第76話/子供の感動系って絶対泣く。
作者は東京マグニチュード8.0を見た時、マジで号泣しました。
目と鼻から水が止まらなかった……。
アルラウネクイーンとは?
三百年程前にいたとされる伝説の魔物で、一つの森を支配するほどの力を持っていたのだそうな。
自身の能力により、様々な魔物や魔に魅入られた種族を集めては、方々へと悪さをしていた。
そこへある国が討伐を買って大軍を送り込むも、クイーンが支配する黒き巨獣により壊滅。
しかしその時同行していた大魔導士が命を投げ出して発動させた魔法により、黒き巨獣共々クイーンを滅ぼすことに成功した。
という物語があるのだと、ミズカちゃんが話してくれた。
うーん、話だけ聞くと普通に魔王っぽいな。
その後もエルモやファンナさんから、森のエルフを奴隷にしていたとか魔物を生み出しては森へ入ってきた人間を襲わせていたとか、まさしく魔王の所業とも思えるエピソードが語られていく。
元の世界で言えば、なんか外国でイエティが暴れてる?みたいな感覚で聞いていると、隣で座って寝ていた筈の幼女が勢いよく立ち上がって叫んだ。
「もーっ!黙って聞いていればなんなのです!? まるで人を極悪人のように言うななのです!!」
とまあ、新緑のような長い髪を逆立てるかのように、激おこでらっしゃる。
だけど両手を上げて怒っているその様子は、幼女ゆえにどこか微笑ましく思えてしまうんだから仕方ない。
「第一略奪するために大軍送り込んできたのは、人間の方なのです!
こっちは交易とか望まないからほっとけって言ったのに、欲にかられてからにあの人間共はなのです!!
そもそもに人間を襲ったのはあたし達じゃなくて、あの黒いでっかいモノであって……あーもー! 説明するのが面倒なのであたしの記憶を見るです!!」
なにやら感情的にまくし立てていた幼女の髪が素早く伸び、反応する間もなくその場にいた全員の額に触れると、オレ様の頭の中に突然映像が流れ込んできた。
映像と共に幼女の思いも伝わってきてくる。
それによれば、確かに幼女は伝説と呼ばれたアルラウネクイーンだけど、自身の元に集まってきたのは能力で操ったのではなく、広い森の中で居場所を失った種族や知恵はあるが弱い魔物達だった。
事の発端は魔物の襲撃で集落を失ったエルフの集団を気まぐれに保護したところ、崇められて世話をされるようになり、気づけば不遇に合い放浪していた他種族や、ついでに親に捨てられた知恵ある魔物達まで集まり、なぜか自分を王に一国が出来上がってしまった。
そして国は多種多様な種族が入り混じり繁栄し、それに伴い様々なアイテム等が生まれ、森の外の町等で交易を行うことで幼女が知らぬうちに潤沢な資産を築く。
しかしそれに目を付けた規模としては中堅どころの国が「うちが後ろ盾になって保護してやるから、その資産を共有させろ」と言ってくる。
もちろんそんな身勝手なのは幼女は元より、国の民がそれを拒否。
するとその国から嫌がらせがはじまり、盗賊を装ってアイテムを強奪していくなんていう人的被害等も出始め、抗議をしたものの知らぬ存ぜんの一点張りな上、
「じゃあ、被害から守ってやるから資産をよこせ」
なんて言ってくる始末。
ふざけんじゃねえと国総出で一致した意見により、その国とは一切の交易を中止したところ、逆恨みで軍隊を派遣されて戦争一歩手前まで事態は進んでしまう。
「うちの国の子達も「尻の毛までむしりつくしてやらあ!」って感じで、妙にやる気になっていて違う意味で焦ったのです……」
なんていう幼女の呟きが映像の途中で聞こえたりしたけど。
だがそれは突如出現した黒い巨獣によって覆された。
幼女曰く、まるでドラゴンの頭をした真っ黒な巨大なゴブリン、のような巨獣は人間の軍隊をお菓子をみつけた子供のように捕食しはじめ、ついには壊滅させる。
