RANK-21 『秘め事は白日の下に』
パチンと乾いた音が、人のいない田畑に響く。
「なんであんたが一緒にいながら?」
顔を合わせるなり、「すまん」の一言しか返してくれないゴウの頬をケイトは平手で打った。
ヘタに言い訳をしない事で、マナミは重篤な状態なのだと勘違いし、涙が自然と溢れてきた。
レジデンスの手でシーツの上に寝かされるマナミの、頭元にケイトは膝をついて投げ出した右足の太股に、頭を乗せて髪を撫でる。
「すー……、すー……」
「って、あれ?」
よく見るとなんだか穏やかな寝息を立て、別段苦しむ様子もなくマナミは熟睡しているようだった。
「もしかして、寝てるだけ?」
背中から降ろされて寝かされている間に、ケイトは一言だけゴウに向け「私達だけにして」と、その言葉に従い男性陣はリンカから呼粉を受け取って、キリングラビットの討伐に向かった。
「リンカは聞いてる? 何があったのか」
ゴウの顔が見えなくなって、少し落ち着いたケイト、気を失っていると思っていたものが、顔色も悪くない相棒。
「もう大丈夫なんじゃあないですか? マインドダウンだと聞きましたから」
「魔力負荷!?」
アグニスの使いすぎによる失神。
「それじゃあマナミ自身の責任だったっての?」
訳も聞かずにゴウの事を引っぱたいてしまった。
「リ、リンカは戻ってくる前から聞いてたの?」
無言で縦に素早く、数回振るうリンカは、今度は慌てて両手を左右に素早く振るう。
「いえいえ、だってケイトさん、ゴウさんに近寄った途端に、手が動いていたじゃあないですか」
問答無用に感情をぶつけたゴウに、どう謝ればいいのか、全身が真っ赤になるケイトは、拳でマナミの頭を軽く小突いた。
「いたっ!? なぁにぃ~」
目を開けたマナミが見たのは、顔を両手で覆い隠しているケイトの姿。
「えっ、ケイちゃん?」
その姿はマナミからは泣いているように見えた。
まさか倒れた自分を心配してくれての事かと、ウルッとなるが、なぜ頭が痛いのだろう?
「なんでそんなになるまで無茶したの?」
「えっ、えーっと……、言いたくない」
冷静になって思い返せば、マナミの衝動で一方的に生まれた闘争。
魔法少女が望んだのは、パートナーとの期限付きだけど貴重な時間。
「どうしよう私、ゴウの事を引っぱたいちゃった」
目を覚ましたマナミを座らせて、ケイトは自分も座った姿勢で、相方を優しく抱きかかえる。
「それって私の事で怒ってくれたってこと?」
「うん、アイツの事だからマナミの事を放ぽって、自分が魔物退治に夢中になって、それで怪我とかしちゃったのかなって……」
マナミは心の底から喜び、そして苦しくなる。
「ねぇ、ケイちゃん。それにリンちゃんもいい?」
「どうしたの?」
「はい、なんですか?」
シートの上でマナミを中心に、三人で横並びになる。
「ケイちゃんは、リンちゃんもだけど、冒険者として成功したいんだよね」
「私は冒険者としての経験値は積みたいですけど、冒険者ランクを上げたいわけではないですよ。忍者として成長できれば、問題はありません」
そんな事は改めて聞かなくても、リンカの答えは最初から分かっていた。
そして聞かなくてもいいのは、ケイトも同じ。
「私の目標はお祖母ちゃんだから、この剣のようなお宝を探せるほどの冒険者にはなりたいかな」
マナミは胸にズキンと激しい痛みを覚える。
「私、ゴウちゃんと勝負したの。私の望みは、今まで通りに二人と冒険者を続けていく事」
それは何時までもというわけにはいかない願い事。
その想いはケイトはもちろん、リンカだって同じだ。
「ごめんね。いつまで経っても冒険者ランクが上がらないのって……」
「ああ、それってゴウが実は、隣の国の王子様って事に関係してる?」
こぼれ落ちそうだった涙が引っ込む。
「だっていくら領主様のパーティーだからって、王子様の名前なんて、ましてや許可を得て名告るなんて有り得なさすぎでしょ。レジデンスに聞いたら、簡単に暴露してくれたよ」
マナミもあの事件の後にレジデンスに聞いてみた。
「ゴウってバカなんですよ。わたしがお止しなさいと言っても、聞きもしないで、でもハンス・エドバック様のご友人となると、本名を出さないわけにもいかないと言うのは、間違いではないですけどね」
悩んだ挙げ句のことだったらしいのだけど、確かにマナミやケイトを誤魔化せるわけはなかったようだ。
「それで思ったんだけど、私が騙らされたミリーナ=マヴィールって、マナミの事?」
「ぐっ!」
そこもバレバレであったみたいだが、もしかしてとリンカの顔を見れば、顔を左右に振って否定している。
「だって私が被らされたウイッグ、誰かに寄せてるなぁって思って、いくら遠い国のお姫様の名前だからって、それも本人に了解無しに使えないだろうなって」
普段は思慮の浅いケイトが、そこまで考察していたなんて、驚きよりも感心が上回る。
