第105話/小悪党の末路。
不正を暴くためにギルド副部長のカバーナを問い詰めるもわるあがきをしてくる。
「信じられないとは、どういうことですの? わたくしやこの貴族の証である指輪が偽物だとでも?」
「そうは言っていません。ただ私としても確証が欲しいのですよ。突然やってきたお貴族様らしき方に寄付ならまだしも、『他人を助けたいからお金を出す』と言われましても、はいそうですか、と鵜呑みにするわけにはいかないもので」
なにかの光明をみつけたのかさっきと打って変わって、ヤな笑顔を浮かべてなかなかに慇懃無礼な言葉で話してくるカバーナ。
サリシアさんも自身と指輪を疑われたことに、声色が固くなってイラっときてるような様子を見せる。
「貴族の身分偽証や指輪を偽造すること等は死罪に相当しますわ。それを承知でわたくしが貴族を騙っているとでも言いますの……?」
おおう、なんつー過激な法律。前の世界じゃ身分査証や偽造しても逮捕されて有罪になるくらいなのに、さすがは異世界にもなると罰が変わるもんだ。
「いやいや、まさかそんな。あなたの気品や服装からもお貴族様と思われますが、どこのどなた様か、という証明が欲しいもので。
ああ、もちろんどこのどなたかも知らないお付きの方の言葉だけでは弱いので……そうですね、私があなたの言うローレント子爵に手紙を出しましょう。
その返事が確認でき次第、あなたの身分を信用しそこの小娘の奴隷契約も解除するといたしましょう」
……もっともらしいことを言ってるけど、これって要するに、
(ふはははっ! 手紙の往復で時間を稼いでいる間にとんずらこいてやるわ!! って、この鼻毛ヤッホーしてる男が考えてそうと思ってるのはオレ様だけ?)
(ええ、わたくしも同じことを思いましたわ。あと鼻毛ヤッホーを言われると……表情筋と腹筋が辛いのでやめていただけます?)
(なんなんですかこの人! お嬢様に向かって無礼です!! それと舌を嚙みながらこらえている私は偉いと思います!!)
うん、二人とも姿勢はまっすぐなものの肩が微妙に震えてるもんね。
あれだな、なぜかこういう真面目な場面な時ほどくだらないことで笑えちゃうし、あと相手を笑かしたくなる衝動に駆られるのは人間の性だろうか。オレ様、吸血鬼けど。
(あれ? 鼻毛ヤッホーじゃなくて、鼻毛シャワーとか鼻毛ターザンの方がよかったとか?)
(言い方じゃありませんわ! いまほんとにお腹がつりそうなんですのよ!?)
(お嬢様、私そろそろ舌が噛み千切れちゃうかもしれません……)
(アビちゃん先、アビゲイルさんやめましょう? 私いまお腹が割れそうなくらい頑張ってるんですよ?)
(こ、呼吸が出来なくなりそうです……)
全員平静を装っているものの、感じる気配からあと一押しで決壊しそうなんだけど、それをやると割と本気で怒られそうな気がするので悪戯はここまでにしとこう。
「ははは、たかが身元の確認のためにそこまでお怒りにならなくてもいいのでは?
しかしまあ話はここまでですな。あとはあなたの身元が証明されてからということで。それでは私は忙しいのでこれで――――」
皆が自身の鼻毛のことで笑いをこらえているとは知らずに、ザ・勘違い野郎は場を濁してこの場を去ろうとして腰を浮かそうとするが、
「お待ちくださいなギルド副部長さん。つまりわたくしの身分をはっきりと証明できる方法があればよろしいのですわね?」
そうは問屋が卸さないと、サリシアさんの待ったの声にカバーナが顔をしかめて座りなおす。
「だからそれは無理だと言っているでしょう? なんらかの書類をお持ちだとしてもそんなものはいくらでも偽造できますし、よほど高名な方からの紹介がない限り信用は出来ませんな」
うわあ、小バカにした顔で書類関係は無駄だとか先手を打ったようだけど最後の言葉は悪手だぞそれ。
(思いっきり墓穴掘ったなこの鼻毛――――ごめんなさい。もう言わないから、割と強めに背中のお肉をつまむのは勘弁してくださいエルモギルド長。地味に痛い……)
(わかればいいんです)
場を和ませようとしただけなのに……。
(はあ、致し方ありませんわ。お手数ですがエルモお姉様、お名前を拝借できますか?)
