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RANK-30 『惑う心』



 魔谷渓まこくけいと呼ばれるだけあって、人の往来はなく、角を曲がれば魔物に出会うと言う標語が生まれるくらいに戦闘が絶えない。


 先頭のケイトが六割を倒し、直ぐ後ろでフォローをしているレジデンスが三割近くを担当、後方支援のマナミが残りの一割ほどを葬っていく。


 理力回復薬アグンも最高品質の物を大量に貰った。


 殿のマナミは魔法を惜しむことなく使い、後方から襲い来る敵を前線のケイトの元に送り込む。


「転移魔法ですか?」


 高度な魔法を習得したマナミに関心を示すレジデンスが隣に来る。


 心拍数が急激に上がるが、努めて冷静を装い、それでもマナミは彼の顔を見る事が出来ない。


「転移というか、空間と空間を繋いでるの。私はまだ見えている範囲でしか使えないけど、極めると記憶の中の空間同士を繋げる事が出来るらしいわ」


「へぇ、便利な物ですね」


 大地の精霊に働き掛ける魔法で、ただ風の精霊にも力を借りなければならない。


 よほど研究して、さらにセンスがないと体得できないと言われている転移魔法。


「ケイトの動きを見ていて改めて思うんですけど、君たちはなんでそんなに結果を出せていないんですか?」


 マナミの父親の妨害は確かに大きかったのだろうけど、それでもあれだけの仕事をこなし、失敗率も高くない二人が長い間底辺にいたのか?


 何か他に大きな理由がなければ説明が付かない。


「……そんなの知らない」


 ケイトは唐突に眼前に飛ばされる魔物にも動じることなく、次から次へと薙ぎ倒していく。その姿からも目を逸らしてしまう。


「それはそうとマナミ、最近なにやら気になる行動をしているようですが?」


 ケイトが前に飛び出しすぎたりしないから、余裕のあるレジデンスはマナミの位置まで下がってくる。


「あなたも大したスキルを持ってるわね」


「全ては国の為、ゴウの為ですよ。ワタシの事が気になるのは、今のケイトが理由ですか?」


 マナミはレジデンスの職業は、リンカに近しい物だと思っている。


 忍者についてはまだ分からない事が多いが、この辺一帯で言うところの盗賊や暗殺者が似つかわしい。


「知りたい情報はなんですか?」


「その質問にも私は答えを持ってない。それでも教えてくれるって言うのなら、あなたの全てってところかしら」


 謎に包まれたレジデンスの全て。


 隠し事なんてない普通の生活をしている人だって、自分の全てをさらけ出せなんて、無茶な要求だと怒られるだろう。


「ホンキでそれを望みますか?」


 笑顔で問う男に対して、少女は直ぐに首を横に振って前言を撤回する。


「やはりあなたは賢明な方ですね。では一つだけ、私のスキルは暗殺者として取得した物ですよ」


 一国の皇太子の側近が就く職業ではないため、誰にも気付かれないように注意しているが、難関に立ち向かう仲間には告げておく必要があると判断したらしい。


「ゴウは王になる器ですが、世間をうまく渡り歩くには真っ直ぐすぎます。誰かが泥を被る役を果たさないといけません」


 職業としては暗殺者だが、必要とするのは諜報の技術。


 戦闘になれば誰よりも近くにあって補助を行う戦闘術。


「お陰でケイちゃんも伸び伸びと暴れる事ができてるもんね」


 尽きることなく湧いて出てくるモンスターの数々、あと少し行けば休憩の取れる小屋があるという。


 小屋に置かれた聖杯からは、常に聖水が湧いており、魔物を寄せ付けないのだとか。


「そんなお宝を放置しておいて、盗まれたりしないの?」


「王家の紋章が施された法具を持ち出そうとすれば天罰が下ります。この国では子供でも知っている法典です」


 実際にはトラップが仕掛けてあり、触るだけで痛い目に遭う仕組みなのだが、脅しとしてはそれだけで十分だった。


 一日目の宿は目と鼻の先、順調に行程を消化し、少しまだ陽は高いがそこで予定通りに休むことにする。


「ひっ!?」


「どうかしたのケイちゃん?」


 人の通る道ではあるが、生い茂る木々に陽光も届かない斜面には、まだ多くの魔物がウヨウヨしていて、なかなか剣を振るう手を休ませる事のできないケイトだったが、新たに立ち向かってくる一団に腰が引けてしまっている。


