第45話/甘いお菓子。甘くない女の子。
大分遅くなりました!
残業がちょいちょい復活してきてこちらはちょっと滅びそうだけどがんばります。
決闘が終わった訓練所を出た後、オレ様はエルモに連行されたギルド長の部屋で説教を受けた。
とは言っても、確かにお説教はあったのだが、それは開始されてものの二、三分くらいで済んだけど。
ちなみにお説教を要約すると、「トラブったら逃げるか、報復を諦めるさせるくらい叩き潰せ」というものだった。
さすがにやりすぎじゃあ? と思わないでもなかったが、異世界の治安的に中途半端が一番危ないらしい。
その後は慣れた手つきでお茶を淹れてくれ、大量のお菓子まで用意してくれた。
なにがはじまるのかと思っていたら、そこからはじまったお喋り大会。
ストレス発散も兼ねているのかどんどん喋り倒していくエルモ。
それは出会えたことの喜びからはじまり、エルモの異世界ならではの冒険譚や苦労話、お互いの我が子について話し合ったりと盛り上がった。
うん、盛り上がりすぎてしまったというべきか。
思った以上に話し込んでしまう内に結構な時間が経っていた頃、それは起こる。
部屋の扉が何度か軽くノックされ、「失礼します」という声はファンナさんのものだった。
「え!? あ! ちょ、まって――――」
なぜか焦りまくったエルモが制止の声をかけるよりも、ファンナさんが部屋の扉を開けるのが早かった。
「ギルド長、そろそろお話は済みま…………」
扉を開けた姿勢のまま途中で言葉を止めたファンナさんが、エルモとテーブルの上のお菓子を交互に見て、にこりと微笑む。
それはもう見惚れるような微笑みだった。
背後に般若のような怒気さえ見えなければ。
「……うふふふ。楽しそうですねギルド長。お仕事ほっぽって」
『ひいっ!』
ファンナさんには失礼だけど、エルモとオレ様が揃って悲鳴を上げてしまったのは仕方ないと思うんだ。
それほどに怖い。怖すぎますその薄笑い。
ファンナさんが手を離してパタンと閉まったドアの音が、まるで逃がさないという意思表示に感じてしまうのは気のせいか。
「あ、あのねファンナ? これはね? えっと、その、ほら、おもてなしというか――――」
「ギルド長、ちょっと黙って。
アビゲイルさん申し訳ありませんが、少しギルド長と話し合う事がありますので、この場をお譲り頂いてもよろしいでしょうか?」
エルモの言い訳を途中でぶったぎり、ファンナさんが頭を下げてこの場の譲渡を求めてきた。
オレ様としては特に構わないのだが、エルモがNO!NO!NO! と念話と縋るような目で訴えてきている。
うん。わかるよ、その気持ち。だから、
「ファンナさん、遠慮なくどうぞ。お、ちなみにここにあるお菓子を八割方食べたのはエルモなので、そこのとこよろしく」
巻き添えを避けるべく、爆弾を投下した。
「はいいいいいっ!? 見放すだけならまだしも、なに余計なこと言っちゃってるんですか!?」
「いや、なんていうか、置き土産?」
「いりませんよそんなお土産!」
うん。逆の立場だったらオレ様もいらないな。
でもなエルモ。そのお土産をきっちり受け取った人が君の背後にいたりするぞ。
「へえ、そうなんですかぁ。
私たちが仕事してるのを余所に、滅多にお目にかかれないチョコ菓子や高そうなクッキーなんかをこんなに贅沢に食べてたなんて。
……さぞやおいしかったことでしょうね?」
音もなくエルモの背後をとり、肩を揉むかのように手を置くファンナさん。
暗殺者もびっくりな無音移動。
「ひっ! いつの間に背後へ!?
いや、あの、ごめんねファンナ。謝る、謝るから!
だから肩に置いた手に力を入れるのはあいだだだだだ! ぼ、暴力反対!