(わかりました。後はお任せください)
「カバーナギルド副部長、役職についたところで体型も態度も随分変わったようですね? いち職員として真面目だったあなたはどこにいったのでしょうか」
「なんだねその物言いは? まるで面識のあるような言い方だが、生憎と私は君のことなど知らんよ」
「そうですか。この顔を見ても同じことを言えますか?」
おお、これはまさに時代劇の暴君将軍がごとく『余の顔に見覚えはないか?』的な展開!
(よっ! エルモ将軍! かっこいいー!!)
(茶化さないでもらえますか!?)
そしてぱさりとエルモのフードを取り払われ、その緑のポニーテールとエルフ特融の長耳があらわになり、眼鏡をかけたクールビューティーな顔を見たカバーナが一瞬怪訝な顔になるも見てて面白いほどに変わっていく。
『まさか?』という感じに目が細められ→顔を思い出したようで『嘘だろ!?』と驚愕に目が見開き→『やばい!』的に顔が青ざめて→『まさか本物の筈はない』みたいに顔を振り無理やり落ち着かせた脂汗を浮かべた笑顔になるという百面相っぷり。
そんな慄いた表情のカバーナが震える声で、
「あの『踏まれたいクールな巨乳ランキング』の上位であるあなたがなぜここに!?」
妙なことを口走った。
(さすがエルモ。そんなコアなタイトルにランキング入りしてるなんて……)
(私はそんなの知りませんよ!?)
「……その謎のランキングへの抗議は後にするとして。あたなくらいの役職なら私が緊急のギルド会議に呼ばれていることはご存じでしょう? それゆえに王都に来ているのは当然のことです」
「くっ……いやしかし、まだ本人と決まったわけでは……!」
「はいはい、私の証明ならばこれで十分でしょう? 今すぐにでも照会してもらえれば本人だとわかりますが?」
(うわお、胸元から出すとかさすがは『踏まれたいクールな巨乳』上位ランカー!)
(それはほっといてくださいよ!)
そんなエルモが取り出したのは、ネックレスにもなっている一枚のメタリックな青銀の冒険者タグ。
確かファンナさんから聞いた冒険者講座で、あの色は最高ランクであるSランクを証明するものだったはず。
「『巨人殺し』でエルモという名のエルフがもう一人いるならば、話は別ですけどね?」
「……そんな、ほんとに……」
エルモがかざした冒険者タグをみたカバーナはそれ以上反論することはできなくなり、肩を落として絶望した顔でうなだれる。
これはあれだな。例えるなら本社勤めで役職があるとはいえ、たまたま来ていた支部をまとめるエリート支社長に面と向かって『おまえ誰だよ』と失礼ぶっこいたようなもんか。
むろん会社の重要人物の顔を覚えられないような者は出世の道は遠のくし、あまつさえ不正もバレて今後の人生の道すらも遠のくとしたらそんな顔もしたくなるわな。
「というわけで、ローレント領のギルド支部長であるSランク冒険者エルモ=リセノアの名において、セリシア様のご身分を証明するものとします。よろしいですね?」
「…………」
ほとんど有無を言わさない迫力がこもったエルモの言葉に、力なく頷くカバーナはもはやリストラを告げられた中年社員のようで、見ててちょっぴし哀れな気がしなくもない。
まあ不正行為なのだから仕方のないことだけども。
こうして盗賊の襲撃からはじまったフィナちゃんの救済劇と小悪党の成敗は幕を閉じたのだった。
暴れる将軍ですが、ふと『現場に向かう途中で見回りに見つかったりしたら』と考えたことがあります。
見回り『そこにいるのは誰だ!? 塀の片隅でスタンバってるとは怪しい奴め! であえであえ!!』
将軍『ちょ、まて! 余の顔に見覚えはないか!? 江戸城でよくみかけるだろう!?』
見回り『こちとら地元(地方)の城勤めでお前の顔など知るか! ますます怪しい奴め! さらにであえであえ!!』
将軍『うおおおおっ! 地方まで余の顔が知られてなかった弊害が……!!』
写真もない昔に普段見ない本社の社長さんが急に来て物陰から『余が社長だ!』って言われても、地方公務員の平社員からしたら誰だかわかりませんよね。




