RANK-25 『彼の想いを聞かせてもらいましょう』
マナミはレジデンスを伴って、いつもケイト達と戯れている西町ではなく、町の東側にあるカフェにやって来ていた。
「で、あの女の子はなんなの?」
ゴウの前で少女は、自分は彼の許嫁だと言った。
見るからに清楚なお嬢様といった少女は、見た目幼いマナミの実年齢と同じくらいに思えてが……。
大人しそうな顔をしてハキハキと物を言う少女に、その場にいたみんなが言葉を失った。
「ワタシとゴウの出身国はこの国と隣接しておりますが、その反対側、我国の西側にある国のお姫様です」
許嫁というのはそのお姫様が初顔合わせをした幼い頃から、ずっと一方的に宣言している話。
「ゴウも嫌ってはいないのですが、その……女性としては魅力を感じていないようなのです」
ちゃんとした返事もしないままに国元を出たゴウを、シルベール=フォン=ポーマラウルは、とうとうしびれを切らせ、居場所を突き止めて押し掛けてきたのだそうだ。
「それでゴウちゃんはなんて言ってるの?」
「いまさら……だそうです」
現在進行形のお姫様と、当初から否定していた王子様。
国元を出た事で、物心ついた頃に知らぬままに結ばれていた婚約も、当然に破棄されたものと思っていたようだ。
「そもそも王家から離れたわけではないので、ゴウは何か勘違いしているようなのですけどね」
「ふぅ、やっぱりゴウちゃんにケイちゃんは任せられないな。私の大事なケイちゃんを一番に考えられないなんて失格ね」
「あれでいて、ゴウは彼女の事は本気なんですよ」
「そんなの当たり前。本気なのは伝わってるよ。私には……」
知らぬはケイトばかりなのは、正直に同情の念を禁じ得ないが、あのお姫様の事を保留にしているのは看過できない。
「こうなったらゴウちゃんの誠意をちゃんと示してもらうわよ」
「わかりました。ご協力いたしましょう」
レジデンスもこれはいい機会だと考え、二人の思惑は合致した。
今回もケイト達は三人だけの冒険。
向かうのはリンカから初めての依頼で行った洞窟の近く、森の深い木々の生い茂る山間の一角、体を半分に折ってしか入れない入り口の洞窟内。
入ってすぐに拡がりを見せ、マナミの光の魔法が岩壁を照らし出す。
しばらくは真っ直ぐに伸びる一本道を進み、特に獣やモンスターが出てくる様子もない。
「ねぇ、ここってただの洞窟ってことないよね」
今まで誰にも見つからなかった新発見だと、情報を持ってきたのはマナミ、その顔をのぞき込む。
「う~ん、アドスの誓約では、自力で見つけたダンジョンの探索権は第一発見者にある。って言うから、未見の洞窟探査に来ただけだもん。ここがどれくらい深くて、何があるかなんて分かんないよ。どんな危険があるかも分からない」
だからリンカに魔物を遠ざける避子を使ってもらっている。
「酒場にも申告に行ってないから、新発見や新アイテムが見つからないと、ポイントは付かないんだからね」
出歩いただけで、もらえるほど冒険者ポイントは軽くない。
せめて魔物を討伐して黒精石を持って帰りたいのに、それもリンカのアイテムのお陰かチャンスが訪れない。
「先が明るいです。草も生えていますよ」
先行するリンカが少し行くと広い空間に出る事を教えてくれる。
「池もあるね」
リンカの里が管理しているあの洞窟には、様々な人工物があったが、ここは明らかに人の手が加えられた様子がない。
「ただの洞窟だったみたいだね。けどまぁ、いつもと似たようなもんだし、ここに洞窟があった事を報告すれば、少しはポイントもらえるかもよ。本当に私達が第一発見者ならね」
ケイトは緊張を解き、池に近づく。
「リンちゃん、あの人達まだ来てない?」
「そうですね。昨日見てきた感じでは向こうの出口の方が、早く付けるはずなんですけど」
この洞窟には出入り口は二カ所、この水場はこの周辺の動物たちの水飲み場。
全く危険な場所も、貴重なアイテムも存在しない。
「きれいな湧き水の溜まり場は魔物も近寄らないから、向こうも時間は掛からないはずよね」
タイミングはレジデンスと示し合わせた。
彼の性格で時間に遅れる事はないはず。
「何かあったのかな?」
「きゃあ!?」
「えっ!?」
