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RANK-27 『お月様は見護ってくれて……』



 大河を渡る大きな客船から降り立った港町は、建築様式もいつもの町と違い、木造家屋は一軒もない。


「ここは年中湿度が高いから、漆喰で壁を塗っておかないとすぐに痛んでしまうんですよ」


 白塗りにされた壁の町並みは美しく、観光客の数も多め、豊富な川魚や地脈にも恵まれて温泉も沸き出しており、一地方都市とは思えないほどの賑わいを見せていた。


「ここから北西方向にあるのが王都オクシデンです」


 ケイトとマナミ、リンカとベール、ゴウとレジデンスの一向は、馭者ぎょしゃ付きの馬車を一台借りて、先ずは王都を目指す。


「最後まで付いて来たがってたクリフとヴィフィーダは、本当に置いて来ちゃったけど……」


「ああ、いいのいいの、ケイちゃんが気に掛けてあげる必要ないからね」


 常識外れのあの二人を連れて行くのは危険だと、ゴウとレジデンスも理解してくれて早朝、六人はいつもの町をバラバラに出発し、川を渡る前に合流した。


 馬車での移動は二日がかり、船を下りた時には頂点を過ぎた辺りだった太陽も、港町を出る頃には結構な傾きで、街道を行く一つめの町に着いた時には辺りは薄暗くなっていて、馭者の分も含めた宿を取り、荷物を下ろすと食事のために手頃な酒場を探す。


「って、なんでエミーがここにいるの?」


 冒険者支援団体アドスの活動はこの国にも及んでおり、この町の広さは、拠点としているあの町とあまり変わりなく、斡旋所はやはり同じように酒場で営まれていた。


「エミー、ってエミーリンの事?」


 いつもと違うタイプの服装、いつもと違う髪型だが、顔の作りや背格好は間違いなく旧知のエルフそのもの、それがまさか……。


「えっ? 従姉妹?」


「えぇ、私はポアラ、エミーとは28歳違いの私の方が年上ね。同世代の親戚の中では確かに私達はよく似ているって言われてるわ」


 エルフの時間感覚はよく分からないが、ケイトとマナミと仲良くしているエミーリンは、本当の年を言うとスゴイ剣幕で怒り出すからここ最近は忘れていたが、かなり経験豊富な斡旋所の係員。


 彼女はケイト達を同世代と呼んでいる。


「よろしくねポアラ、それであなたも斡旋を?」


「そうよ。あっ、言っておくけど、あの子の方が私のマネをして、同じ仕事に就いたんだからね」


 二人はその昔、同じパーティーを組んで冒険をしていた時期があったらしい。


「そうなんだ。初めて聞いたよ」


 ケイトはマナミに顔を向けると、彼女も同じように首を縦に振る。


「あなた達、この後は時間ある?」


 明朝は早く出ようと話し合ってはいるが、今日はここで食事を済ませた後はなにも決まっていない。


「近くに温泉があるんだけど行かない? あなた達の事やエミーの話が聞きたいわ」


 ポアラは今日の業務を終え、自分もここで夕食を摂っていた。


 彼女も後は自由時間だという。


「この辺りで温泉って、岩場の露天風呂だよな」


 町を出て北へ向かえば、すぐに見えてくる水の流れが速い川、そのすぐ側にある大きな岩山、周囲をぐるりと囲うように温泉が湧いている。


「源流である温泉は、もっと上流で宿場になってるんだけど、歩くと結構距離もあるからね。支流の末端だけど十分気持ちいいから、この町の人は近くの、その露天をよく使うのよ」


