RANK-23 『モヤモヤが止まらなくて』
ここ暫くは以前のように、3人での冒険を何回か続けていた。
「う~ん、チンクアじゃあこれくらいが関の山なんだね」
今さらながらに、ゴウが用意してくれた依頼が、興奮できる冒険の数々であったことを痛感する。
「物足りない?」
「正直言えばね」
あまりに色んな事をしてもらいすぎて、申し訳なく思うようになったここ数日。
これが今までの当たり前なのだと、それでもチンクアとして、冒険者ランク5位の仕事を請け負い、勇んで現場に向かえば、馬に似た魔物、バラウマの討伐は呆気なく達成し、酒場にて次の依頼を物色中。
「ふふ、なんならいっそのこと、ゴウちゃん達とパーティー組んじゃう? 私達がいればクリフも解放してもらえるだろうし、もし居残るとか言ったら、実力行使で追い出せばいいだけだし」
「あんたって、一度気に入らないって言ったら、とことん嫌うよね」
ゴウ達にしごかれるようになってからは、以前のようにまとわりつく事はなくなったのに、彼を前にすると、露骨に表情を歪めるのだ。
「確かにアイツが持ってきてくれる冒険は魅力的だけど、やっぱり自分達に見合った依頼をコツコツこなしていくのが私達らしいんじゃあないかな」
人に頼るのではなく、自分達の努力で道を作っていく方がもっとトキメク、そんな気がする。
いつもの食堂に場所を替えてミーティング。
「もう今日はお休みでもいいんじゃない? 三日続けて依頼を受けたんだし、いくらエリーちゃんでもそういくつも、事の融通をし続けられないだろうし」
他の冒険者にも仕事を回さないと、悪目立ちをすると、この町にいられなくなってしまう。
「そうだねぇ……」
ちょうど料理も運ばれてきた事で、ケイトも気持ちを切り替える事ができた。
「ねぇねぇケイト」
「うん?」
料理を運んできたついでに、この店の給仕の少女が声を掛けてくる。
「朝にね、ゴウ君の事を探しているみたいな、貴族令嬢っぽい子が訪ねてきたんだけどさ」
町でも噂好きで知られる少女は仕事そっちのけで、空いている椅子に座り、今朝あった事をケイトに話す。
「なんだったっけ、ヴァンなんとかって、どっかの貴族か何かの名前を出したかと思うと、慌ててシエントのゴウって言い直して、そう言えばその子、武器を持ったお供を二人も従えてたわ」
初めて見る顔の令嬢に尋ねられ、知る限りの事を教えたらしいのだが、目的についてはこちらから聞く事もしなかったが、令嬢は多くを語らずにこの場を去ったのだそうな。
「ただお喋りしただけなのにお礼とかって、ビックリするくらいお金もらっちゃった」
ここではそんな習慣はないが、隣国では何かのお礼をするのにチップを渡す。
「あれは間違いなく昔の女ね」
もう一人の給仕が隣のテーブルの椅子を持って話に加わる。
店の店主が頭を抑えて溜め息を吐いているが、別に注意をしようともしない。
「シエントのゴウっていったら各地で名を挙げる有名人ですもの、それこそあちらこちらで女をはべらせていたんじゃない?」
後から来た少女がケイトの左側から詰め寄り。
「ゴウはそんなヤツじゃあないよ」
「お、今カノとしては彼氏の事を全面的に信用している。ってこと?」
料理を運んできた少女が右側から詰め寄る。
「か、彼氏って!? 私とゴウが、ってこと?」
いったいどこでそんな誤解が生まれたのか、慌てふためくケイトの様子がよほど面白いのか少女達は、町で流れる噂を順番に言って聞かせる。
「……その噂の出所ってほとんどあなた達じゃあないの?」
マナミの指摘通り、二人の妄想が拡がっているだけなのだが、根も葉もない噂を聞いて、ケイトは真っ青になったり、真っ赤になったり、それを見た二人はやりすぎた事を今さらのように悟り、さっさと退散する。
「えっ、あれ? なんで……、私が? ああ、いやいや」
頭の整理が追いついていないようだが、ケイトは運ばれてきた料理を端から端まで一人で平らげてしまい、マナミはリンカと二人分の追加注文をした。
長い間、服や雑貨を見て回るなんてしてなかった3人は、人気の小物や衣類を扱うこの町で一番大きな商店を、久し振りに訪れた。
冒険の消耗品は酒場に行く前に買い揃えたので、ここ純粋に年相応の女の子としてのショッピング。
