第108話/会議の決着?
怒涛のデクーン子爵にサリシアさんに泣きが入ったので選手交代。支援のお申し出ありがとうございますからの『だが断る』を決行する。
「な、何を言っているのか分かっているのか君は! 爵位が上である者からの支援を断るということを無礼だと思わないのかね!? 謝罪するべきだ!!」
予想通りというかなんというか、オレ様の『支援はいらん』発言に真っ先に騒いだのは顔を赤くして叫ぶデクーン子爵だった。
まあダンジョンの利権が欲しいんだろうから、当たり前と言えば当たり前だろうけど。
ただ黒幕っぽいモルグ伯爵の反応が薄いのがちょっと疑問ではある。
「少し落ち着かれよデクーン子爵。しかしデクーン子爵の言う事も分からんでもない。
アビゲイル殿と言ったかな。よければ支援が必要ないという根拠を聞かせてもらえないだろうか」
「はい、それはもちろん。まずは先ほど見て頂いた資料にある通り―――」
しぶしぶ鳴りを潜めたデクーン子爵をしり目に、シスタリアス公爵に促されたのでサリシアさんの焼き増し+補足説明をしていく。
資金はダンジョン産のアイテムや温泉施設で大黒字、人材は町の人から募集し教育中及びギルドの低ランク冒険者達も順調に育成中なこと。
それに伴う町の拡張やダンジョンに通じる工事も人手は足りており、ギルド指定のCランク以上の冒険者やダンジョンナイトも確保済みであることを話していく。
「……一つ確認なのだが」
「はい、なんでしょう?」
その中で手を挙げたのはモルグ伯爵。腕を組んだまま鋭い目をこちらに向け、
「ダンジョンナイトだが、資料によるとローランド領に隣接するクロッカス城砦から騎士を借り受けたとあるが?」
「ええ、クロッカス城砦の騎士団長様とお話させてもらい、二個分隊を借り受けております」
ちなみにクロッカス城砦の騎士というのは、ちょっと前にギルドにいちゃもんをつけてアリシャちゃんを誘拐し、激おこのオレ様にフルボッコにされた騎士団だったりする。
まさか隊長のヴィンセクト率いる騎士団が全員『M属性』なる変態スキルを持っていて、ダメな意味で肉体的精神的に耐久度があり魔法で拘束するとそれを『緊縛プレイ』とか言っていたのはヤな思い出である。
あげく魔剣獣なるものに操られていたようで、それをオレ様がみもふたもなく破壊した後はスキルが『賢者モード』に変わり、人が変わったように騎士の見本のような人格者になっているのだとか。
「その騎士団の中に不埒者がおり、処分を受けたと噂で聞いたのだが? デクーン子爵、そんな騎士がダンジョンナイト等という大役を務められると思うかね?」
「っ! そ、そうですそうです! 騎士とはいえ処分を受けた者を登用することは問題がありますな!
実力と品位が求められるダンジョンナイトが、かような者達に務まるとは思えませぬ!!」
モルグ伯爵に水を向けられたデクーン子爵がまさに水を得た魚のように吠える。
しかしまあ、そんなことはこちらも想定内なわけで。
「なれど処分を受けた騎士を登用してはいけない、という法もないのでしょう? ねえ、シスタリアス公爵様」
「……ふむ、確かにないの。処分を受けたとしても実力があり騎士たる地位が剥奪されてなければ、ダンジョンを管理する者に指名されたならダンジョンナイトとなることは可能ではあるよ」
「だ、そうですよ?」
ほーら問題ないってよ? という煽りも込めた笑顔を向けてやると『ぐぬぬ……』と呻くデクーン子爵。
しかしモルグ伯爵は違ったようで、
「それは承知している。しかしだ、その実力というものが伴っているかどうかは資料だけでは分かるまい? デクーン子爵はそういうところを危惧しているのだろう?」
「え、ええ、ええ! その通りにございます! それに比べてわたくしめが懇意にしている騎士団ならば質も品位も確かなものなのです!
