RANK-20 『啀み合う理由はそれぞれで』
マナミは魔力の消耗などお構いなしに目に入るキリングラビット全てに、次から次に雷の魔法をお見舞いし続ける。
ヘタな魔法は避けられてしまう。
小型の魔獣を相手にするには、大技が過ぎるとは思われたが当てる事が先決。
魔力を惜しまず最速の術で対応する。
「おいおい、飛ばしすぎるなよ」
右手には魔力増幅のワンドを、左手には魔力回復薬“アグニス”を握りしめている。
普段は理力回復薬“アグン”で魔力の回復は十分事が足りる。
薬で魔力を回復させると言うのは、体に酷い負担を掛ける。
アグンは自然回復に近い、体に負担の少ないアイテムだが、その回復力もそれ相応。
アグニスは体の負担を度外視した強力な回復薬。
魔力量の多いマナミでも、一本飲めばかなり回復する。
魔力の底が見えると飲む、飲んだらポーチから出すを繰り返し、田畑を駆けめぐり、次第に森の方へ。
今のマナミはかなり大雑把で、ゴウは彼女が取り残した魔獣を退治しながら、遅れないように後ろをついて回る。
「ちょっとゴウちゃん、そんなんじゃあ私には絶対勝てないわよ」
「確かに勝負も大切だが、プロとして仕事を完遂する事が一番大事なんだよ」
「えっ?」
盲目に動く物を順番に片付け続けていたマナミは、始めて足を止めた。
振り返れば、ずっと後ろを付いてきているだけだと思っていたゴウは、自分が形振り構わず先に進むフォローをしていてくれた。
「なに、これは勝負だって言ったでしょ、あなたはケイトと仕事と、どっちが大事なの!?」
「おいおい、どうしたんだ。まともじゃないぜその質問。俺はどっちも大事だよ」
「なにそれ、どっちもなんて都合のいい事言ってんじゃないわよ」
「嘘だと思うんだったら、アイツに確認してみろよ」
ゴウが指差したのは、勝負をするに当たってマナミが召喚した低位精霊。
二人が倒したキリングラビットの数を読んでもらおうと、上空で待機してもらっていた風の精霊を呼んで、途中経過を聞かせてもらう。
「うそ!? まだ十匹も差が付いてないの?」
流石にリードしているのはマナミだが、取りこぼしを潰しているだけのゴウが、まさかの数を退治していた事に驚く。
「俺も何の芸もなく、このランクにいる訳じゃないからな。探索魔術と身体強化の白魔法なら使えるんだよ」
そう言って一振りした刃は、剣先が外れて飛んでいったかと思える密度の濃い衝撃波となって、離れた獲物を捕らえる。
「私の風の魔法とスピードが全然違う。それに探索魔法? なんでそんな高度な魔術が使えるの?」
一流の剣士でありながら魔道にも通じている、ゴウがその気ならもっとずっと高いランクの冒険者にだってなれる。
「結局は格が違うって事? ……けどまだ勝負は着いていない。このまま逃げ切って……」
マナミは新たなアグニスを取りだし、次の獲物を探す。
「なぁ、今からでも協力して依頼を達成しないか?」
「なによ、余裕ぶって!」
「何を剥きになってんだ?」
マナミだって自分に驚いている。
何故こんなに苛立つのかは分かっている。
頭では理解していても、感情をコントロールできない。
ゴウが探索魔術を使えるとは知らなかったので、ズルをしていると思っていたけど、ここからは遠慮もなく審判役の低位精霊の目も借りて、ターゲットを探し当てていく。
新しい群れを見つけて雷を落とす。
「もうそのぐらいにしろ。あまり魔法を多用すると、体が保たなくなるぞ」
その落ち着いた態度に、神経を逆なでされている自覚もある。
だけどマナミは忠告を聞くことなく、連続して落雷を使う。
「これでこの勝負……!?」
「マナミ!?」
唐突に意識の遠のくマナミ、ゴウが剣を放り投げて走り寄ってくる。
ケイトはレジデンスの援護を要領よく利用して、着実に戦果を上げていた。
「ふぅ、これで四十匹。けどなんでこんなにキリングラビットばっかり増殖しちゃったんだろ?」
「その原因を突き止めないと依頼達成とは言えないからね。何か手を見つけないといけないな」
