第107話/校長と会議は長い。
会議の場へ赴くと、騎士っぽい人たちに睨まれたのでアビゲイルが笑顔でお返しをしてあげると、顔を青くさせて喜んでくれる。
老執事に案内されて屋敷へと入り、連れていかれたのは重厚な扉のある部屋。
「こちらにございます。伯爵様をはじめ皆様もお待ちしております。やんごとなき御方もおりますゆえ、失礼のなきようお願いいたします」
まあ会議というし伯爵一人じゃないことは予想していたが、ここにきてやんごとなき御方って、実に面倒そうなワードが出てきたもんである。
「サリシアさん知ってた?」
「いえ、会議は各地の領主が招集されることはありますが、そこまでの方がいらっしゃるなんてお爺様からも聞いてませんわ……」
そっかぁ、サリシアさんも知らないか。
まあ考えたところで答えは出ないし、なら出たとこ勝負というのもありだろう。
老執事が『領主代行サリシア=ローレント様がお付きになりました』と声を響かせると、中から『入りたまえ』と渋い声と共に扉が開かれてサリシアさんを筆頭に中へと入っていく。
入った部屋は……まあ強いて言えば成金趣味というのだろうか。
とにかく過度な装飾が施された高そうなテーブルや椅子、無駄にでかい絵や金色の調度品が置かれておりどうみても会議する場というにはふさわしくない華美な内装といえる。
そんな場の席についているのは四人の人物で、簡単に言うなら上座っぽい位置にいる柔和な顔をした老紳士に、その両サイドにいる片方はお姫様っぽい感じの女性。
その対面にいる見るからに上等な服を着ているいかつい初老の男と、いかにも金がかかってそうな服に神経質そうな顔をした三十代くらいの痩せた男。
そしてそれぞれの後ろには二名ずつ護衛と思わしき平服を着て剣を腰に下げている人物が立っている。
「この度は領主会議を開いていただき感謝の念に堪えません。ローレント領領主のバルドに代わり、サリシア=ローレントが代行として務めさせていただきます」
「うむ。遠路はるばるご苦労だった。さて、儂は長々とした社交辞令は苦手なものでな。早速にも会議を始めるためにサリシア殿も席に着くといい」
「はい、失礼いたします」
柔和な老紳士から勧められたサリシアさんは着席し、オレ様とハンナちゃんは護衛っぽく後ろへと佇む。
「それではざっとここにいる者を紹介しようかの。まずは見届け人たる儂がブロンド=シスタリアス公爵であり、この度の会議を公正公平に行うことを約束しよう」
次いで、とシスタリアス公爵に目くばせをされた十代後半くらいのお姫様っぽい女性が立ち上がって優雅な一礼を披露し、
「マグノリア王国が第三王女エリクシリア=パトリオス=マグノリアです。貴族院いらいですねサリシア。この度は領地内にダンジョンが見つかったようで、おめでとうございます」
「い、いえ、エリクシリア王女におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。この度は私事のためにお集まり頂きありがとうございます」
「ふふふ、お気になさらなくてもいいですのよ? そういえばうちの従者の……白い仮面をつけた者、といえばお分かりになると思いますが、どうやらそちらと上手くご挨拶できなかったようでしょげておりましたわ。
よく言って聞かせておきますので、次回は取り計らってあげてくださると嬉しいですわ」
「かしこまりました……」
そのままにこやかに着席する王女とは正反対に立ち上がって返礼したサリシアさん。
が、思いっきりぎこちなく着席してちらりとオレ様に向けられたその視線には『アビーお姉様あああああっ!?』と抗議の声が込められていた。
うん、わかってる。あれだよな、ご飯食べた後に話しかけてきて、オレ様が呼んた衛兵にドナドナされていったフードを被った白い仮面の人達。
そっかー、王女様の使いだったかー…………てへ、ごめんね♡
どんまいの気持ちでサリシアさんに可愛くウインクで返したら、思いっきり苦い顔されたんだが。
ま、やってしまったものは仕方ないということで気を取り直していこう?
「次は私であるな。お初にお目にかかるサリシア嬢。私はボミグラニット領を治める、モルグ=ボミグラニット伯爵である。
ちなみに今回の会議を発案したデクーン子爵の後見人でもあるな」
「遠路はるばるご苦労、サリシア嬢。モルグ様より庇護を賜るデクーン子爵だ」
事務的な初老のモルグ伯爵に、なぜか偉そうな態度のデクーン子爵。うん、こんなおっさんたちの自己紹介なんぞどうでもいい。
オレ様としてはこちらに微笑んで手をふりふりしてるお姫様と話をしたいのだが。
「うむ、手紙である程度の事は聞き及んでいるが、改めてサリシア殿からダンジョンの様子や対応状況を説明してもらえるかの」
「はい、わかりました。それでは大まかですが資料を揃えましたので、まずはそちらをご覧ください」
「資料だと? この短期間にありえん。どうせ上っ面だけのものだろうに」
小バカにするような態度のデクーン子爵にちょっとイラっとしつつもサリシアさんから目くばせされたので、オレ様はなにもない空間に手を突っ込みアイテムボックスから取り出した資料を無属性スキルの『念動』によりそれぞれの前にサーブしてやる。
……なんだかみんな目を丸くしてオレ様を見ているが、そんな驚くようなことでもないだろうに。ただの下級レベルのスキルだぞ?
