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ニセ賢者の弟子になりました  作者: 五十鈴 りく
Ⅱ☆☆

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34/41

☆☆13

 ヘルトさんは師匠がいなくなって気が抜けたのか、ほぅっとひとつため息をついた。


「あちこち行って疲れました?」


 僕が気を遣って話しかけると、ヘルトさんは苦笑した。


「少しだけ」


 そう言うけど、本当は落ち着いたらライニールさんのことを考えてしまっただけかもしれない。

 ヘルトさんがそんなふうに四六時中考えているほど、ライニールさんはヘルトさんのことを考えたりしてないんじゃないのかな。

 なんてことを言ったら傷つくから言わないけどさ。


「うちの師匠、ぶっきらぼうですけど、あれでヘルトさんのこと心配してますよ」


 にこりともしないし、慰めるようなことも言わないけど、気にはしてる。だから僕はフォローするようにそれを言ったんだ。

 そうしたら、ヘルトさんは軽くうなずいた。


「ええ、心配をかけて申し訳ないと思っているわ。わたし、もっとしっかりしないとね」


 うーん、そういうことを言いたいんじゃないんだ。

 ライニールさんにこだわらなくったってさ、師匠でよくない?

 師匠がいない今ならちょっと踏み込んでみてもいいかな。


「ヘルトさんから見て、うちの師匠ってどうですか?」

「え?」

「顔はいいでしょ? あと、あんまり使わないのでお金も持ってます。魔術に関しては天才です。ちょーっとだらしなかったり、朝起きられなかったり、口が悪かったりはしますけど、まあソコソコの物件じゃないですかね?」


 僕が正直に言うと、ヘルトさんは冗談だと思ったのかクスクスと笑った。


「リュークさんはその短所を打ち消すくらいの長所があるから大丈夫よ」

「じゃあ、ヘルトさんいかがですか?」


 この時、ヘルトさんは僕が言いたいことをすぐに呑み込めなかったらしい。きょとんとされてしまった。


「大事にしてくれますよ。あれでも実は優しいですからね」


 意地悪なんだけど、優しい。そうなんだ。最終的には優しいんだよ。

 でも、ヘルトさんは顔を曇らせてしまった。


「リュークさんが優しいのは知っているわ。メイツ隊長はリュークさんの話ばかりしたもの。仲がよくて羨ましいって、ずっと思っていたわ」


 それは、師匠がどうのっていうより、やっぱり他の人は考えられないってヤツなのかな。でももし、お見合いが成立してライニールさんが結婚ってなったらどうするんだろ?

 完全に失恋するまで次には目を向けられないのかな。


「師匠、どうでしょう?」


 もう一回押してみた。

 僕は気の利く弟子だから。

 ――だけど、ヘルトさんは困った顔をした。


「リュークさんは救国の賢者で、なんの取り柄もないわたしではとても釣り合わないわ」

「そうでしょうか? ヘルトさんみたいな人ならお似合いですけどね。大体、ヘルトさんで釣り合わないなんて、じゃあどんな人なら師匠と釣り合うんでしょう?」


 師匠の肩書は重たい。

 普通の女の人じゃ尻込みするくらいには重たいんだ。

 でも、悪いことをしたわけじゃない。偉業が輝かしすぎる、それが足枷になるなんて悲しい。

 そんなこと言ってたら誰も来ない。師匠が可哀想だ。


 ヘルトさんが返す言葉に困っていた。

 仕方がないから、僕はヘルトさんに違う話題を振ってあげた。


「ヘルトさんって、お嬢様なのに騎士になりたかったんですね。どうしてですか?」


 その話題もまた、ヘルトさんには答えにくかったのかもしれない。それでも、ポツポツと話し始めた。


「自分にできることがあんまりにも少ないから、自分のことが好きになれるようになりたかったの」


 美人に生まれついたのに、ヘルトさんって控えめ。僕だったらヘルトさんみたいな顔に生まれついたら、毎日鏡を見てため息をついて幸せに暮らすけどね?


 でも、とヘルトさんは苦々しく言った。


「全然上手くいかなくて。若い女なんて一人前として見てくれなかったわ。からかったり、馬鹿にしたり、嫌な目つきで見たり……。でも、メイツ隊長だけは違って、私を他の隊員と分け隔てなく接してくれたの。それで、この人の下で働きたいって思えたから、わたしは努力できたのね」


 誠実な人だから、女だって理由で馬鹿にしたりはしないんだ。そんな中にいたら、ライニールさんはさぞ輝いて見えただろうね。まあ、好きになるのも無理はないか。


 その時、師匠が帰ってきた。

 僕が師匠をプッシュしたのは内緒。

 僕たちは疚しいような気分で顔を見合わせ、笑ってごまかした。



     ☆ ★ ☆



 翌朝。


「師匠、そろそろ起きてくださいよ」

「…………」

「ほら、チェックアウトしないと」

「…………」

「ししょー」

「…………」


 ほんと、寝起きが悪い。朝が弱い。

 昨日は早く寝たはずなのになぁ。

 僕は宿のベッドで眠る師匠の上に膝を沈めた。下からぐぅ、と呻き声がする。


「起・き・て・ください」


 毎日これだから僕も段々容赦なくなってきたけど、一応この人は偉い人。僕が敬うべき師匠。

 わかっちゃいるけど、優しくしてたら起きないんだ。

 そんなことをしていたら、苦しくなった師匠がガバッと起き上がったから、僕はベッドから転がり落ちた。


「踏むな」


 鬼のような形相で言われた。

 はいはい。


「さ、着替えてください。朝食を食べたら出ましょう」


 僕は何事もなかったかのように立ち上がって言った。師匠はブツクサ言いながらも着替える。

 師匠の支度が終わってから、僕は隣のヘルトさんの部屋をノックした。


「おはようございます、もう出られますか?」

「おはよう、レフィくん。ええ、大丈夫」


 扉を開けてくれたヘルトさん。今日の服装は、白いフリルシャツとレモンイエローの段になったスカート。うん、何着ても似合う。


「今日のお洋服もとってもお似合いです!」


 正直に言うと、ヘルトさんは麗しく微笑んだ。


「ありがとう」


 えへへ。師匠やライニールさんが不甲斐ないから僕が言ってあげないとね。


 僕が振り返ると、師匠は朝日の差す窓辺に肘を突き、アンニュイな表情を浮かべている。長い髪が光に透けて見えて、イイ男っていうよりまあ、美人だよ。だらしないけど。

 大体あの表情だって物思いにふけってるとかじゃなくて、単に眠たいんだ。


 ――美人二人に囲まれている凡庸な僕。多分、傍目には従者程度の認識しかされないヤツだ。

 いいけどね。気にしたって仕方ないから。


「今日はどこへ行きましょうか?」


 僕がそう訊ねると、師匠は少し考えた。


「この辺りだと、ファネンデルトとか?」

「ああ、いいですね」


 ファネンデルトは結構歴史のある町だ。大昔、なんらかの奇跡がその地で起こって、人々が集まって町になったとかなんとか。細かいことは忘れたけど、ステンドグラスの見事な大きめの礼拝堂があったはず。


 ヘルトさんも賛同してくれたので、とりあえず僕たちはファネンデルトへ行くことになったのだった。

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