そしてその魔の手、いや牙は幼女の国にまで伸びてきて、七日以上に及ぶ中で国を挙げて応戦したものの、最後は自ら進み出た者による犠牲魔法を駆使して国ごと滅びてしまう。
「この身体は、あたしを最後まで守ってくれたハーフエルフの子がいて、多分長い年月の間に融合してしまったと思うのです。
というわけで、そんな非道な伝説とは事実無根なあたしなのです!!」
そう締めくくって髪を元に戻して胸を張る幼女をよそに、部屋の空気はなんだか重かった。
「いやあの、これって…………知ってはいけない歴史の闇を聞いちゃった気がするんですが…………。
しかもこの国、実在してますし……」
引きつった笑みを浮かべるファンナさんの言うことも、わからないではない。
歴史上は正義だと思われていたのが実は裏を返せば悪でした、っていうのは衝撃的だもんね。
しかも実在する国のやつ。
「…………この場にいる全員に、決して口外しないことをギルド長として厳命します。
こんな国の黒歴史なんて公表されたら、私の胃と精神は爆発四散すると思って下さい。
あと漏らした人はその国から暗殺者が送られてくる可能性があるので、本気で気を付けてくださいね………」
受験に落ちたかのごとく、暗い表情で訴える隣のエルモさんがちょっと怖いです。
そんな悲痛な程の訴えにメイドエルフちゃん達は「当然です」というかの如く頷き、ミズカちゃんに至っては暗殺者のくだりを聞いた瞬間に「あたしは聞いてない覚えてない知らないにぃ」とうわ言のように繰り返している。
そしてオレ様と言えば、
「あ゛う゛ーん、涙がとまらない……! 大変だったんだねぇ……!!」
「なんか気持ち悪いくらい泣いてるです!? ぎゃああああっ! 泣きながら頭を抱き寄せるなです!! 垂れてきた涙が目に染みるのですーっ!?」
めっさ号泣してました。
いやだって、あんな映像見せられたら泣くしかないじゃん!
=====
黒い巨獣に力を使い果たして人の形をした苗木へと化してしまったアルラウネクイーンを、五歳くらいの幼女がその小さな腕に抱いて、森の中を必死に走っていく。
今の幼女姿のアルラウネクイーンと髪が淡い茶色というだけで容姿が似ていることから、自分を最後まで守り融合することになった子なんだろうと思われる。
そしてオレ様が号泣したシーンは、巨大な立体魔法陣が黒い巨獣を覆い、その身をボロボロに破壊していく最中の出来事がはじまりだった。
最後の悪あがきのように放たれた黒い巨獣の熱線が魔法陣の一部を突き破り、逃げる二人の傍に着弾して爆炎と土砂を巻き上げられる。
アルラウネクイーンが着弾前に気づいて樹の根による防御壁で幼女を包み込むように守ったものの、無情にも大量の土砂がその上に降り積もってしまう。
そして土砂による暗闇に閉ざされた空間で、アルラウネクイーンが魔法による光を生み出して見たものは、眠るように横たわる幼女とその下に広がる赤黒い血の海だった。
爆発の直撃こそしなかったものの、衝撃で飛んできた飛来物が樹の根の防御壁を破って、幼女に取り返しのつかない傷を与えていたんだろう。
はたから見ても特別な処置をしなければ助からないと思われる出血量だったが、それでもアルラウネクイーンが残り少ない力で治療を試みる中、意識が戻った幼女が自分の血濡れの手を見てゆっくりと口を開いた。
「アルラウネ様……もう、いいのです」
「……うるさいわね。なにがいいのか知らなけど黙ってなさい」
「……えへへ」
幼女が急にはにかんで笑ったのを、アルラウネクイーンが怪訝な顔をする。
「なに笑ってんのよ、気持ち悪いわね……」
「だって、アルラウネ様があたしのことすごく心配してくれて、必死になってくれてる気持ちが伝わっててきて、あったかくて嬉しいのです」
「…………そういやあんた、やけに感応能力が高かったわね」
内心を知られたのが不服そうなアルラウネクイーンに、幼女が小さく微笑む。
「いいからあんたは黙って寝てなさい。起きたらここを出て、また私を運んでもらうんだから……」