視線が鬱陶しかったので、資料見ろ? という意味も込めてにこりと微笑んでやると、みんながはっとした顔で手元の資料へと目を移していく。
資料をめくる音だけが部屋に鳴ること、しばらくして。
「ほぉ、なかなかに調査の目が行き届いている資料ではないか」
「素晴らしいですわ。特に温泉があるというのが、個人的に大変興味を惹かれますね」
「食材に装備品に魔石……一つのダンジョンにこれほど豊富な素材があるのは珍しいことであるな」
「バ、バカな、こんな詳細な資料があるだと……」
読み終えたそれぞれの反応は上々。
まあ約一名が慄いているところ悪いけど、資料に関しては調べたというかダンジョンコアに直に聞いているので割と簡単に作成できたりしたんだよねこれが。
「それではこれより資料の詳しい内容をご説明いたします。まず皆様がご覧の通り当方のダンジョンは調査がほぼ完了しており、また領内の冒険者ギルドと連携しCランク以上の専属冒険者及び―――」
そしてここから利権の横取りを潰すべく、関係者で考え抜いた様々な次善策を盛り込んだダンジョン運営案をサリシアさんが披露していく。
時折質疑が飛ぶもののサリシアさんは手元の資料をもとにほぼ隙のない応答を返し、それにほぼ全員が納得した顔を見せる。
しばらくそんな時間が続き、ダンジョン運営の説明もあらかた終わりを向かえた…………というのに、一人納得いかない顔をしたデクーン子爵がテーブルを叩き声を荒げた。
「サリシア嬢! 先ほど聞いていれば、我らの支援をことごとく拒否するというはどういう了見かね! 失礼だとは思わないのかね!?」
いや意味わからんし。なんで自力でやってけるから支援はいらないというのが失礼になるんだよ?
あと急に大声出すんじゃねえ。うちのサリシアさんがビクっとしてちょっと驚いただろうが。
「い、いえ、決して拒否などしているわけでは……」
「ならばなぜ受け入れないのかね!? このデクーン子爵とモルグ伯爵が支援の手を差し伸べているのだぞ!」
「ですから支援を受けるほどの事はないと申しておりまして……」
「そんな筈なかろう! いい加減なことを言わずに、さっさと支援を受け入れたまえ!!」
「そ、そんなこと言われましても……」
あーダメだこりゃ。典型的な俺は正しいお前は間違ってるの思考で、人の話を聞く気がないタイプだ。
というかデクーン子爵のあまりの剣幕と声に、追い詰められてるようなサリシアさんを見過ごせない。
十代半ばの女の子があんなおっさんに怒鳴られたら怖いだろうよ。よーしよし、あとはオレ様に任せとけ。
サリシアさんの肩をトントンと軽く指で叩き、前もって打ち合わせておいた『やばくなったら交代』の合図を送ると、チラリと振り向いたちょっぴり涙目のサリシアさんが小さく頷く。
ならば選手交代だ。サリシアさんを泣かした罪は重いと知れ。
「モルグ伯爵領は3件のダンジョンを運営している大領なるぞ! その深い見識を役立ててやろうというのにまったくもって―――」
「やかましい」
『『『!?』』』
あ、やべえ。デクーン子爵のマンシンガントークを黙らそうと威圧したら、加減間違えて魔力の波動? っぽいのでガラスや壺なんかにヒビが入っちゃったよ。
しかも護衛の人達が青い顔して戦闘態勢取っちゃった? めんごめんご。
「失礼しました。ここからはサリシア領主代行に代わり、このアビゲイルが問答を務めさせて頂きます」
あれ? にっこり美少女スマイルしたのに、なぜか全員さらにドン引きな顔になったのはなぜだ。
そう思っていると、横のハンナちゃんがくいくいと服の裾を引っ張られて小さく耳打ちしてくる。
「あの、目が笑ってなくて怖いです」
「おや、それは失敬。それでは改めまして」
今度はしっかりと笑顔を意識した美少女スマイルを参加者に向け、
「モルド伯爵様をはじめ皆様の支援の申し出、大変ありがたく思っております」
「そ、そうだろうそうだろう。君はわかっているようだな、では―――」
「ですが、こちらは皆様の支援を一切必要としておりません。どうぞお引き取り下さいませ」
カーテシーと共に問答無用の宣言を高らかに会議室へと響かせたのだった。
自分は正しいからと人の話や自分のことを顧みない人っていますよね。
作者もコンビニでクソジジ……もとい年配の男性が『オレが並んでいたのにこいつが横入りしたんだよ!』と二十代半ばくらいのOLっぽい美人さんと店員に喚いている現場に遭遇したことがあります。
店員さんが『矢印がある場所で並んでいる方が優先されますので』と説明をし、それが表記されているプラカードも見せたところばつが悪くなったのか『わかりづらいんだよ! もうこれいらねえ!!』と商品(ビール一本)と捨て台詞を残して去っていきましたが。
が、自動ドアが開くより早く歩いたのがあだとなり、思いっきり自動ドアにガツンと両肩をぶつけて『いてぇ!』と喚きつつよろよろと過ぎ去っていく姿が哀れというかなんというか。
まあそんなことより、作者しては二十代半ばの美人OLさんがずっと『凍てつく視線』をしていた表情がたまらな……げふん、絵になるなと思った瞬間でした。
巷ではこれを『ご褒美』という心臓の強い人がいるそうです。
ええ、作者は違いますよ? 作者は『上目遣い派』ですから(どうでもいい)。




