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悪役令嬢は王子様を御所望です  作者: 茗裡
第三章 正編
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21話 知る者そして知る想い ロランside


代わり映えのしない毎日に退屈だと思い始めたのは割と早い時期からだった。

幼少の頃から何でも器用にこなせてしまう私は勉学も剣術もストレンジもすぐに人に教えてもらわなくても自分で出来るほどになった。

幼少ながらに達観してしまった私は一人で書庫に籠る事が多くなっていた。そんな折、マラルメ国国王である父に呼ばれた。


「後日、吾の妹が息子を連れて数日この国に帰ってくる」


父上の妹は隣国のダルシアク国に嫁いだというエヴリーヌ妃であったか。その息子というと私と同い年と聞いた事がある。この時私は、他の子供達と同じように訳の分からない稚拙な遊びに付き合わされるのだけは御免だなと憂鬱でしかなかった。


「初めまして、ロラン王子。私はスタニスラス・ダルシーと申します」


初めてだった。

同種に出会ったのは。彼は他の子供達と違って落ち着いており、何を話しても博識で私の話に付いてきた。

剣術もストレンジも同世代で私に適う者はいないと思っていたが、何方も彼の方が上手で初めて同世代からの敗北というものを知った。

だが、それが私には嬉しかったのだ。私達はすぐに仲良くなって色んな話をした。

彼には腹違いの弟がいるという。しかも、その弟達とはラストネームが違っており、当時は如何してなのか聞いても答えてくれなかったが今ならば分かる。王家の名を継いでいないということは王位継承権が無いということに他ならない。

それからも、沢山の話をするうちに彼には想い人がいるということを知った。まだ、候補であり正式な婚約者ではないが、ゆくゆくは正式な婚約者に迎え結婚するのだと彼は強い眼差しで語った。


その瞳は子供の戯言ではなく、一国の王子として未来を見据え、また心からその想い人である一人の女の子を一途に想っているのだと未だ恋も知らない私でも分かった。

それと同時に容姿端麗で博識であり王子の鏡と言っても過言ではない彼を此処まで落とすことが出来た令嬢に僅かな興味が沸いた。


その答えは15歳となり隣国へ留学することになって漸く分かる事となる。




私と彼が再会したのは彼の名前が変わってからだった。父上にこれからの護衛を務めるものとして紹介されたのが"ジェルヴェール"であった。

当時紹介された時のジルは氷のように冷たい目をしてた。取っ付きにくくてとても好きにはなれない。何に対しても淡白で話し掛けても素っ気ない。

ダルシアク国には劣るがマラルメ国最大のストレンジ学園に入学しても彼の冷たい態度は変わらなかった。

自分で言うのも何だが、私も容姿は良い方だ。その為、私とジルが共にいると令嬢達が色めき達声をかけてくる。スタニスラスであれば私と同じように当たり障りのない態度で令嬢達を相手しただろうがジルは見向きもせず問い掛けられても口を開かない。まあ、そんなクールなところが令嬢達にはウケていたようだが。


「ジル、お前はもう少し愛想良く出来ないのか」

「…苦手なんですよ。俺、ああいうの」


一緒にいる内にジルも初めの頃よりは私に心を開いて来ていたが、このままでは私以外の友達が出来ないのではないかと心配になった。

そして、その時ふと気になった。彼は時折首にかけたペンダントを触る癖がある。彼は記憶喪失になっているが、母親の形見が何かだろうと思ったがペンダントに触れる時、何処か遠くに思いを馳せるような目をする。その時の瞳は幼少の頃見たスタニスラスの時の目で優しさと瞳の奥に熱情がある事に気付いた。


「何時も触っているがそのペンダントはなんだ?」


尋ねると彼は一瞬思案して首に下げたペンダントを服の中から取り出し見せてくれた。

そこにはアクアマリンの宝石が嵌め込まれたペンダントであった。


「昔、出会った少女からこれを頂いたんです」


その言葉に私は疑問を覚えた。

彼は亡命する途中で賊に襲われ記憶喪失となり影の組織である陰影に育てられる事となったはずだ。

彼を陰影として育てる為ダルシアク国とマラルメ国の国境の森で生活していたはず。その森は立ち入り禁止区域であり王族でもある手続きをしなければ入る事が出来ない。そんな隔離された場所で誰かにあったというのか。それとも、新しく陰影として迎え入れられた少女でもいたのだろうか。