であるならば、そちらの問題のある騎士よりもふさわしいものであり、資金も物資も不要というのであれば、ダンジョンナイトこそ受け入れるべきであろう」
よくわからない自己理論のもとにうんうん頷いているけど、そんなデクーン子爵に対する答えはこうである。
「喜んでお断りさせていただきますわ」
ばっちり営業スマイルで『だが断る』を敢行。
わあ、デクーン子爵の顔真っ赤になってるー。
「き、貴様という奴はどこまで無礼であるのか! 大体下級貴族が上級貴族の申し出を断るというのがどういうことか、わかっているのであるか!!」
「さあ? 私、貴族じゃありませんもの。そんなもの知ったことではありませんことよ? おほほほほっ」
「そこまでだ。双方落ち着かれるがよい」
デクーン子爵を煽ることがちょっと楽しくなってきたころ、シスタリアス公爵より待ったの声がかかった。
まあさすがにこれ以上はやめておこうか。
さっきからサリシアさんが影ながらオレ様の服の裾を引っ張りつつ、思いっきり涙目な表情になりがながら『これ以上問題起こさないでください!』みたいな視線で訴えてきているし?
ちなみにエリクシリア様に至ってはさっきから『いいぞ! もっとやれ!』みたいなわくわくした表情で、胸元で両手をぐっと握りながら見ていたりする。
「デクーン子爵の申し出もアビゲイル殿の主張も理解するところではある。
しかしこのままでは平行線であり、かつどちらかが強引に事を進めたなら遺恨が残る事態になるのは明白。
なれば双方、形だけでも納得のいく方法で白黒をつけるのはどうだろうか?」
「そうは言われましても、どのような方法でしょうか? それに私が納得したとしても、あちらがちゃんと納得してくれるかどうか」
「何を言うか! どのようなことでも一度決着がついたことに口を出す貴族などおらん!」
ダンジョンの恩恵で資材も人材も資金もいらないがダンジョンナイトに懸念があるとくれば、まあ納得のいく方法とやらも想像できるのでついでにデクーン子爵を煽ってみたら見事に食いついてきた。
はっはっはっ、言質は取ったからな?
「それでシスタリアス公爵様。納得のいく方法とはどんなものでしょうか?」
「なに、難しいことではないよ。デクーン子爵は自らのダンジョンナイトが相応しいとし、アビゲイル殿は現在のダンジョンナイトで問題ないとするならば、双方の力を示し勝った方が意を通せばよかろう。
まあ、ダンジョンナイトの権利を賭けた試合であるな」
予想通りの結果。というか、もはやこれしかないだろう。オレ様的にも殴って勝てばよしというのも、シンプルでわかりやすくはあるのだけど。
しかしそれだけだとあっちは勝てば権利を手に入れるが、こっちになんのメリットもないのがよくない。
ということで、
「シスタリアス公爵様のご提案、了解いたしました。しかしながら、こちらが勝利しても現状維持なだけで戦い損になるだけですわ。
ですので、勝利の報酬として一億ゴールを用意するというのを条件にしたいと思いますの」
「な、なんだねその法外な額は! そんなものが認められると思うのかね!?」
確かに一億は法外だと思うが、試合に勝てさえすれば一億以上の利益があるんだからそれを考えれば安いもんだろうに。
まあオレ様は優しいので、のりやすいようにベットをあげてやることにしよう。
「さすがにただで一億ということは申しませんわ。もしこちらに勝てたのなら、これを差し上げましょう」
「な、なんだねそれは? ……指輪?」
訝しむデクーン子爵を尻目にオレ様がアイテムボックスから取り出して目の前のテーブルに置いたのは、葉っぱの模様が描かれた薄緑色の指輪。
もちろんただの指輪というだけではなく、
「ダンジョンコアより賜ったダンジョンマスターの機能が付与された指輪ですわ。これなら一億ゴールに見合う物となりましょう?」
『!!?』
その場にいたほぼ全員が驚きの顔で指輪へと目を向けてくる。
これさえあればダンジョンの改築改装、アイテムや魔物などの出現率の変化や強化、もっと言えば自分専用の部屋を作ってダンジョンポイントを利用して衣食住を整えれば、一生ひきこもることさえもできてしまう。
そんな誰もが垂涎のアイテムが今ここに…………さあ、釣り餌としては十分だろう?
