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ニセ賢者の弟子になりました  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ☆☆

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40/41

☆☆19

 僕は涙を拭くと、じっとりとした目を向けてくるルーベンス団長に言ってやった。


「そろそろお仕事したらどうですか?」

「なんだと?」


 ルーベンス団長は仰け反った。僕にそんなことを言われると思わなかったのかな。

 でも、魔術師団の団長なんて地位にいるんだから、お給料いっぱいもらってるんじゃないの? その分働いてもらわないと。


 ほら、クラ―ケルが暴れたからあちこちひどい有様だし、皆不安がってるし、やることたくさんあるよね?


「団長さん、ここで僕たちと遊んでる場合じゃないですよね?」


 師匠はと言うと、僕の発言に吹き出していた。


「絶対的な正論だな!」


 貧乏人は馬車馬のごとく働き詰めなんだから、サボってる人には厳しいんだよ。僕は師匠という後ろ盾があるのをいいことに、ビシリと言う。


「大体、あんまりしつこくすると嫌われますよ」


 もう手遅れかもしれないけど。

 でも、団長さんはそこに気づいてなかったのかもしれない。

 えっ、と驚いていた。うーん、感覚がズレてるね。


「そ、そんなわけがないだろう! 私は彼を尊敬している。そして、彼に次ぐ魔術師といえばこの国では私くらいのものだ。互いを高め合えるのは――」


 僕がチラリと師匠の方を見たら、師匠は何も聞かなかったという顔をしていた。

 見事な一方通行だなぁ。


「師匠は職人さんとか、その道のプロが好きですよ。パン職人でも靴職人でもなんでも。仕事に打ち込む人を尊敬してるんです。仕事熱心な人をね」

「な……っ」

「師匠に尊敬されたかったら仕事に打ち込むのがいいと思います」


 あはっ、と僕は笑顔で言った。師匠は笑いを噛み殺している。

 団長さんはと言うと、おろおろしながら言い訳のようにしてつぶやく。


「わ、私は忙しくて当分顔を出せないけれど、うん、忙しいから。仕事が忙しいから。当分行けないけれど、頑張って仕事をしているから。――じゃあ、そういうことで!」


 ヒュン、と消えた。

 どうしても師匠に嫌われたくないらしい。ほんとは手遅れですけど。

 まあ、仕事してくれるならいいよね。なんとなく憎めなくなってきたかも。


「団長さん、よっぽど師匠のことが好きなんですねぇ」


 僕がしみじみ言うと、師匠は小刻みに震えるようにして首を振った。


「嫌なことを言うな。でも、まあ、当分来ないっていうのなら助かる。お手柄だ」


 師匠に褒められた。

 わーい。素直に喜んでいると、師匠は皮肉な笑みを見せた。


「あの人、俺以外の人間には容赦ないから、五体満足に終われてよかったな?」


 ――そういうのは先に言ってほしい。

 もう十分に失礼なこと言ったからね。今さらながらにゾッとした。

 ほんと、もう当分というか、とにかく来ないでほしい。


「ところで師匠、ライニールさんがここにいるの知ってました?」


 師匠の表情から、知らなかったんだってわかった。


「ライが?」

「そうです。ヘルトさんと礼拝堂の中にいますよ」

「ライはこの辺りの出身じゃない。見合いとやらで来ていたのかな」


 それをつぶやいた師匠の表情からは何も読み取れなかった。

 師匠は何を考えているのかな。


 無言のまま、師匠は僕を通り越して礼拝堂の中へ入った。扉を開けた途端、そこにいる人たちが怯えた目を向けたけど、クラ―ケルは師匠が退治してくれたからもう危険はない。

 それを教えてあげないとと思ったんだけど、その前に椅子の横に膝を突いているライニールさんを見つけた師匠がそちらに向かった。僕も小走りでついていく。


「ライ、ヘルトは――」


 師匠が声をかけると、ライニールさんは立ち上がってびっくりするくらい険しい表情をして師匠を見据えたんだ。師匠はその視線を立ち止まって受け止める。


「リューク、どうしてヘルトについていなかった?」


 どうしてって、僕やヘルトさんを連れていたら師匠はクラ―ケル退治に専念できなかった。僕たちは無傷ではないけど、傷は師匠が治してくれるし。


 ライニールさんは、ヘルトさんは師匠のことが好きだって思い込んでる。だから、ヘルトさんが想い人から護ってもらえずに傷ついてるとか、勝手にそんなことを考えて怒ったんだろう。


 僕はトンチンカンなライニールさんに腹が立った。

 でも、師匠はどこか冷めた目をして失笑する。


「それこそ、ヘルトを置いて見合いに行ったヤツに言われたくないな」


 場が凍りつく。友情に亀裂が……。

 僕はどうしたらいいのかわからない。師匠の後ろで慌てた。


 でも、それを言われてライニールさんの怒りは逆に萎んでいった。――どうしたの?


「そうだな。すまない」


 あれ? いつものライニールさんだ。

 そうだよね、いつも穏やかなのに、なんで今だけ怒ったの?

 師匠は小さく笑った。


「それで? 見合いをしてみてやっとわかったってのか?」


 僕にはなんのことだか全然わからないけど、ライニールさんはそれだけで伝わったみたいだ。顔を覆ってため息をついていた。


「わかったというか……」

「ヘルト、いつまでも寝たフリしてるんじゃない。起きろ」


 なかなか起きないなと思ったら、起きてた?

 師匠に言われてヘルトさんは恐る恐る目を開けた。一体どの辺りから知ってるんだろうね?


 ライニールさんと目が合うと、ヘルトさんはカァッと顔を赤くした。それを見たライニールさんもどういうわけか恥ずかしそうにしてる。

 何? 僕たちが外で団長さんの相手をしてる隙に何があったの?


「வெளியே வா」


 師匠は呪文を唱えて手元にヘルトさんのトランクを出すと、それを足元に下した。

 それから、魔術でヘルトさんの傷を癒し、その上でヘルトさんに微笑する。


「ヘルト、今言えなきゃ一生言えないからな」

「は、はい」

「休暇はあと一日ある。帰りはライに送ってもらえ。じゃあな」


 そして、退場?

 師匠って、本当のところヘルトさんのことをどう思ってたんだろう。でも、それに触れるには僕は繊細過ぎるから、とても訊けないよ。


 礼拝堂を出た師匠の背中を追って、僕も外へ出た。

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