大抵は見て触って、話題にするだけの時間潰しなのだが、最近は実入りもいいので気に入った物があれば本気で買おうと、数日前から決めていた。
驚いた事に、今までそんなものに全く興味を示してこなかったケイトが、化粧品やアクセサリー類を次から次に手に取って物色をしている。
「ケイトさん、そんなに謎の御貴族様が気になっているんですかね?」
「と言うよりも、ゴウちゃんとカップルに見られていた事の方が、整理できてないんじゃない?」
がさつな自分を研いて、彼氏に見合う女になろうとしているようにも見え、マナミは何だか面白くない。
「う~ん、なんだかよく分かんないや。マナミ、こういうのって何を基準に決めていけばいいのかな?」
「なぁに、なんでいきなりそんなに色気づいてるの? ゴウちゃんのため?」
「って、な、なんでそこでゴウの事が出てくるの? 私はただ噂されるような女じゃない自分が恥ずかしいから……」
それは見え透いた言い訳。
マナミの言うようなゴウのためと言う事はない(?)、いや意識してないのは本当かもしれないけど、間違いなく彼が原因で自分を変えようとしている事は自覚しているみたいだ。
「そんなの自分が好きなように選べばいいんじゃないの?」
突っ慳貪にしてまともに取り合ってくれないマナミの態度も気になるが、今は自分の事で精一杯のケイトはリンカに救いの手を求めるが、ドングリの背比べでしかないくノ一から的確なアドバイスなんてもらえるはずもない。
「あら、珍しいですわね。マナミさんがこんな所にいらっしゃるなんて」
冒険に明け暮れていると、道端でばったり会う事すらない懐かしい顔がいた。
「ヴィフィーダ! エニアスもちょうど良かった。ねぇ相談に乗ってよ」
「な、何なんですのあなたは?」
普段はマナミ以外眼中にない、この町では有力な大店の大旦那の娘は、いきなり両手を握りしめてくるケイトにたじろぐ。
「自分磨き? あのがさつで粗野なケイトさんが?」
視界に入っていても、マナミ以外は平気で無視してきたヴィフィーダだが、流石にここまで詰め寄られれば相手にしないわけにもいかず、ケイトのお願いに耳を傾けてくれた。
「うん、どうもマナミもこういうのは、あまり得意じゃあないみたいだからさ」
聞き捨てならないことを口走る相方に、空かさずツッコミをいれようとしたのだが、それを上回るヴィフィーダの何かに勝ち誇ったような声に圧倒されてしまう。
「そうでしょう、そうでしょう、そのような話題ならマナミさんよりワタクシに相談したくなるあなたの判断は正しくてよケイトさん。よろしいでしょう。あなたを立派な淑女にして差し上げます。ワタクシに付いていらっしゃい」
いつの間にか蚊帳の外に追いやられ、盛り上がる二人の間に割って入る事もできず、かといってここから離れる選択肢にも気づけないマナミは、怒り心頭で店の奥にある長いすに腰を降ろして膝の上に肘をついて頭を支える。
「大丈夫ですかマナミさん」
「リンちゃん、もしかして私って嫌な子なのかな?」
「なんですか、いきなりどうしました?」
リンカが隣に座り、声を掛けてくれたお陰で頭を冷やす事ができたが、その代わりに漏れ出たのは反省の溜め息。
「私もしかしたらゴウちゃんに嫉妬してるのかもしれない」
「それはケイトさんを愛している事に気付いたッて事ですか?」
「……、そんな訳ないでしょ。って、本当なら即答で返すんだろうけど、どうなんだろう? 私は別に本当にケイちゃんとゴウちゃんが付き合う事になっても、祝福してあげられると思う。将来的に結婚するんならそれでもいいとも本気で思ってる。でもこの感情は嫉妬って考えて間違いない気もする」
モヤモヤした感情が気持ち悪い。
いっそ本当にケイトに恋い焦がれて、彼女のハートを奪いたいと考えているほうがスッキリする気がする。
「ありのままでいいんじゃあないですか? 結果を求めているのでないなら、きっとケイトさんもヴィフィーダさんからではなく、マナミさんからのアドバイスを待っていると思いますよ」
「リンちゃんって、色恋沙汰は苦手みたいに言ってた事あるけど、相当な恋愛マスターみたいに思えるよ。まるで世話好きなオバちゃんみたい」
「オバ……」
リンカに話を聞いてもらって何かが吹っ切れたマナミは立ち上がり、今の言葉で思考回路が停止したくノ一を置いて、ケイトとヴィフィーダの間に割って入っていった。




