第43話/泣く子も黙る癒しでした。
吸血鬼とルビを振っていたのですが、呼び名を吸血鬼とヴァンパイアを分けて使おうかなと思ってます。
林檎とアップル、みたいな感じで。
”跪け”
この一言を発した瞬間、チャラ貴族含む男共が武器を投げ出すように手放し、地面に片膝をついて頭を垂れた。
「え? え? 何が起こったの?」
急な展開にマルガリーゼが声をあげて目を丸くしているが、メルナリーゼとリリベルちゃんも同じような顔をしている。
唯一エルモだけはわかってるようで動じていない。
「い、一体なにをした!?」
「か、体が言うこときかねぇ!」
「体が勝手に動きやがった……」
チャラ貴族や男共が自分の身に何が起こったのか分からない不安からか、やや恐怖を滲ませた声をあげてくる。
まあ隠すようなものでもないし。教えてやってもいいだろう。
「単なる魔眼だ。そう騒ぐほどでもないだろ」
「そうだな騒ぐほどでも……あるわあああああっ!!」
なぜか突然、チャラ貴族が平伏した姿のままノリツッコみのように叫んできた。
「魔眼だぞ! 上位の魔物やドラゴン、もしくは古の貴族と呼ばれる闇の種族しか持っていない筈のものだぞ!!」
ああ、そういえばゲームでもそんな設定だったっけ。
有名どころだと石化能力のある魔眼を有するバジリスクやメデューサ、魔法を反射する能力を持つ宝石の瞳を持つカトブパレスとかがそのあたりだ。
それにオレ様、その種族の一つだしな。
「あ、そうそう。オレ様、種族が吸血鬼だから魔眼持ってても不思議じゃないから」
「そうか、吸血鬼か。なら持ってても不思議はない――――」
『…………』
チャラ貴族が途中で言葉に詰まったかと思ったら、なぜか同時に静まり返る他の面々。
不思議に思っていた次の瞬間、
『えええええっ!?』
エルモを除いた全員から驚きに満ちた大声を上がった。
「え、うそ!? ほんとにアビゲイルって吸血鬼なの!?」
「確かにすごい力を持つ方だと思っていましたが、まさか吸血鬼だったなんて……感激です」
「そうなのアビゲイル!? うわ! すごっ! あたしはじめて吸血鬼に会っちゃったわよ!!」
マルガリータは素直に驚きの顔を見せ、メルナリーゼにはなぜか感動された。
リリベルちゃんにいたってはなにが嬉しいのか、小さく飛び跳ねながらはしゃいでいる。
それに引き換え、チャラ貴族サイドといえば、
「う、嘘に決まっているじゃないか! かの凶悪な吸血鬼がこんな田舎町にいるわけないだろう!」
まるで自分に言い聞かせるように、チャラ貴族が叫び続ける。
「それに吸血鬼だというなら、この太陽の下で活動できるわけがない!
だいたい――――」
「あ、彼女が吸血鬼だというのは、ギルド長の名において私が保証しますよ?
ちなみに太陽の下でも平気なのは、それを克服した上位吸血鬼だからです」
「なん……だと……!!」
尚もいい募ろうとしたチャラ貴族だったが、なんでもないように言ったエルモの言葉に、愕然とした声をあげ沈黙してしまった。
それとは反対に今度は他の男共が騒ぎだす。
「おいいいいっ! なんつー相手に喧嘩売ってんすか!!」
「あー、終わった。俺の人生、ここで終了……」
「やばいやばいやばいやばいやばい」
顔は伏せられているからわからないものの、それぞれが恐慌状態に陥っているようだ。
いやなにもそんな怖がらなくても。さすがにそれはちょっと傷つくぞ。
しかしいくらなんでも怖がり過ぎじゃないか? ちょっとエルモにそこら辺を聞いてみよう。
《なぁなぁモーちゃん。なんで吸血鬼ってフレーズだけであいつらあんなに怖がってるんだ? ちょっと異常だと思うんだけど》
《あー、アビちゃん先輩はこっちきたばっかりだから知らないんですよね。
今から十年くらい前なんですが、ちょっと吸血鬼に関わる騒動がありまして》
そうしてエルモから教えられたのは、どこかの都市で起こった人間による誘拐事件が発端の出来事だった。
