第62話/二つ名のそれじゃない感。
どうしてこうなった?
「あー、わたくしアビゲイル様と出会えてほんとに嬉しゅうございますわ……」
という言葉と共に現在、ゆるふわな桃色の長髪を背中に流す美少女がうっとりとした表情でオレ様に膝枕されていたりする。
「よ、よかったね……?」
対するオレ様はと言えば、ちょっと腰が引ける感じに答えるしかなかった。
十五歳だという彼女なのだが、時おりこちらに向ける視線がなんと言うか、キャバクラでお金持ちに狙いを定めた歴戦のお姉ちゃんと似たような雰囲気を醸し出しているせいかもしんない。
時折頭をすりすりしたり、くんかくんかしてくるのはどうしたものか。
ちなみにエルモはといえば、対面のソファーに座って知らんぷりで悠々と紅茶を飲んでるし!
まあ、こうなったのも迂闊に色々話してしまった自分のせいだけだも……。
今からしばらく前、館の前で出迎えてくれたエストと名乗る初老の執事に応接室へと案内された。
部屋にある対面式のソファーを勧められたのでエルモを横に一緒に座ると、すぐに領主が参りますのでおくつろぎください、と出ていった執事のエストさんと入れ替わりにメイドさん達が用意してくれたのは紅茶とクッキー。
「あ、このクッキー、ハーブが入ってるのか。うまし」
「これ王都で大人気のクッキーですよ。おいしい」
しばらくして最後の一枚のクッキーを得るためにエルモと牽制しあっていると、部屋の戸がノックされた。
エルモがそっちに気を取られた一瞬の隙をついてラストクッキーを口に放り込む。
悔しげなエルモの視線を流しつつ軽く居住まいを正すと、失礼しますと言う執事のエストさんの声と共に扉が開かれ、一人の少女が入ってきた。
ゆるふわで長い桃色の髪を揺らし、白いドレスを着た十五歳くらいの美少女がゆっくりと歩みを進める。
この子が領主なんだろうか。ずいぶん若いな。
「あ、お二人とも座ったままで構いませんわ。
わたくし、ただいま病床にある領主に代わって領主代行を勤めている孫のサリシアと申します。」
そう言ってサリシアさんはオレ様とエルモの対面のソファの前で一礼すると、ふわりと座りにこやかに微笑んでくれる。
「お久しぶりですわエルモ様。
最近はあまりお越しにならなくて寂しゅうございましたのよ?」
……あれ、なんだろう。美少女が目を細めて微笑んだだけなのに背中がちょっとぞくっとする?
「ギ、ギルドの業務に追われていたもので。
それより今回は夜分に申し訳ありません。緊急でお伝えしなければならない事がありまして」
なんだか苦笑いでぎこちないエルモさん。
それでも隠れダンジョンの発見や、ダンジョン喰らいがいたことについての説明を終える。
そして今回のダンジョン関連に紐付いていたキマイラを討伐したのがオレ様だと聞いた途端、こっちをむいたサリシアさんの眼が怪しく光った気がした。
「まあまあ! キマイラの事は伺ってましたが、それではあなたが噂の冒険者様なのですか!!」
「え、いやまあ……って、噂?」
あれか。キマイラ倒したから、なんちゃらキラーみたいな二つ名がついちゃったり?
いやー、まさかこんな早くオレ様にも二つ名がつくとは……!
「はい。巷では”童貞殺し”と!」
「ぶふっ……!」
紅茶を飲んでる途中だったもんだからちょっと吹いた。しかも鼻からも出そうになったけどセーフ。
というかなにその噂?思い当たることなんて一つも――――
「街の問題児だったクソガキ、もとい貴族とその取り巻きの心を童貞の一言でへし折ったとか!」
あったよ。しかもごく最近の出来事で……!
つーか、エルモはなんでさっきから顔背けて肩を震わせてんだよ。こっち向けオイ。
それにしても領主にまで蛮行を知られてるとは救い難い奴らである。
「ほんとあのバカ共がそれ以来大人しくなったようで、こちらとしても助かりましたのよ!
あいつら悪知恵だけは働いて、大事にならないすれすれなことばかりしますから、こちらとしても問題にしづらくて……。
ああ、ほんとにいい気味ですわ!」
なんだかすごくいい笑顔のサリシアさん。
よほど鬱憤溜まってたんだなぁ。
「サリシア様、お話し中の所申し訳ありませんが、今後の事についての協議をさせてもらってもよろしいでしょうか…………フフッ」
ようやく人の事で笑っていたエルモが復活したと思ったら、オレ様を横目でチラ見してまた笑ってるし。
にゃろう、あとでおぼえとけ。
「あらわたくしとしたことが、つい話し込んでしまいまして。
それではギルドの判断と対応についてお聞かせくださいませ」
「はい、それではまずギルドの判断としましては――――」
それからしばらくエルモとサリシアさんしか分からない話が続いた。
隣で聞きながら要約するに、ギルドはダンジョン喰らいが次のダンジョンへと向かう際に街を襲う可能性があるので、斥候を出して監視と迎撃の準備。
サリシアさんは住民への避難勧告と指示、兵士団による街の防衛を行うことにしたようだ。
「時にダンジョン喰らいは群れを成すと聞きますが、アビゲイル様が見た数はいかほどでしたの?」
唐突に振られたサリシアさんの質問に、あの時のことを思い出しながら答える。
「んー、追ってきた数はざっと百匹はいたような?それに奥の孵化場っぽいとこに卵が千個はあった……かな?」
「はえ……?」
あ、なんかサリシアさんが変な声出して笑顔のまま固まった。
「……そんなの聞いてませんよアビちゃん先輩?」
そしてお隣からは素に戻ったエルモから抗議が。
あれ、言ってなかったっけ?