 ちゃんと柵がしてあり男湯と女湯に別れていて、裸でも安心して入れるという。


 断る理由もないので案内してもらい、満月の夜に裸のつき合いをしながらの座談会。


「すごいね。ちゃんとライトアップもされてるんだ」


「一人3ロンガンね」


 温泉の入口で先に使用料を払い、脱衣所で衣服を脱ぎ、ポアラとマナミはお湯に浸かりながら、尽きる事のない無駄話を開始。


 長湯の苦手なケイトは、ほんの少し温まったかと思うと、直ぐに湯船から上がり、いくつかあるという露天を見て回る事にした。


「ケイトさん、タオル巻いた方がいいんじゃあないですか?」


 大きめのタオルを巻き付けたリンカも一緒に来てくれて、手にはケイトの分のタオル、しかしケイトはそれを受け取ろうとしない。


「ちゃんと男女別れてるんでしょ? だったらいいいよ。何もない方が気持ちいいし」


 拠点の宿屋の自室でも、未だに裸で歩き回っているケイト、苦い思い出なんて気にも留めていない。


「上の方は真っ暗だよリンカ、行ってみようよ」


 この温泉は岩山の西側が男湯、東側が女湯として使われている。


 その頂上を目指すと言うが、タオル一枚でこれ以上歩き回りたくないリンカ。


「暗くて足下も見えないじゃあないですか、あぶないですよ」


 職業“忍者”のリンカにとって、このくらいの暗がりはなんの障害にもならないが、だが危険を感じる事には変わりない。


「平気平気、下の灯りが届いてるし、月も明るいから少々足下が見えなくても大丈夫だよ」


 ケイトも冒険者として、危機管理能力は人並み以上に養っている経験から、ここは問題ないと判断している。


 もちろん危険を軽視しているわけじゃあない。


「えっと、えっと、そ、それにこんな所を男性に見られたら……」


「こんなことする奴、他にいないって」


 自分が普通ではない事は認識しているようだけど、だからこそこれくらいでは引き下がってはくれなさそうだ。


「いやなら付き合わなくてもいいよ。私も頂上からの景色を楽しんだら戻るから、そろそろベールも来てるでしょ」


 少し支度に時間が掛かるというベールは遅れてはいるが、温泉には来たいと言っていた。


 何に時間を掛けているのかは知らないが、もう来ていてもおかしくはない。


 それにそろそろポアラも帰る頃だろう、ここに来る途中、先に帰るからと言っていた。


「うーん、明日また顔見てからの出発だもん。今日はいいよ」


 リンカは一緒に見送ろうと言うのに耳を貸そうとしない。


「リンカは先に下りておいて」


「いや、私が心配なのはケイトさんの事ですよ」


「ありがとうリンカ、それじゃあさっさと登って、さっさと戻ろうね」


 風も出てきて、湯冷めも心配しなくてはならない。


 しかし結局タオルを巻く事も、登頂を諦める事も聞いてもらえず、登り始めるとあっ、と言う間に天辺に到着する。


「誰かに見られたらどうするんですか?」


 雲が流れ月光を妨げる。


 更に暗さが増すが、二人には何てことはない。


「大丈夫、こんな所に来る奴なんていないって」


 重なる言葉と言葉、やや高めの声はケイトの物で、やや低めの男の物は……。


「なっ、なんでこんなところにいるんだ?」


「それはこっちのセリフよ。それより何を屈んじゃってるの?」


「う、うるせっ、お前はなんでそんなに堂々としてるんだ」


 すかさずリンカがタオルをケイトに巻き付ける。


「見られて恥ずかしい体なんてしてないもの、なに? あんたは自分の体に自信がないわけ?」


 そう言われれば、確かに初対面の時もケイトは体を隠そうとはせず、慌てたゴウが何も言わずに部屋の扉を閉めた事があった。


「お前、ドレスを新調した時に着替えてるところ割り込んだ時は、恥ずかしがってたじゃあないか」


「あれは自分に似合わない格好を見られたのが、恥ずかしかっただけよ」


 剣士として鍛えた体は見られても恥ずかしくはないが、女として何一つ意識していない自分を着飾った姿は恥ずかしい。それがケイトという冒険者である。


「あんただって引き締まっていい体してるんだから、胸張ればいいでしょうに」


 さっきからリンカが腕を引っ張って、岩山から引きずり下ろそうとしているが、ケイトはビクともしない。


「お、俺にも事情ってもんがあるんだよ」


「事情って何よ? なにかやましい事でもあるの?」


 体を折り曲げて両手を太ももで挟んだ怪しげなポーズ、深く考えて突っ込んでいるわけではないが、ケイトのその表情が男を追い込んだ。


「惚れた女の裸に興奮して何が悪いんだ!?」


 咄嗟の事に普段は意外と思慮深いゴウも、つい本音が口からこぼれ落ちてしまった。






 ベールが加わり、女3人で姦しい座談会はお湯の中、のぼせたりはしないのだろうかと心配になるくらいの時間が経過していた。


「えっ、ベルちゃんの言う許嫁って、側室に入るって事なの?」


「あら、言ってませんでしたか?」


 二人の護衛も一緒にお湯に浸かっているが、辺りはすっかり暗くなっているのに、しかも湯気で真っ白に曇っているだろうに、色の濃い黒の大きなサングラスを外すことなく、少し離れた所で横に並び、声も発する事はない。


 そちらの事も気に掛かるが、今はベールの告白にびっくりしてしまう。


 先に帰ると言っていたボアロも居残って、興味津々に耳を傾ける。


「エステロイカでは、王の正妻は代々、前線で戦闘を陣頭指揮できる、剣士などが選ばれていますのよ。ですからワタクシのような後方援護を得意とする、魔道士や魔法使いは側室にしかなれませんのよ」


 もちろん決定権は王自身にあるから、最初からベールにチャンスがなかったわけではないが、今のゴウが選んだのは“剣士”ケイトなのだ。


「ワタクシはゴーヴァント様が見初めたお相手を見に来ただけです。これも言ってませんでしたか?」


「だってあなた、ケイちゃんに負けられないみたいに言ってたから」


「ああ、それはそうですよ。ケイトさんがゴーヴァント様に釣り合うだけの魅力がないなら、魅力的であってもケイトさん自身がゴーヴァント様の魅力に気付かないようなら今一度、正室の座を勝ち取ろうと考えていますから」


 ケイトの為人ひととなりは理解できた。


 ベールは彼女が心からゴウを慕うようになるなら、全てを受け入れるつもりなのだとか。


「マナミさんもご一緒にどうですか?」


「ゴウちゃんと? それはパスかな。ゴウちゃんはおもしろい人だけど、男性としての魅力は感じないもの」


 人の好みはそれぞれ、無理強いはしない。


「ならジェラーム様は? 仲がおよろしいようですけど」


「レジ君? ああ、うん確かに彼の方が私好みかな。けど私も一応は王家の人間として配偶者は誰でもいい訳じゃあないから、半端なお付き合いとかって相手に失礼でしょ?」


「ジェラーム様は王子様ですよ」


「へっ?」


 それはどういう意味なのか?


 問い質そうとしたところにケイト達が帰ってきた。


「おかえりケイちゃん。おや、流石に露天だし、タオルもちゃんと巻いてるんだね」


「あっ、いや……あははは」


 ケイトの様子と、後から付いてくるリンカの表情もおかしい。


 マナミは首を傾げて、お湯に浸かる二人に近づいた。

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