「あ、あの、えっと……」
「もういいんじゃあないですか、マナミさん。ケイトさんは恐らく気になさらないと思いますよ」
リンカは実は最初の依頼を二人に決める前に、素性の調査を済ませており、なぜケイト達が低ランクから抜け出せないのかも知っている。
「私はお父様に逆らって国元を離れて、ケイちゃんと出会って、冒険者という仕事に興味を持った」
幼い頃から魔法の修行をさせられていたので、冒険者を始めるための資質は持っていた。
「ケイちゃんが仲間を探してるって聞いた時、これだって思った」
「この町は冒険者の数は多いけど、同年代の、しかも同性なんて絶対に見付からないと思ってたから、すごく嬉しかったな」
二人で酒場のエミーリンに会いに行き、三日後には手続きを終えて、最初に取りかかったのは猫探し。
ここは本当に多彩な依頼が舞い込んできて、駆け出しの二人は、ほぼ毎日のように酒場に行って、割りと優先的に仕事を回してもらっていた。
「あのペースなら、通常はリンちゃんに会うよりもっと前にチンクアにクラスアップしているはずだったの」
最初の予定では聖都オルファンに行くはずだったマナミ、勝手に住まう町を替えたのに、直ぐに居場所を突き止められて、連れ戻そうと使いの者が現れた。
「お父様とは喧嘩をして飛び出してきたわけではないの。幼い頃から、それはそれは可愛がってくれて、外の世界も知らずに15歳の成年の儀を迎えて、私は自分の行く末に不安を感じるようになった」
社会勉強だからと言って、聖都で巫女見習いをして、ほどほどの期間が過ぎたら終了、そう思っていたものを、気付けば冒険者として登録を済ませていた。
登録は間に合って、簡単には連れ戻されない状況を勝ち得たマナミ。
本人から止めたいと思わせようと、策を講じられる。
冒険者支援団体“アドス”に、直接の圧力を掛けられないほどに遠い国だからと最初は安心していた。
それでも権力を最大限に活用して、冒険者一チームの功績を握り潰すくらいの事は、皇太子である父親は遣ってみせた。
「エミーちゃんが不審に思って調べてくれて、私に教えてくれたの」
なにかしら理由をつけて、ポイントを娘達には渡さない。
姑息な工作を受けて、抗議の手紙を書いたが、証拠もなく、甘んじて妨害を受ける他なかった。
アドスの係員とはいえ、酒場のエミーリンではどうしようもない力が働いて、せいぜいできるのは優先的に任せられる仕事を、どんどん回してあげる事くらい。
エミーリンには感謝してもしきれない恩ができた。
「元々少ないポイントを掻き消されて、本当なら早々にコンビを解消しないといけないと思ってたんだけど、あなたとの冒険者生活を失いたくなかった……」
「う~ん、確かにそう言う妨害が原因てのもあったと思うよ。けど私達ってさ。自分達でポイントを棒に振ってる事の方が多かったんじゃない?」
今の話が本当だとしても、マナミと同じでケイトはこのチームだから、冒険者を続けて頑張っていけているんだと思っている。
「それとね。最近ゴウちゃんがしきりに、合同でって声を掛けてくれるのにも、ちゃんとした理由があってね」
ゴウの行動にイライラしてるケイトの態度がどうにも可愛くて、その時には教えなかった彼の考えをここで明かした。
「彼は自分の立場なら、お父様の策略に対抗できると考えて、アドスの権限を抑えつけていた人達に、睨みを利かせてくれていたの」
だから最近は正常なポイントが入るようになり、二人は晴れてチンクアに昇格できたのだ。
「う~ん、それって恩を感じさせないように、黙ってたってこと? カッコウつけちゃって」
悪態じみて言ってはいるが、ケイトの顔は、感謝の気持ちを滲ませている。
こんな面倒事を押しつけて、申し訳ないと言いながら、これからも一緒にいたいと願うマナミに、ケイトからも改めてヨロシクと告げられて、今度こそマナミはボロボロと涙を流して泣き出した。
魔法少女が落ち着きを取り戻した頃に、ゴウ達が成功の報告を持って戻ってくる。
「私、謝ってくる」
走り出すケイトを見送るマナミ。
「いいんですか? ゴウさん告白しちゃうかもしれませんよ」
「リンちゃんって、お惚けてるフリして、実は一番警戒しないといけない人?」
「何言ってるんですか? 私は里では最も色恋沙汰に疎いって言われてるんですよ。だけどお二人の態度は露骨に溢れすぎていて、見ない振りをするのが、恥ずかしくなるくらいです」
「本当に恐ろしい子」
ケイトは今ここで聞いた事を、全てゴウ達に確認をし、心からの謝罪を述べた。
それと同時に、自分達には自分達のペースがあるから、合同クエストは時々でいいからと、やんわりと断りをいれた。
マナミとリンカ、レジデンスの予想通り、ゴウが愛の告白を果たすシーンを、ここでは見られなかった事は、語るまでもないのかもしれない。




