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悪役令嬢は王子様を御所望です  作者: 茗裡
第三章 正編
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18話 乱れる心 ジェルヴェールside


『そいつは僕の婚約者だ』


そう言ったダルシアク国第三王子の言葉に血が沸騰したかのように一瞬にして体が熱くなり今までに感じた事が無いほどの怒りが込み上げて来た。


「ルイーズ」


そう彼が彼女の名前を呼ぶ度に気持ちが落ち着かない。不快でならないのだ。

この気持ちを人はなんというのだろうか。





彼女、ルイーズ・カプレ嬢と俺は七年前に出会い一年の逢瀬を重ね六年後に再会した。

彼女は最後の逢瀬で六年間自分のことを忘れないでくれと言っていた。その時はその年数が何を意味するのか分からなかったが六年後の今、俺達は再会を果たした。


「まるで女神と聖女だ」


再会を果たした日に俺は初めて彼女の素性と名前を知った。留学生としてダルシアク国に来た俺達の案内や世話をしてくれる人材としてルイーズ嬢とソレンヌ嬢が紹介され、彼女達の姿を見た瞬間にオルディア国の王子、デジレ殿下がそう呟いた。

六年前よりも大人になった彼女は誰をも魅了する程に美しく成長していた。

構内を案内している時でも彼女に男達の視線が集中していてどうも釈然としない気持ちになった。


これ程の美貌を持ち、頭脳明晰とも聞く。それに、家柄は公爵家ともなれば婚約者がいない方がおかしいだろう。

王族との婚約もなくも無い話であるが如何してこうも胸がざわつくのだろうか。


「ジル様…」


震えたか細い声が聞こえ視線を下げる。

ルイス王子の暴行から助け腕の中に抱く彼女の体は小刻みに震え眉尻を下げて此方を見上げる。


「わたくし、婚約者などおりませんわ…」


首を左右に振って懸命に訴える彼女の瞳はとても嘘をついてるようにはみえない。俺の服を握り締める姿は縋っているようで、必死にルイス王子の言葉を否定していた。

その瞬間、俺の中で燻っていた得も言えぬ不快感が一瞬にして消え去った。


そうこうしている間もルイス王子とルイーズ嬢の押し問答は続いており、話を聞いている限りどうもルイス王子の虚言であることが分かった。

それにしても彼は何故こうも彼女に拘るのか。話を聞く限りルイス王子には他に想い人がいるようで遺憾ながらルイーズ嬢をモノのように扱いながらも彼女が婚約者候補を外れた事に納得していない。

癇癪を起こしたルイス王子は此方を睨み俺にも食ってかかる。ルイーズ嬢は気付いていないようだが、ルイス王子のこの行動は好きな人に構ってもらいたい子供の癇癪のように思えた。この国の第二王子と第三王子はラシェルとかいう娘に夢中なようだがルイス王子のソレは好きな子を虐めたりとか自分を見てくれない腹いせに好きな子を害しているようにしか見えなかった。


「ルイス王子、お辞め下さい。ジェルヴェール様は関係御座いませんわ」


ルイーズ嬢の何処か焦ったような声に意識が彼女に向く。


「関係ないならば何故お前は他国の男と共にいる!この売女が!!」


ルイス王子の発言に眉根を寄せる。

とても一国の王子とは思えない発言だ。こんな奴を王族として据えているダルシアク国にも疑問を覚える程だ。これが、もし、他の国の重鎮達に知られようものならばダルシアク国との国交が途絶えても不思議ではない。


「この男があいつに似ているからなのか!スタニスラスは八年前に死んだんだ!!その男はあいつではない!!」


スタニスラス…

その名前に何故か懐かしさを感じる。

しかし、その瞬間鈍器で頭部を殴られたような感覚に襲われる。


「あいつのお下がりでもこれまで我慢していたというのに僕に感謝の気持ちもないのかっっ!!ルイーズ!貴様はこれからもこれまでも僕の物だ!!」

「ちが…う…っつ」


ルイス王子の言葉に無意識に否定の言葉が出る。彼女は彼のものでは無い。

何故か分からないがルイーズ嬢が誰か他の男と寄り添う図が頭に浮かび堪らなく拒絶したくなった。そして、脳裏に声が響く。


『覚えていて?僕は君のことが大好きだよ』


幼い男の子の声。

コレは誰だ。



「ぐっうう…」

「ジェルヴェール様っっ!!」


ルイーズ嬢の焦った声が聞こえる。


「しっかりして下さいませ、ジェルヴェール様っっ」


あまりの頭痛に立っていられなくなり地面に膝を着く。その瞬間、ふわりと何処か懐かしい香りに包まれ安堵感を覚える。


「ルイーズ!!!!」


ルイス王子の叫び声で俺は彼女の腕の中に倒れたのだと分かった。

このような醜態を他人に晒すなどロラン殿下の側近としてあるまじき事態だ。だが、立ち上がろうにも足に力が入らず頭痛は酷くなるばかりだ。


「ルイ──」


ルイス王子の声が急に消え辺りが静かになる。一瞬、水泡が彼に当たるのが見えたが彼女の仕業だろうか。


「ジル様っ、大丈夫ですか!?」


俺は完全に倒れ込みそれを彼女の華奢な体が支える。ルイーズ嬢は酷く泣きそうな表情をしていた。彼女のそんな顔は見たくない。

六年前、最後の最後に見せてくれた花の咲くようなあの笑顔がもう一度みたい。

彼女の悲しそうな顔は何故だか何時も俺の心を乱す。


「泣くな、ルイーズ。君には笑顔が似合う」


強ばる彼女の頬に触れてそう言うと俺は激痛に耐え切れず意識が途切れた。

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