「まあ卵が孵化したらそれなりの数だけど、ダンジョン喰らいのレベルも五十前後だし、特に問題ないんでないかな、と思いますよ?」
ゲームならボスが引き連れてる雑魚キャラは、ボスの五分の一くらいのレベルだったしな。
少なくともダンジョン喰らいが五十代だから、あのレッサーイーターもそのくらいだと思われ。
「あ、あの……エルモ様?わたくしの聞き間違えでなければ、ダンジョン喰らいがもはや災害指定クラスのレベルで、しかもその眷属らしき魔物が百とか千とか聞こえたのですが……」
そういや魔物がレベル五十を越えると、国家規模でも厳しい自然災害なレベルなんだっけ?
「ええ……残念ながら、それで聞き間違いではございません、サリシア様」
つかなんでエルモはそんな憂鬱そうなのか。
「いやいや、レベル的に見ればオレ様というか、エルモ一人でも倒せるくらいだろ?
お互いレベルは百を越えてるわけだし、エルモの精霊魔法と魔紋呪、オレ様の暗黒剣と吸血鬼の能力があれば余裕で――――」
「あー! そうですねそうですよね! だからちょっとストップでお願いしますー!!」
「もごごごご」
慌てた様子のエルモから急に口を塞がれた。
一体なにを慌ててる――ゾクゥ――の、か…………え、なに、今の悪寒。
「アビゲイル様はあの伝説の吸血鬼ですの!?」
「え、伝説かどうか知らないけど吸血鬼だけど――――うわ近っ!?」
返事した直後、一瞬にして対面のソファーからオレ様の鼻先くらいまで距離を詰められた。
え、いま動きがよく見えなかったんだけど!?
《……アビちゃん先輩迂なに闊なこと言ってんですか。気をつけて下さい。サリシア様、重度の英雄信仰者ですから》
なにその新しい宗教みたいなの。
「ああ、わたくし、アビゲイル様と出会えて感動ですわ!
伝説の吸血鬼というのも素晴らしいのに、エルモ様と同じくお強いだなんて!
エルモ様! 少しだけ!ほんの少しだけで構いませんので、アビゲイル様とお話する時間を頂けませんか!?」
ぐりん、っていう擬音が合うくらいサリシアさんが真顔で顔を向けられたエルモがちょっとビビってる。
ていうかサリシアさんの眼が血走っててちょっと怖いよ。
「え、ええ、ダンジョン喰らいへの基本的な対策は変わらないと思いますし、多少でいいのでしたら、どう……ぞ、どうぞ……。
!!? あ、よかったらこちらの席でお話しくださいませ!!」
「まあ! それはありがとうございます!!」
え、なんで途中から協力的になってるし?
疑問に思ってるとエルモはそそくさと席を離れて、対面のソファーへと腰を下ろす。
代わりにオレ様の隣にはサリシアさんがふわりと優雅に腰かけ、それとは逆に爛々とした目をこちらに向けてくる。
やめて。そんな獲物を狩る肉食獣みたいな目でみないでぷりーず。
「ちなみに彼女は単独でデーモンやリッチなんかを討伐したこともありますので、そこらへんも聞いてみると面白いと思いますよ?」
だからなんで急にやたらと協力的になってんの!?
「まああああっ! それはそれは大変素晴らしいですわ!
アビゲイル様! お時間がないのは重々承知しておりますのが、よろしければそこだけでもお聞かせ下さいまし!!」
ほらああああっ! 今のでサリシアさんの眼が肉食獣から肉食恐竜に変わったじゃんよおおおおっ!!
「さあさあアビゲイル様!時間がありませんわ!早くお話しして下さいまし!!」
「わ、わかった!わかったから、落ち着いてちょっと離れようか……!!」
オレ様の両手をがっちりと掴み、数センチ前にでたらキス出来るんじゃなかろうかくらいに目の前に迫ってきたサリシアさん。
普通なら美少女にこんなに迫られてドキドキする場面なんだろうけど、今はなんか、このまま食べられる?みたいな違うドキドキがしてならない……!
そんな彼女に、オレ様はただただ従うしかなかったのだった。
あれ?サリシアさんは当初、モブ並みに普通な人だったんだけどなぁ……。




