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ニセ賢者の弟子になりました  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ☆☆

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35/41

☆☆14

 その町にいきなり飛んでしまうと旅行って気分じゃない。移動の魔術は便利な反面、早く着きすぎて遠くまで来たっていう実感がないんだ。

 だから僕は提案した。


「途中まで乗り物でも使いませんか?」

「乗り物……馬車か、馬か、舟か?」


 すると、ヘルトさんは手を合わせてうなずいた。


「川を下る舟が出ていますね。乗ってみますか?」


 おおっ。舟かぁ。面白そう。


「いいですね、舟にしましょう」


 町の中に舟着き場があるらしい。

 僕たちは朝食を終えてからチェックアウトし、町の西側にある船着き場へ向かった。


 赤茶けた舟は小さいけど、数がとても多かった。たくさん並んでる。

 大勢で乗るものじゃなくて数人ずつを運ぶみたいだ。非効率に思えるけど、観光も兼ねてるのかもしれない。

 それぞれに船頭さんが一人ずつついている。長い竿を持っていて、それで器用に舟を川の流れに沿って動かしていた。


「こちらは――三人様ですかい?」

「はい、そうです! お願いします!」


 ベテランっぽい中年の船頭さんに僕が挨拶すると、船頭さんはうなずいた。


「料金は前払い。オーイェル川を南下しますが、三区間に分かれていて、一番遠いのがファネンデルトの舟着き場まで。料金は一区間ごとに銀貨一枚。三区間分だと金貨、銀貨一枚ずつってことです」


 いいお値段だけど、まあそんなものなのかなぁ。相場がわからない。

 師匠に頼んだら無駄なお金は使わないで済むから、やっぱり舟旅は贅沢かなと思ったけど、師匠はさらりと支払っていた。


「三区間頼む」

「はいよ!」


 船頭さんは大張り切りだ。金離れのいいお客さんは大歓迎らしい。

 師匠、お金に無頓着だしな。まあ、溜め込んでるしね、たまには贅沢もいいか。


「わーい」


 勢いよく舟に乗った僕は、足場が揺れて船底にスッテンコロリンと。


「い、痛い」

「ああ、坊や、気をつけないと危ないぞ」


 ぼ、坊や……。僕の嫌いな呼び方。

 師匠は明らかに笑いを噛み殺していた。

 そのまま体重を感じさせないくらい軽やかに舟に乗ったかと思うと、ヘルトさんに向かって手を差し出す。


「ほら」


 この時、ヘルトさんは少し照れた様子だった。色白の頬がほんのりと染まった。


「ありがとうございます」


 師匠の手に手を重ねる。師匠はヘルトさんが舟に乗るのを支えた。

 おや? 何やらいい雰囲気だったような?



 漕ぎ出すと、最初はゆっくりと緩やかに進んでいた舟。

 町を抜けて、川辺に咲く花や茂った緑、水鳥なんかがよく見える。お天気もいいしさ、気持ちいいな。

 でも、次第に舟は加速していく。ビュンビュン、ビュンビュン、風を切る。


「わーっ!」


 なんとなく叫んでみたくなった。船頭さんは笑ってる。

 ああ、のんびりしているだけだと客が飽きるから緩急つけてるのかな?

 面白いな。お高いだけある。

 川面や水飛沫がキラキラ輝いていて眩しいくらいだった。


 でも、この時不意に太陽の光が翳った。太陽が雲に隠れたんだって、僕はなんとなく空を見上げた。

 この時、師匠は船の上で片膝を突いて今にも立ち上がりそうになっていた。その表情が険しい。


「ししょ――」


 どうしたんですかと問いかける前に、僕にも異常が見て取れた。それというのも、羽音がしたからだ。僕は、いつか遭遇した怪鳥ウィントブラーヒを思い出してゾッとした。でも、違った。


 違うんだけど、別の意味でゾッとした。

 空が黒く見えるほど、なんかいっぱいいる。――何、あれ?


「え? ムシ?」


 ブブブブ、ブブブブ。

 うるさい。上空を飛んでいて遠いからわかりづらいけど、あの虫、見た目は蜂みたいに見えるけど、すごくでかくない?


「し、師匠、あれは……?」

「クレーケル、か?」


 師匠は空を見上げながら答えてくれたけど、『くれーける』ってなんですかね?