「……わかったのです。じゃあ、寝るまで、一緒にお話しして、ほしいのです」
「黙ってろって言ったでしょう。……で、なんの話をするのよ?」
「えへへ、やったです。じゃあ、アルラウネ様の、昔話を、聞きたいのです」
「……昔話ねぇ。わかったわよ。じゃあ、私がこの地に根付いた頃だけど、その時はここら辺は酷い沼地でね――――」
治療を続けながら話すアルラウネクイーンの昔話に、幼女は時には驚き時には笑い時には頷く。
しかしそんな時も、長くは続かなかった。
「――――それでね、いつの間にか私の根本にある泉がなぜか恋愛成就のスポットになったわけよ。
……ちょっと、いつの間にか静かになって。寝るなら寝るって、言いなさいよ」
幼女は、笑顔のままに、目を閉じていた。
「ねえ、ほんとに寝たの? まだ昔話は続くのよ?」
「…………」
動かなくなった幼女の様子を見るアルラウネクイーンの足元に、ぽつぽつと、頬を伝わって落ちる小さな水滴がいくつも染みを作っていく。
「……まったく、寝る前に、おやすみくらい、しなさいよ」
「…………」
アルラウネクイーンは治療をやめ、その身から細い枝を無数に伸ばして、幼女を繭のように包み込んでいく。
まるで母親が赤ん坊を抱き上げるかのように、優しく、傷つけないように。
自身の存在する力が薄れていくのさえ、厭わずに。
「まだ話は終わってないんだから、私も一緒に眠ってあげるわ。
起きたら、また話の続きをするわよ…………私の愛し子」
そして薄れゆく意識の中で、アルラウネクイーンが確かに聞いたのは、幼女の楽し気な声だった。
――――ありがとう、アルラウネ様。大好きっ!!――――
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とまあ、そこで映像はフェードアウトしてしまったわけだけど。
そしてそれを見たオレ様は泣いた。全オレ様が泣いたのだった。
もうどうにも止まらない……!
アルラウネの記憶の中の一幕。
アルラウネ「そういえば思い出したけど、あなたのエルフの母親と人間の父親もあたしの根本の泉で出会ってたわね」
幼女「えっ! パパとママが……!?」
アルラウネ「そうそう。確かあなたのママが水浴びしているところを、あなたのパパが覗きみてたのがバレたのが初めての出会いだったかしら」
幼女「のっけから最低の出会いなのです……!?」
アルラウネ「で、その時のあなたのパパの言い訳が――」
幼女パパ「す、すまない! 君のことが気になって声をかけようとしたんだけど、その、君の神秘的な姿に見とれてしまって……。あ、そのなんの凹凸もない六頭身ボディも素敵だね!!」
幼女ママ「死ね」
※注、エルフにも普通にちっぱいとおっぱいが存在します。
幼女「パパ最低のフォローなのです!?」
アルラウネ「いやー、数多の水弾を撃たれては、妙な格好でひたすらよけ続けるあなたのパパの姿がはたから見てて面白かったわね。しかも当たらないもんだから、あなたのママもますますヒートアップしてね」
幼女「パパそこは当たってあげるのが人情なのです……!!」
アルラウネ「それであなたのパパの『お、落ち着いて! 悪かった! でも大丈夫! 僕はどっちかっていうと幼女体型が好みなんだ!!』なんて言ったもんだから、あなたのママがそりゃもう盛大にぶち切れてねぇ」
幼女「パパ余計なカミングアウトなのです……!?」
アルラウネ「泉の水が無くなるくらいの津波をぶちかまして、あなたのパパが本気で瀕死になって」
幼女「総じて二人ともなにやってるのです……!?」
アルラウネ「その後は慌てたあなたのママがパパを看病したり、泉を荒らした罰として二人で片付けとかしてる内に、そこからなんやかんやで結婚にまで至ったというわけよ」
幼女「……知りたくなかった両親の馴れ初めだったのです」