レジデンスのバックアップは的確で、決してケイトと馬が合っているとは言い難いが、マナミにフォローを受けている時とはちょっと違うものの、思い切った行動が取れて、非常に遣りやすい。
「レジデンスは神霊魔法が得意なんだね。剣の腕も確かなのに僧侶だなんて、ホントに謎な人だよ」
「ああ、いや俺は僧侶じゃないから」
「えっ?」
確かにレジデンスが持っているのは、一見ロッドのようだけど、その実は身長ほどもある長いサーベル。
確かに僧侶という職業で、剣を所持しているなんて聞いた事がない。
「僧侶の中でもロッド以外の武器を持つ事を許されるのは、軍神の使徒たる神官だけだ」
冒険者に神の奇跡を与えてくれる大神ラーファスではなく、軍神デノーファスに仕える武神官と戦巫女には、神霊魔法と同時に神聖武具の使用が認められている。
一般職の神官とは異なるが、冒険者の職業として、同じ呼び名が使われている。
「ケイト、あっち! この辺りにいるキリングラビットは、そこにいる四匹で最後みたいだ」
ゴウも使っていた探索魔術を教えたのはレジデンス。
「本当になんでもありじゃん、あんたって一体何者なのよ」
ラストと聞かされ、レジデンスに火の魔法を打ってもらい、それを魔剣ゲイルフェンサーで受け止めて、魔物目掛けて振り下ろす。
飛び出す火の刃が一網打尽にする。
「ふぅ、精霊魔法も魔術も使えるのに、どうしてクリフを仲間にしたの?」
「いやいや、ゴウは知っての通り、前に出て暴れ回るのがあっている剣士だから、それにつき合う俺は、できれば後ろではなく、横に付いている方がフォローしやすい。より難易度の高い冒険をしようとすると、後方支援の魔道士か魔法使いは、いてくれる方が助かるんだって気付いたんだよ」
確かに自分達もケイトが前に、後方支援をマナミがと言うスタンスは楽に戦えたし、リンカが入ってくれた事で、多少の無理もしやすくなったと実感はしている。
「それじゃあゴウと組んで、二人で前線に立った時はどうだった?」
「えっと、……確かに動きやすかったかなぁ。特に敵の数が多い時と、強いヤツが相手の時なんかは」
背中を預けられる仲間がいるというのは、パーティーの中で一番危険な立ち位置にあって、確かに安心を得られる貴重な存在だ。
「けどそれならリンカだって……」
「ああ、あの子ってすごいよね。ニンジャって言うんだっけ?」
彼女の運動能力なら、ケイトの背中を預けるのに、十分な能力を持っているはず。
なのに女性チームは、その効果的な配置を取ろうとしない。
「私ではケイトさんの横には並べません。力が足りないんです。その分は足でカバーできるよう頑張ってます」
「リンカ……」
自分達の担当エリアを一通り回ったリンカが合流した。
後ろには肩で息をするクリフの姿。
「こちらも片付きました。この後はどうするんですか?」
「そうだな……、リンカ、君は確かモンスターを呼び寄せる薬を持ってるんだよね」
「えーっと、あと三袋ですね。残ってますよ」
それを使って元凶を探ろうと提案するレジデンスは、リンカにマナミとゴウを呼んでくるようにお願いする。
「ところでクリストフ君」
「あっ、えっ、なんですか?」
水筒を取り出して落ち着きを取り戻すクリフに、レジデンスが近付く。
「君はどれだけの成果を挙げたのかな? 君達のチームは冒険者ランクが同じだから、彼女のサポートになるのではなく、自分が全てを片付けるつもりでと言っておいたよね」
こういった時、クリフは決して嘘をつく事はない。
リンカは性格上、もしクリフが結果を偽っても、告げ口をしたりはしないというのに。
精神魔法で体重の数倍の重力を負荷されて、立ってもいられないクリフが膝を付き、ケイト達はリンカとマナミ達を待つ。
「ケイトさぁ~ん」
「リンカだ。……あれって、ゴウ?」
全速力のリンカはあっという間に、その表情も読み取れる距離に戻ってくるが、後ろから付いてくるゴウも、どうやら人を背負っているようで、リンカより遅れてではあるが、信じがたいスピードで走ってくる。
「マ、マナミ!? 何があったの?」
ゴウの背中で、ぐったりとしているマナミを見て、ケイトが青ざめた顔でゴウに詰め寄った。