「名前も分からない少女ですが、何故か彼女を見ていると懐かしい気持ちになった」


その言った彼の瞳にジルとして出会って初めて慈愛に溢れた表情を見て瞠目する。

記憶の奥底からスタニスラスと出会った時の記憶を呼び起こす。彼の想い人は確かアクアマリンの髪に菫色の瞳をした海の女神のような少女だと彼は語っていた。


まさか、彼女なのだろうか。

だが、ジルは名前も知らないと言っていたし何より記憶喪失になった後に出会っているのだ。

疑問に思ったのと同時に安堵した。何はともあれ彼にもまだ人としての心が残っていたのだと。

陰影として育てられている時の事は詳しく調査しなければ本来いけないのだろうが、侵入者をあの陰影が許すはずも無いし陰影側から何も言ってきていないということは彼等にも分からない事なのかもしれない。それどころか、彼に人としての情熱を忘れさせないでいてくれた名もわからぬという少女に感謝した。






「お前もそろそろ早く婚約者を決めぬか」


中等部に上がってからそう父上の小言が多くなって来た。私には幼少の頃から婚約者候補が複数いる。

だが、将来王妃となり私の隣に立つものして私の目に留まる者は未だ現れなかった。


「そのうち決めますよ」


そう言ってはぐらかして来たが、そろそろ限界か。

周りの重鎮達も口を揃えてせめて婚約者の地位に誰かを据えてくれと願い出て来る。

野心家の者達はこれ幸いと自分の娘をあてがおうとしてくるがそんな者達は候補にすらいれていない。


「ジルも年頃の男となったのだし、誰か良い人を紹介せんといかんな」


父上がそう零した言葉に瞠目する。

父上は亡き妹の忘れ形見であるジルを私と同じように息子として可愛がっていた。いつかジルにもそんな話が出るだろうと思っていたが、彼には想い人がいるのだ。記憶の彼方の少女と同一人物かは分からないがジルが望まない相手との婚約は止めさせたい。

それに、ジルにペンダントを渡したという少女も少なからずジルの事を想っているはずだ。


「父上、ジルが望まぬ婚約は妹君が怒ると思いますよ」

「うっ、」


私達家族は身内を溺愛する傾向がある。

その為、妹の忘れ形見であるジルを望まぬ形で婚約、果ては結婚等させようものならば亡き妹君が怒るだろう。

それが分かっている父上はそれ以上何も言わなくなった。


「ならば、お前は早く結婚して吾に孫の顔を見せろ」


何故交換条件のように私の結婚を迫られるのかが甚だ理解出来ず頭痛を覚えるが適当に相槌を打って返した。



別に婚約者を据えたくないわけではない。

次期、国王となる私を支え共に国の未来を見据えて隣に立つ度量がある者であればどんな身分で容姿が優れていなくても良い。

そんな、女性に未だ出会えてないだけだ。

それを思うとエルヴィラ・ムニエ嬢がいい線をいっており、王妃としての技量もあっただろうが、彼女は幼少の頃からストレンジ騎士団団長の息子であるヴィヴィアン・パスマールの婚約者で彼女は一途に彼の事を愛している。

そんな二人を引き離すなど出来ようはずもない。


エルヴィラ嬢の一つ下の妹との婚約が浮上したが断った。妹の方は私の前では品行方正を演じているが、エルヴィラ嬢とは性格が正反対で苛烈である事をジルの調べで知っている。

妹の方は直に私の婚約者になると思っているようで実の姉であるエルヴィラ嬢にまで不遜な態度を取っているらしい。そんな者を次期王妃になど据えれば国民の不満要素にしかならない。


