいなこと言わなくてもいいから。
しかし二重掛けの魔法には耐えられなかったようで、全身に亀裂が走り、最後はボロボロと跡形もなく崩れ去っていく。
こうして女の子との食事会の前に、大仰に登場した割に特に何事もなく魔剣獣はその姿を消したのだった。
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昼休み五分前なのに「ちょっとだからこれやっといてくれる?」と三十分作業を任されたり、明日は休みだと思ってた仕事終わりの三十分前に「あ、悪いけど明日休み交換して出てもらえる?」なんて後だし案件は嫌いです!
やるけどね! 出るけどね! 大人として! 社会人として!