マナミが池の対岸にある向こう側の通路に目を向けている間に、いったい何があったのか、ケイトの慌てた声と水に何か大きな物が落ちた音。
「ケイちゃん!」
ケイトは冒険者を続けている間に、苦手の虫も少しは克服し、森の中で遭遇しても取り乱す事もなくなっていた。
ただそれは小さな虫に限った事で、人ほどの大きさもある虫型の魔物を前にすると、見境なく斬りつけて、辺りに注意がいかず、今のように足下を滑らせて、水に落っこちたりもする。
「魔物は任せてください」
突然出てきたイモムシのような魔物、クラブワーム。
蟹のような大きなはさみを持ちながら、うねうねと歩く姿がケイトには耐えられない。
リンカが退治してくれるだろうが、どちらかと言えば、ケイトの方を任せたかった。
「私、あまり泳ぎ得意じゃあないのよ」
とは言え、この狭い空間で戦うには、マナミよりもリンカの方が向いているのは確か。
しかし泳げない訳ではないけど、人を担いで泳げるほど、水に慣れ親しんではいない。
ケイトが正気なら、それこそリンカとマナミを抱えながらでも泳いでくれるだろうけど、パニック状態で溺れかけている今、自分ではどうしようもないことも分かっている。
「俺に任せろ!」
声と水しぶきが上がる音がほとんど同時だった。
「大丈夫ですか?」
「レジ君」
レジデンスが外周を回り込んでこちらに来てくれる。
その後ろからお姫様もゆっくりと歩んでいる。
リンカが魔物を退治してくれた。
そしてケイトは、勇んで飛び込んだゴウが助けてくれた。
「ふー……、ちょっと焦ったよ、ケイちゃん大丈夫?」
「うほぅ、えほっ……、だい、じょ、ぶ……、えふぉっふ……」
思いっきり水を飲んだ様子でまともな返事のできないケイト、レジデンスが大きなタオルを渡してくれる。
マナミは頭を拭いてやり、少し落ち着いたケイトにタオルを渡す。
「私、火を起こします」
池の畔の拓けた箇所で、リンカが焚き火を起こしてくれる。
忍法で起こした火は、あっという間に洞窟内を暖め、マナミに支えられたケイトが温まる。
「ごめん、何にもないとこだって油断してた。あんな窪地に魔物が潜んでいたなんて」
それが苦手な虫型だったことで、みんなに迷惑を掛けた。
「ゴウもありがとう。本当に助かったよ」
ようやく呼吸も整ってきて、だがなぜこの場にゴウ達がいるのかを考える余裕はなく、素直にお礼を述べる。
そこで男にガバッと覆い被さられて、抱きしめられると、脳の働きが訳もわからずフル回転となる。
「なっ、なっ、なにすんの!?」
「よかったぁ、なんともないよな。無事だよな」
全体重を掛けられて、背中に回された手が振り解けないほどに、力強く抱きしめられたケイトは、虫型の魔物との遭遇以上にパニック状態になっている。
「なるほど、ワタクシをこんな所まで連れてきた理由はこういう事だと、それを見せたかったからですのね」
シルベール王女はマナミの正体に気付いているようで、真正面まで来て深々とお辞儀をし、レジデンスの方を向き、詳しい事情を聞かせてもらう。
「申し訳ございませんでした姫様、お三人方でお顔を会わせていただいて、ゴーヴァント様にケジメを付けて頂こうと考えたのですが、このハプニングの後では、襟元を整えてとはいきませんよね」
暴れるのを諦めて、暖かさを受け止めると、落ち着いたケイトは心地よさそうな、穏やかな表情を見せる。
「これが答えという事ですのね」
「ワタシとしてはあの方の想いをなにより大切にしたいと願っております」
これを見せられては、さすがの婚約者でも、この場でゴウの手を取る事はできない。
「分かりましたわ。ワタクシもこの雰囲気を壊すような世間知らずではありません」
マナミとしても、ここでハッキリと答えを求めるほど、空気を読まない事はしたくない。
「ですが……」
「ですが?」
「ワタクシもそうあっさりと諦めは出来ませんわ」
幼い頃からゴウと結婚すると想い慕ってきた年月を、簡単に割り切れるはずがない。
「ワタクシもこの街に滞在し、見極めさせて頂きます」
思いもよらぬ発言にレジデンスは大慌て、いつもすまし顔の彼が慌てふためく姿に、マナミは腹の底から沸き上がる感情のままに、大笑いした。




