第35話/女の子は<ドゥティ>を唱えた! 効果は抜群だ!!
かませ犬っぽい人が出てきました!
あれはたまたま水たまりに転んで濡れただけだ、とか。
逃げたのではなく用事を思い出しただけだ、とか。
他にもいくつかの言い訳をわめき散らすチャラ男。
いい加減うざくなってきたので、単刀直入に聞くことにする。
「それで一体、オレ様になんの用だ?」
「大体貴族であるボクが――はっ! そうだ! ボクは貴様に言うべきことがあるのだ!!」
ナルシストのような仕草で、髪をかきあげながらバカ貴族が言った。
「貴様には貴族であるこのボクを侮辱した不敬罪として、これこら一緒に来てもらおうか!
なあに、別に悪いようにはしないさ」
こちらが大人しく従うと思っているのか、オレ様の胸や足に下卑た目を這わせてくる。
なるほど、女の子サイドからみると男の下心がこもった視線はこんな感じなのか。最悪だな。
なのではっきり断ってやろうと口を開きかけた時、
「ふざけるんじゃないわよ!!」
突然、隣のマルガリーゼが怒声を上げて立ち上がった。
び、びっくりしたけど、一体どうした?
「あなた貴族のくせにバカなの? 貴族ともあろうものが、守護するべき民に向けて私利私欲で廃れた貴族の権利を悪用するなんてバカげてるわ!!
それにアビゲイルみたいな可愛い子をあんたみたいな童貞臭い男に渡すわけないでしょバーカ!!」
がるるるっ! とチャラ男に向けて唸らんばかりのマルガリーゼに守るように横抱きにされた。
いやマルガリーゼさん、途中まではよかったんだけど最後はなんかただの悪口になってますがな。
あと男に童貞発言とかやめたげて。
ほら、なんかチャラ男が地面に両膝を着いて下を向く姿に哀愁漂ってるし。
「ていうか、廃れてるのか? そしてメルナリーゼはあのバカ貴族どう思う?」
マルガリーゼはチャラ男を威嚇して興奮しているご様子なので、気になったことをメルナリーゼに聞いてみる。
「クズですね。それに町ではこの男は有名ですよ。どこかの貴族の三男で、鳴かず飛ばずで無能なくせに偉そうな態度ばかりする迷惑男ですし」
うわ、即答で毒も吐いた上に微笑んでるけど目が笑ってない。怖ぇ……。
侮蔑の視線をチャラ男に浴びせながらも、メルナリーゼは廃れた貴族の権利というものを小声で教えてくれた。
曰く、廃れたきっかけが数十年前に起こった一つの事件らしい。
とある町に遊興に来ていた貴族が、たまたまお忍びで来ていた他領の伯爵の孫娘に声をかけたが振られてしまう。
それで気を悪くした貴族は伯爵の孫娘だということに気づかないまま、適当な理由で不敬罪をでっち上げ伯爵の孫娘をあろうことか牢屋にぶちこんでしまう。
それを知った伯爵は激怒してすぐに私兵を率いて町を包囲。
事実を知りこれに慌てた貴族は、すぐに伯爵の孫娘を釈放して謝り倒すも時すでに遅し。
しかもそこは他の貴族が治める領地だったので内々に済ませることが出来ず、そっちにも責任問題が飛び火。
結果この問題は王の知るところとなり、土地を治めている貴族は少なくない慰謝料を払わされ、問題を起こした貴族は爵位降格の上、当時魔物との戦いが激化していた戦地に送られ二度と帰ってこなかったという。
それ以来この事件は貴族間で広く知られるようになり、よほどのこと以外に不敬罪等といった貴族の権利を不当に乱用することは憚られるようなったのだそうな。
「ですので、このようなくだらない私事に不敬罪を振りかざすのは、最早時代錯誤のバカか頭の悪いバカ以外にはいませんね。これだから童貞は」
「がはっ!!」
メルナリーゼが最後の言葉がクリティカルヒットとなり、チャラ男はついに両手も地面について項垂れてしまった。
おおう。初めてリアルでorzを見たよ。
いやまあ、女の子から童貞言われたあげく周囲にも認知されてしまった公開処刑の辛さはわかるけれども。
がんばれ、チャラ男。自業自得だけど。
そんなことを思っていると、どうにか立ち直ったのかチャラ男がぶつぶつ呟きながら、幽鬼のようにふらつきながらもゆっくりと立ち上がった。
「ああ、そうさ。確かに初めてそういう店に行った時は緊張のあまり立ち上がることもなく、行為すら及べずに店の女の子に心配をされたさ……」
いやそんなカミングアウトはいらん。
元男として聞いてて悲しくなるわ。
「また違う店では立ち上がったものの、店の女の子から過剰に行為に及ぶ前のサービスを受けるなと思ったら、"小さいままだったので、まだ準備ができてないのかと……"などと言われる始末……!!」
いやだから赤裸々に語るなよ! 生々しいわ!!
ほらマルガリーゼなんか途中から「行為……小さい……」とか呟きながらチャラ男の股間みて顔赤くしてるし!
いい子はそんなとこ見なくていいから!
あとメルナリーゼに至っては「器もナニも小さいから童貞なんですよ」とか、マジで男にそういうこと言うのはやめたげて!
男はそういうとこナイーブだから!!
あーもー誰かこのチャラ男を誰かなんとかしてくれ……。
すると突然ぴたりと動きを止め、チャラ男がどこかふっきれたような爽やかな表情を浮かべて、
「ふ、ふふふ……。このボクをここまで虚仮にしたバカな奴は君達がはじめてだよ。
いいだろう。貴族の権利が廃れたというならボクが復活させてやる!」
なんか妙なことを口走り始めた。
「決闘だ!貴族を、このボクを虚仮にした報いを受けさせてやる!!」
さっきの爽やかな表情とは一変したチャラ男が、血走った目でオレ様に向かって叫ぶ。
「言ったな……?」
対するオレ様はチャラ男の言葉を聞いて、思わず自然と口元に笑みが浮かんだ。
女の子の初めては尊ばれるけど、男の初めてはそうはならない不思議。