「そ、それが本物だという証拠はあるのかね……!?」
「……デクーン子爵、『鑑定』スキルを持つこの私が、エリクシリア=パトリオス=マグノリアの名に誓って、この指輪が本物だということを証明いたしますわ」
「な、そこまで……」
エリクシリア姫の言葉に絶句する往生際の悪いデクーン子爵が言葉を失う。
フォローに感謝するべく姫様にウインクすると、向こうもにっこり微笑んでくれる。
美少女の笑顔に眼福眼福。
「エリクシリア姫が名に誓うとは、確かにその指輪は本物のようだ。まさか生きているうちに本物を目にすることが出来るとは……」
「ダンジョンマスターの指輪……これ一つで下手をすれば国同士の戦争にもなる代物であるが……」
あの柔和な老紳士なシスタリアス公爵やさっきまで顔色一つ変えなかったモルグ伯爵さえも、指輪が本物という事実に顔を強張らせていた。
あ、ちなみに後でサリシアさんから聞いたことだけど、貴族が『己の名に誓う』というのは、それが嘘だったり間違っていたら『その身を捧げる=極刑でも奴隷でも好きにしろ』という意味合いがあるらしい。
それほど重たい意味のある言葉なら信用としては十分だろう。が、ここでオレ様はあえて引かせてもらおう。
「これでも不服というならばもっと別な物に変えてもよろしいのですが……」
「い、いや、待ちたまえ! その要求、引き受けようではないか!」
「……報酬として一億ゴールでよろしいと?」
「いいとも! しかし君もあとで『やはり指輪は渡せない』というのはなしにしてもらおうか!!」
「それはもちろん」
おっしゃかかった!
慌てて目の色を変えたデクーン子爵がこちらの要求を飲んだ。よしよし。
思惑通りな展開ににやりと笑いそうになる表情筋をこらえ、にこりと営業スマイルを浮かべて全体を見渡せば全員が視線がオレ様に注目していた。
あとはデクーン子爵が逃げられないように楔を打つのみ。
「それではデクーン子爵から了承を得たことですし、よろしければここにいる方々が証人になっていただけると嬉しいのですが」
「ならば喜んで私が証人として名乗りを上げますわ」
「うむよかろう、儂も証人として応じよう」
「……わかった。こちらも証人になろう」
エリクシリア姫をはじめシスタリアス公爵も快く引き受けてくれたが、モルグ伯爵だけは一瞬だが苦い表情を浮かべていた。
目先の欲に駆られたデクーン子爵になにか思うところがあるんだろうけど、まあ知ったこっちゃない。
「ありがとうございます。なればついでと言ってはなんですが、ダンジョンナイトの権利を賭けての試合内容についても、ここで協議させて頂ければ幸いですわ」
「それはいい! 姫様や公爵閣下、そのうえモルグ伯爵もいる場で決定されたこととなれば、双方の望むものも確たるものとなるのであるからな!!」
もはや勝った気でいるようなデクーン子爵が清々しい程の笑顔を向けてくる。
ま、オレ様としてはほとんど目的を達成したも同然なのでどうでもいいのだけど。
こうしてオレ様の思惑など露とも知らず、手の平でころっころされたまま試合に向けて協議が進んでいくのであった。
ん? サリシアさんどうした? そんな涙目でこっちを睨んで。
「……ダンジョンマスターの指輪とか一億とか打ち合わせにありませんでしたわよね!? あと偉い方の証人とか協議とか話が大きくなってついていけませんわ!!」
小声の抗議にオレ様はポンとサリシアさんの肩に手を置き、
「それではここからはサリシア様がお話に加わりますので、私は下がりましょう。さあサリシア様、出番ですよ?」
「え? はい? ……えええええぇぇぇぇっ!?」
面倒臭いことは丸投げするのであった。
尚、サリシアさんは公爵や姫様から声をかけられて断れるはずもなく、下がったオレ様に一瞬振り返って涙目のまま『キイィィィッ!』と怒ったような視線を向けてから協議へと赴いていくのだった。
「アビゲイル様、鬼ですね……」
「なんならハンナちゃんも参加してみる?」
「サリシア様! 今こそ領主代行としての役割を果たすときです!!」
「だろ?」
こうしてオレ様は、素直なハンナちゃんとあたふたしながらも頑張るサリシアさんを後ろから微笑ましく見守るのだった。
サリシア『もーっ! 丸投げなんて酷いですわ!!』
過去にバイト先で後輩の話を聞かず『オレが正しいオレの言う通りにしろ』という強引ぐマイウェイなバイト先輩が後輩女子高生を半泣きにさせてたことがあり。
作者も同じことをされたことがあったので、その後輩女子高生と共謀してあえてその間違った通りにしてやり素知らぬふりをして『あの人の言う通りにしたらエラー出たんですが』と速攻で上司に直に申告したことがあります。
そのバイト先輩は前にも同じようなことで注意されていたらしく、上司から思いっきり説教された上で見事に現場移動されてました。
後輩女子高生と『イエーイ』と陰でハイタッチしたのはいい思い出です。
やはり立場が下だろうとなんだろうと、人の話を聞くのは大事だなと思った出来事。