あ、そこ鎖骨ぅ! 鎖骨は駄目ぇーっ!?」
「暴力なんて、ただのマッサージですよ?」
あー、そうやって鎖骨の下から指をひっかけるように掴まれるって痛いんだよね。
しかも痛いからってそうやって前屈みになるとほら、さらに食い込んで痛みが増すという二重苦になるという。
そしてそこに躊躇なく力を込めていく笑顔のファンナさんに容赦なし。
「折れる折れる折れるぅー! た、助けて下さいよ先輩! 一緒にお菓子を食べた仲じゃないですか!!」
この野郎。言うに事欠いてオレ様も巻き込もうとしてくるとは。
ファンナさんの怒りの矛先がこっちにむかったらどうしてくれる!
なんて思いつつ、実はその可能性を考えて対策は立ててあったりするんだけど。
「ファンナさん。ギルド長を借りたお詫びにこれをどうぞ。ギルド職員の皆で食べて下さい」
そう言ってオレ様がアイテムボックスから出したのは、クッキーの絵柄がプリントされた丸い形をした缶。
エルモがファンナさんからお仕置きを受けている際、GPで交換できるカタログの中に、ステータス向上効果のあるお菓子があったことを思いだして即行で取り寄せた次第である。
「あ! ちょ! 買収なんて卑怯!!」
人聞きが悪いぞエルモ。
それにこれは買収ではなく、単なる贈呈だから。
「あとファンナさんにはお世話になってるので、個人的にこれをどうぞ」
ダメ押しとばかりに、高そうな箱に入ったカステラを進呈させていただく。
これもカタログ産。
ちょっとGPは張ったけど、そこは我が身可愛さの勝利ということで。
「まあまあ、これはご丁寧にありがとうございます。
きっと職員達も喜ぶと思います」
そう言い、ファンナさんは花がほころぶような笑顔を見せてくれる。
よし、許された。
「それじゃ忙しいようだし、オレ様はこのへんで失礼しておこう」
「あれ!? 先輩、本気で見捨てるつもりですね!?
ファンナもちょっと厳しすぎるんじゃないですか!?
お菓子だって別に最近ちょっと増えたから控えてたりしてたんだから、そんな怒らなくてもノオーッ!
首のツボは強く押したら体がイタ痺れてノオオオォーッ!!」
「ふふふ。乙女の秘密を口を滑らて言うような人に慈悲はありません。
日頃の感謝の意味も込めて入念にマッサージしてあげますからね?
あ、それとアビゲイルさん。一階でマルガリーゼさん達が心配していましたので、声をかけてあげて下さいね」
ぬ。もしかして決闘が終わってからも待っていてくれたのか?
なんかちょっと嬉しい。
ならば早く行くとしよう。
「わかった。ありがとうファンナさん。ではまた」
「ああ! 行かないで先輩! この子けっこう握力ゴリラでマジでヤバイんですって!!」
「うふふ。ここらへんも凝ってます?」
「あぎゃあああっー! こ、こめかみは凝らないから! 凝らないから!!
だから拳をねじ込むのは、ぬおおおおっ! み、みそがでるぅーっ!?」
いらんことを口にしたエルモは、さらなるマッサージという名の制裁を受けることになったようだ。
口は災いの元という体現を学んだ瞬間。
そんなことを思いつつ、オレ様はギルド長の部屋を後にしてマルガリーゼ達の元へ急ぐのだった。
「まってまって! 関節技までするなんて酷くない!?
え? なに? 整体だから大丈夫?
いや、ちょっと、私の首はそれ以上回らな――――」
ごきごっ。
「うきゅ……」
「あ、やば……」
エルモの一鳴きと、ファンナさんの意味深な言葉の後に訪れる静寂。
うん。エルモよ、安らかに。
マルガリーゼ「あれ? 私達の出番がある予定だったんじゃ……」
うん、まあ、アレだ。
次回に続く!!