「虫型の魔物!?」


 小さな物から大きな物まで、虫全般が苦手なケイトは、こういった場面に出会すと途端にポンコツになってしまう。


「早く助けないと」


「待ってくださいマナミ」


 範囲攻撃の可能な火魔法の呪文を詠唱しようとするマナミを、レジデンスは邪魔をする。


「なにするの?」


 早口言葉が得意なマナミだが、もう一度始めからの詠唱となると間に合わせることができない。


「あれを見てください」


 今までホームのあの町で受注した冒険でも、虫に出会すと身動き一つとれなくなるケイトだったが、そこには驚きの光景があった。


「戦っている。いつの間に虫を克服したの?」


「克服したと判断するのは早計過ぎるようですよ」


 確かに剣を振るう腕にはちゃんと力が込められているが、その表情は硬い。


 歯を食いしばり、目を閉じないように強く意識をしている。


 日頃からの依頼をこなし、鍛錬をしてきた賜で、下級の魔物はケイトの剣の錆へと姿を変えていく。


「すごい、でもなんで?」


 責任感が強く、何事にも前向き、手を抜くなんてことを知らない彼女でも、虫を前にすると身動き一つできなくなったり、脱兎のごとく逃げ出したりしていたのに、いったい今までと何が変わったのか。


「ケイちゃん……、もう答え出ちゃってるよ。そっか、ゴウちゃんの事そこまで真剣なんだ」


 今すぐではないだろうけど、近い将来にパーティーは解消される。


 マナミは胸を締め付けられる思いがした。


「や、やだやだやだ、クモ来ないで!」


 イモムシやカマキリのような魔物には怯えなくなったが、ケイトが一番苦手とするクモのシルエットをした魔物、ポイズンスパイダーが現れ粘着糸を吐き出してくる。


 糸を全て切り裂いて、魔獣ならそのまま突進して切り裂くのだが、足を前に出す事がどうしてもできない。


「待って、今すぐ……」


「マナミ、まだです」


 風の魔法を使おうとするマナミの肩を掴んで、攻撃を控えるようにと声を掛けてくる。


「なに、どういうことよ!?」


 相手は猛毒を持った、人の十倍はあろうかという巨大蜘蛛、下手をすれば取り返しがつかなくなってしまう。


「トラップは仕掛けてあります。だからもう少しだけ観察をさせてください。


「悪趣味が過ぎるよ、ケイちゃんもいっぱいいっぱいになって頑張ってるんだから」


「それは分かりますが、今はこれが好機と考えるべきでしょう。ケイトが自分の意志で弱点を克服しようとしているのです。ゴウの事は抜きにしても、彼女には更なる高みに向かって欲しいではありませんか」


 それはもっともな意見ではある。


 しかしいくら変わろうとしているからと、こんな無理強いをさせては、却って恐怖を増長させやすまいか。


 マナミの心配を他所に、ケイトはクモの足を同時に三本切り落とした。


「すごいよケイちゃん、こんな足場の悪いところで、苦手な虫を相手に……」


「それでは行きましょうか」


「うん……」


 表情は強ばったままだが、ケイトは確かな足取りで前に進んだ。


 続く斜面は右手は垂直に切り立った壁、左手を底の見えない断崖にする狭い道。


 クモを倒し、先に進む三人を魔物は見逃してはくれない。


 ケイトは一皮剥けたように、虫が相手でも怯むことなく快進撃を続ける。


「ケイちゃんはもう心を固めている。私は……」


 マナミは走り出した。


「私も並ぶんだ。私のやり方で」


 ケイトのフォローの為に同行しているはずなのに、マナミはいつもの冒険と同じように背中合わせになり、魔物を退治し始める。


「どうしたの?」


「なにが?」


「いや、急に走ってきたから」


「いつも通りでしょ?」


 満面の笑顔で答えるマナミを見て、ケイトも「そっか」の一言で全てを受け止めて、魔物退治を再開する。


「これはこれは、どうしたものでしょうか……」


 ポイズンスパイダーにトドメを刺す為に罠を張り、ケイトが我を取り戻す切っ掛けを与える為に、魔物の身動きを封じるなど、あくまでバックアップに努めているレジデンス。


 だがこのマナミの行動も想定内、レジデンスはフォロー役に徹しきるだけ。


 間もなく目的の小屋にたどり着く、あと少しで聖水の力の有効範囲に入る。


 そこまで魔物を倒し続ければ、息をつく事ができる。


 その時にちゃんと話し合えばいい。


「やれやれですね……。ケイト、上です」


 油断したのではない。


 前も後ろからも魔物に襲い掛かられて、頭上の崖から躍り出た小鬼達が降ってくる。


 これに対応したのはマナミの土魔法。


 阿吽の呼吸で魔法を発動するマナミを防御しながら、剣の一振りが周囲の魔物達を一掃する。


「これはワタシの出番がありませんね」


 ホッとして緊張の糸を解いたのは失敗だった。


「えっ?」


「マナミ!?」


 ケイトは一瞬、レジデンスは一部始終を見ていた。


 しかし魔物の出現は止まらず、マナミが足を踏み外して崖を落ちていくのを助ける事ができなかった。


「マナミ!!」


「彼女の事はワタシに任せてください。ケイトは先に小屋へ向かって、道なりに進めば直ぐです」


 魔力光が谷底近くに見える。


 レジデンスはマナミを追って崖を飛び降りた。

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