RANK-28 『恋の行方』
移動中の馬車の中は重たい空気で包まれていた。
なぜかマナミがベールの馬車に乗ってしまったから、ここにいるのは四人。
ケイトとゴウが黙り込んでしまい、最初はリンカとお喋りをしていたレジデンスも大人しくなったので、今は馬の足音と馬車が軋む音だけが耳に届く。
「ケイトさん、ミカンいりませんか?」
今朝、市場で買った柑橘系の果物、その場で食べてみておいしかったので、旅のお供に購入していた。
「ありがとうリンカ、でも今はいいわ」
この膠着状況の原因は、他ならぬケイトの不機嫌による物。
そもそもはあの温泉での事、ゴウ達に遭遇した後、マナミ達の元に持ち帰った感情が原因だった。
歩き回りだした時は真っ裸だったケイトが、タオルを巻いて帰ってきた。
ベールとのお喋りを満喫していたマナミは、パートナーの様子がおかしい事に直ぐには気づけなかった。
「どうかしたの? ケイちゃん」
お湯に浸かるケイトの表情が硬い、マナミはようやく何かあったのだと察して声を掛ける。
「えっ、ああ、いや、……その」
ケイトは本当に感情を隠すのが下手だ。
マナミとベールが向きを変え、ケイトの後ろにいるリンカが微妙な作り笑いをしている事に、ただならぬ緊張が走る。
「……この岩山の頂上でゴウに会った」
お互い一糸まとわぬ、あられもない姿である事も伏せることなく、その時の様子をケイトの主観で話し始める。
「あんなおかしな態度で妙な事を叫んで、人の事バカにしてると思わない?」
マナミとベール、ケイトの抗議を聞くのが二度目になるリンカも言葉をなくしている。
そもそもがおかしな状況ではあるが、ゴウの反応は普通に真っ当に思える。
それにリンカの補足を加えて判断するに、勢い余って出た言葉に嘘偽りはないと確信も持てた。
むしろゴウに同情の言葉を贈りたいほどだ。
「人に正面向けて送られる言葉なら信じられるけど、あんな姿勢で何口走ってるんだかって感じでしょ」
なぜ男性と裸で向き合って、そんな平気でいられるのかを問い質したい気分だが、興奮するケイトに正論をぶつけても、どうせ寝耳に水なのだろう。
「これがケイトさんですのね」
「そうだね。……それでケイちゃん」
「なに?」
まだ落ち着きを取り戻せないケイトに、にじり寄ってマナミは聞いた。
「シチュエーションはともかく、愛の告白を受けてどうだった?」
「どうって、……あれって愛の告白だったの?」
平静を取り戻す事もなく次の興奮が押し寄せて、目を白黒させている。
「あはははは!」
「あっ、壊れた」
「それこそ何言ってんだよって、世界だよ」
情報の処理が追い付かず、錯乱状態のケイト、深いため息を一つしてマナミはこう告げた。
「この際だから教えておいてあげる。ゴウちゃんがケイちゃんを好きになったのって随分前だよ。私の受けた印象じゃあ多分、一目惚れに近かったんじゃあないかな」
曲がりなりにも本人の口から想いを告げたのだから、ゴウのことを応援する気持ちはやっぱり生まれてこなかったけど、後押しくらいはしてやってもいい。
マナミはなんだか、これまで以上にゴウに対して憤りを感じているが、今はケイトが納得できるように、頭を整理してやるのが一番だと考えた。
「も、もう! そう言う冗談はよくないって」
「ケイちゃんなら、私が冗談を言ってない事くらい判るよね」
真面目な表情、堅い口調で平気でおちゃらけの出来る子だと認識しているケイトは、難しい顔をして唸り出す。
「……分かったよ。もう一回ゴウの口からちゃんと聞けたら、その時は真面目に考えてみる」
内容は色恋沙汰ではないけど、こんな流れでマナミに騙された事なんて、星の数ほどあるケイトは半信半疑。
「一つよろしいでしょうか?」
「なぁに、ベルちゃん?」
「ケイトさんはそもそもゴーヴァント様に対して、友情以外の感情を抱いておいでなのでしょうか?」
恋愛感情について考えた事は皆無、女友達はたくさんいるが、男友達はほとんどいない事を改めて思い返してみる。
「……」
「ならゴーヴァント様とジェラーム様は、比べてどうですか?」
ケイトはそろそろお湯に逆上せてしまっている頭で考える。
正しい判断ができなくなっているが、却って本音がでそうでもある。
「そうだな。ゴウの行動にはドキッとさせられるけど、レジって大人な男性だから、私をドキドキさせるような事しないし、比べようもないけど、一緒にいて楽しいのはゴウだと思うよ」
今の要領で、数少ない男友達とゴウを頭の中で横に並べてみる。
「うーん、うーん、うーん、……確かに一番一緒にいて楽しいのはゴウかな?」
無理矢理絞り出した結論、不自然で歪であることは言い出したベールも、聞いていたマナミやリンカも苦笑いを浮かべる程だが、ケイトは一人納得顔。
からの全身赤化。
揺れる馬車の中、昨日の事を思い返してまた赤面化した。
馬車が動き出してからずっとモゾモゾしているケイトは、まともにゴウの顔も見られずに、そっぽを向いたまま。
その横顔を眺めている男は、沈黙の時間が長くなればなるほどに、落ち着きを失っていく。
「面白いですね」
「いえ、趣味が悪いと思います」
外野の気持ちも正反対で、ニコニコ顔のレジデンスとハラハラが止まらないリンカ。
そしてその空気を感じる事はないが、想像力で現状を言い当てて、溜め息を溢す少女が二人。
旅を決めてから出発まで時間がなかったので、港町には間に合わなかったベール専用の豪奢な馬車の中、マナミは出されたお茶を楽しんでいた。
魔法で衝撃を打ち消している車内は揺れることなく、絶品のお茶とお菓子に舌鼓を打っている。
「ケイちゃんもあの様子じゃあ、頭の整理もできてないだろうね」
「ゴーヴァント様も、普段はどんな事もキッパリとお決めになるのに、難問にぶつかるとあのようになる方だとは思いませんでしたわ」
「幻滅した?」
「まさか! この世に完璧な人間なんていませんわ。こういった弱さを新たに発見できたというのは、至福でありますのよ」
ゴウはベールを選べば、きっと幸福を分けて貰い続けられるだろうに。
「人の事よりマナミさん?」
「ああ、はいはい」
ケイトとゴウの行く末も気にはなるが、ベールにはこの旅で新たに出来た親友の事も気掛かりなのだ。
今のところ候補としてはレジデンス。
マナミも満更ではないようだけど、お友達感覚は、ケイトとゴウの関係よりもずっと距離がある。
「私も男友達は多くないし、ベルちゃんみたいにフィアンセを決められているわけでもないけど、レジ君ねぇ~」
このままだと確かに国元から使いが来て、政略的に協力を求められるようになりそうだけど、正直レジデンスは謎が多すぎる。
「そう言えば前に彼も王子様だと言ってたけど」
「ええ、あの方はゴーヴァント様の異母兄弟となりますから」
「へぇ、そうなんだ。と言う事は王位継承権も持ってるって事?」
ただの従者ではないとは思っていたが、まさかそんな立場だなんて思っても見なかった。
「ああ、えーっとどこまで話していいものやら、もしマナミさんが本当にジェラーム様との事をお考えになるのでしたら、お教えするのも許されるのでしょうが」
こうして未来の話題を広げている間、向こうの馬車は全く進展を見せる事はなかったのだそうな。