人間が誘拐した少女なのだが、実はお忍びで遊びに来ていた吸血鬼のお姫様だった。
お姫様とはいえ吸血鬼ということもあり、自力で脱出できたのだが、そこからやばかったらしい。
誘拐したのは当時は名の知れた盗賊団だったのだが、脱出の折りにお姫様に一人残らず皆殺しにされてしまったという。
しかもなんらかのスキルが発動したらしく暴走状態となったお姫様が、そのまま都市へと舞い戻って大暴れしたから大変。
幸いお姫様の異常な力を察知した従者の吸血鬼達と、緊急招集された上級ランク冒険者と上級騎士達でなんとか沈静化できたそうだ。
しかしそこは、惨状と呼ぶにふさわしい状況だったとか。
まず都市の三割が破壊され、住民は避難こそしていたものの戦いの余波で数十人が怪我をした。
そして冒険者と騎士は死者こそ出なかったものの、半数以上が重傷または重体に陥ったらしい。
しかしもっとも酷かったのはお姫様の従者達で、三人いたうちの二人は瀕死の重傷、残った一人も片腕を失ったそうだ。
その後は政治的な話し合いで和解したらしいが、それ以来吸血鬼は手を出すとコワイ・ヤバイ・マズイと人々に認知されるようになったとか。
まるでヤクザみたいな扱いだなぁ。
とはいえ、吸血鬼だからって、オレ様もそんな風に見られるのはなんだか悲しい気がする。
「だ、大丈夫アビゲイル? なんか泣きそうな顔してるけど……」
「ん、ああ、何でもない何でもない……よ?」
あれ、おかしいな。自分ではそんなつもりはないんだけど、どうやらマルガリーゼが心配するような表情をしていたようだ。
今まで何度か感じたことだが、我が子になってからなんだか喜怒哀楽の感情が素直に表に出るようになった気がする。
ほら、今もなんか理性を無視してだんだん目から水が……。
「ち、ちょ、アビゲイル!? どうしたってのよ一体!」
「アビゲイルさん!?」
オレ様の様子に気づいたリリベルちゃんとメルナリーゼが、慌てて側まできてくれる。
「いや、なんていうか、吸血鬼って恐がれてるんだなって思って。
それにもしかしたら、皆にも恐がられるかもって思ったら、涙が勝手に……」
いやだって、今まで普通に接してた女の子から、急に距離取られたりしたら悲しくなるしね?
しかし理性ではそうでもないのだけど、気持ちが悲しくなるわ涙がとめどないわでどうしたもんかこれ。
「大丈夫よ、アビゲイル」
涙を堪えられず俯いたオレ様の頭をマルガリーゼが優しく抱きしめて、ゆっくり撫でてくれた。
あかん。これ超癒される。なんかずっとこうされていたい。
「私はアビゲイルを恐いと思わないし、これからもずっと友達よ。
……あんた達って最低」
『ぐはっ!』
マルガリーゼの無慈悲な一言が男共を貫き、
「私も姉さまと同じですよ、アビゲイルさん。
それにしても女の子を風評被害も甚だしいことで泣かせるとは、外道め」
『がはっ!』
引き続きメルナリーゼの氷点下にも感じる冷たい言葉が男共を抉り、
「あんたはあんたなんだから、気にするんじゃねーわよアビゲイル。
……ほんとあいつら最悪ね。いつかこの薬を叩きんでやるわ」
『ひいっ!』
とどめとばかりにリリベルちゃんのチン静剤報復発言が男共を怯えさせた。
三人は容赦ない言葉を男共に投げつけている間にも、オレ様の頭を撫でたり肩に手をかけてくれたり、背中をさすってくれたりしたおかげで、いつの間にか涙は引っ込んでいた。
うむ。悲しい気落ちも収まったことだし、そろそろ決着をつけようか。
「ありがとう三人とも。じゃあ、ちゃっちゃと片付けてくるから」
オレ様は心配そうにする三人の輪から離れ、いまだ地面に膝をついてひれ伏したまま動けないチャラ貴族と男共へ歩み寄り、その手前で足を止める。
くくく、オレ様を泣かせた罪は重いぞ?
「さあ、覚悟はいいか?」
ガクブルに震えだすチャラ貴族と男共を前に、オレ様は不敵に告げた。
魔眼登場! ちょっとは吸血鬼らしさが出てきたかもしれません!!