私は王妃となる立場の者に求め過ぎなのだろうか、妥協も必要なのではないかと思っていた時だった。


15歳となりある計画の為各国の王子達がストレンジ育成が世界一であるダルシアク国に留学する事が決まった。

私達は一足早く留学をする事にしたのだが、そこで彼女達と出会った。



「お初にお目にかかります。わたくし、ルイーズ・カプレと申します」

「ソレンヌ・ペルシエと申します。以後、お見知り置きを」



アクアマリンの髪色に菫色の瞳をした女性とキラキラと輝く金の髪に自然を思わせるような緑色の瞳の女性。


「まるで女神と聖女だ」


隣に座るデジレがそう呟いたがまさにその通りだと思った。だが、容姿だけならば彼の妹のロマーヌ王女も私達の留学に同行させたエルヴィラ嬢も彼女達と並んでも遜色ない容姿をしている。


私は直ぐに気付いた。


ルイーズ・カプレ嬢。彼女がスタニスラスが言っていた彼の元婚約者であると。

そして、ジルが彼女に対する態度が他のご令嬢達とは違うことに気付いた。初日にルイーズ嬢の異変に気付いたのもジルだけだった。

案内された喫茶店の店内に戻ってみればルイーズ嬢とソレンヌ嬢がダルシアク国の第二王子と第三王子と何やら問答しているところだったのだ。

留学当初、接遇に第二王子と第三王子がいないことに何かあると思っていたがこういう事だったのかと納得した。二人は一人のご令嬢に熱を入れて陥落しきっている。

確かに、こんな者達に接待されるのは私としてもお断り願いたい。


しかし、第二王子には既に婚約者がいたはず。その婚約者こそエルヴィラ嬢、ヴィヴィアン、セレスタンが世話になっているソレンヌ嬢である。

彼等から話を聞くとソレンヌ嬢は容姿も然ることながら品行方正でクラスメイトにも優しく崇拝する者までいるという。エルヴィラ嬢はすぐにソレンヌ嬢と仲良くなってよく共にいる所を何度も目にしている。スタニスラスとルイーズ嬢が次期国王と王妃候補から外れた今、ソレンヌ嬢は実に次期王妃に相応しい人材だ。


だというのに、王位継承権はまだ今のところは無いにしろ王族である第二王子のレナルド王子は彼女を蔑ろにし、庶民出自の女性と共にいることが多く見受けられる。

ルイーズ嬢とソレンヌ嬢、そして後に知り合ったエドウィージュ嬢はストレンジ学園の三大美女と比喩され、彼女達は生徒達から高い支持を受けており三人とも人柄はとても良いと聞く。彼女達がマラルメ国にいれば三人のうちの誰かを婚約者として私も迎えただろう。だが、たらればを言ったところでどうにかなるものでもない。

しかし、私は気が付けばルイーズ嬢に懐きよく共に行動をしているソレンヌ嬢へと目が行っていた。

彼女は周りが比喩する聖女の微笑みを常に浮かべているが時折寂しそうな表情をするのだ。

それは、婚約者であるレナルド王子が一人の女性と共にいる時を目撃してしまった時によく見せる。



彼女は婚約者からこんな仕打ちを受けて尚、如何して彼を愛することが出来るのだろうか?



その疑問が浮かんでからというもの、彼女が寂しそうな表情をする度に彼女を慰め私が彼女を笑顔にしたいという気持ちが芽生えて来たのだ。

しかし、彼女は隣国の王子の婚約者。おいそれと手を出していい存在ではない。

そう思って、この気持ちが大きくなる前に諦めようと思っていたのにレナルド王子はとうとうソレンヌ嬢を泣かせてしまった。


「ソレンヌっ!!」


その怒声が聞こえたかと思えば保健室から一人の女性が飛び出して来た。

飛び出して来たのはソレンヌ嬢で、彼女の目には涙が浮かび羽二重肌に涙がこぼれた跡が線を引いていた。

何時も気丈に振る舞う彼女の泣き顔を見た瞬間、私の中で蓋をして燻っていた気持ちが溢れ出した。

そして、これが恋であるのだと納得せざるを得なかった。例え、この恋が叶わぬ恋であるとしても傍にいられる限りソレンヌ嬢を自分の手で護りたいと思った。

次回は主人公視点に戻ります。

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