 僕はわからなかったけど、ヘルトさんは知っていたみたいだ。


「我が国ではもう何十年と観測されていないはずですけど……」

「何十年だろうと何百年だろうと関係ない。実際そこにいるんだからな」


 そりゃあそうだけど。


「こ、こっちに下りてこないだろうな」


 船頭さんも不安そう。こんなこと、今までなかったんだろうね。


「大賢者アルハーレン様がズヴァルツ山の魔獣を駆逐してくださって、この辺りも随分住みやすくなったんだ。それが今さら――」


 船頭さんがそんなことを言う。その恩人、そこにいますよ。

 でも、師匠はふんぞり返るでもなく、むしろ下を向いた。何か考え事をしているみたいだ。


「そうか、それが……」


 なんてつぶやいてる。

 あのクレーケルとかいう虫、どこに行くんだろう? なんとなく進行方向一緒なんだけど?


「あの虫、この舟と一緒の方向に飛んでません?」


 僕が訊ねると、師匠はうなずいた。


「そうだな。ズヴァルツ山の魔獣はクレーケルたちにとって天敵だったんだろう。それがいなくなって、この地方がクラ―ケルにとって過ごしやすいことに気づいたのかもしれない」

「うわぁ」


 その魔獣だって人を襲っていたんだから退治しないわけには行かなかったんだろうけど、それで生態系が狂ったなんて。


「あれって人に害とかあります?」


 それが一番重要なところだ。これには師匠じゃなくてヘルトさんが答えてくれた。


「成虫になりたてのクレーケルは生き物の脳漿(のうしょう)を滋養とする――こともあるとか……」


 言ってみて、自分でゾッとしたみたいだ。僕もゾッとした。


「ま、町に向かってるんですかね、あれ?」

「かもしれない」


 師匠の返答に焦ったのは船頭さんだ。


「お、お客さん、料金はお返ししますから、第二区間で降りてくれませんか? それか、一緒に引き返すか……。とてもじゃありませんけど、あの虫と同じところになんて行けません」


 まあ、そうだよね。

 でも、あの虫ってほっとくとマズいんじゃないのかなぁ?


「師匠、あの虫、町の自警団で追い払えそうですか?」


 それができるなら問題ないと思うけど。

 師匠は首をかしげた。


「少々ならまだしも、あの数だ。騎士団なり魔術師団なりに援護を要請しないと無理だろうな」

「そうですか。じゃあ、仕方ないですよね。僕たちこのままファネンデルト行きですね」


 嫌な顔をしたけど、だって仕方ないじゃないか。見ず知らずの人だったら脳みそ吸われてもいいなんてことはないんだし。

 大体、師匠って知ってて見殺しにできる人でもない。口ではなんて言ってもだ。


「坊や、何を言ってるんだ? 危ないぞ」


 ムッ。この船頭さん、また坊やって言った。

 ――なんて些末なことに腹を立てている場合じゃない。


「僕は無理しませんよ。そんなに役に立ちませんし。でも、僕の師匠はすごい人なので、師匠のお手伝いをするだけです」


 要らない、と師匠につぶやかれたけど、まあいい。


「師匠、残りは歩きますか? 飛びますか?」


 僕が師匠に首を向けると、師匠は面倒くさそうに言った。


「飛ぶ」


 飛ぶんだ。


「ええと、ヘルトさんは……」


 ヘルトさん、休暇中だから戦える恰好をしていない。剣だって持ってないし。

 それでも、騎士だ。ヘルトさんはキリリと目元を引き締めて言った。


「もちろん、わたしも行きます!」


 それを聞くなり、師匠は僕とヘルトさんの荷物をフッと消してしまった。どこへ飛ばしたのか知らないけど、邪魔になるから。

 船頭さんがまたギョッとしていた。


「気を抜くなよ」


 師匠は一人で行った方が気が楽なんだろうか。僕たちは足手まといかもしれない。

 それでも連れて行ってくれるのは、恐慌状態に陥っている人たちを安全な場所へ避難させたり、そういうことをしてほしいから連れていってくれるんじゃないかな。


「はい!」


 僕とヘルトさんが答えると、師匠は小さくつぶやいて魔術を発動させた。

 その後、船頭さんがどうしたのか、僕たちにはもうわからない。

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