11話 言明
「ルイーズ嬢よ。顔を上げなさい」
国王陛下の声に私はいつの間にか俯いていた顔を慌てて上げる。
陛下は玉座から降りると私の元へと向かって来る。目の前で立ち止まると急に陛下に抱き締められた。
私は何が起きたのか直ぐには理解出来ずに目を白黒させていると頭上から低く重みのある声が降ってくる。
「何という無茶をするんだ。手を切り落とさずともルイーズ嬢の言うことならピッピコさえ見せてくれさえすれば信じたというのに」
本気で私を心配し、安堵する声が聞こえる。先程までとは違う温かみのある声。
王妃様とスタン王子といる時に二人と同じように接してくれた時のことを思い出す。王妃様はよく第二の母親と思って接してくれと言っていた。すると、父親然とした態度で陛下自身からも「第二の父と思ってくれて構わない」と言われ、幼い頃は陛下を第二の父親のように思っていた。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません」
震える声音で謝罪を述べる。
もし、まだあの時の言葉が適応され陛下自身が私のことを今でも娘のように思って下さっているのであれば私は陛下の気持ちを少なからず踏み躙った行動をしてしまったのだろう。娘の腕が飛ぶ姿を見たい親など誰もいない。現にお父様は死人のような青い顔で今まで一度も見たことがない泣きそうな表情で此方を見ている。
陛下がいなければすぐ様私を抱き締め泣きながら怒っただろう。
「もう二度とこの様なことはしてくれるな」
「はい。申し訳ございません」
陛下の腕に僅かに力が込められる。
最愛の正妃を亡くし、スタン様も此処にはいない。ゲーム内では王妃様と第一王子のスタン様が他界した事により陛下は冷酷で非情な性格に変貌したという描写があった。これは、第二王子と第三王子のルートで明かされる内容だ。
私は記憶が戻ったことで国王は情よりも理を優先する方だと勝手に思い込んでしまっていた。
だが、此処に居るのは人の心を持った人間だ。私はスタン王子の事ばかりで周りが見えていなかった。これが証明するのに手っ取り早い方法だと思い込み陛下への説得を怠った結果が陛下を傷付けてしまった。
陛下の服を軽く握り反省する。
「陛下。何時まで私のルゥに抱き着いてるつもりですか。」
陛下の真後ろから冷たい声が聞こえる。
目線を上げればお父様が腕を組み仁王立ちで陛下を見下ろしていた。その様子を陛下は一瞥するもチラと一瞬顔を向けただけで私を離そうとしない。
次の瞬間お父様がキレた。
「大体あんたが本当の事を公表しないからルゥが無理するんだよっ!第一王子の事に関してはルゥにも知る権利があるだろ。認めたくないがルゥはあんたの息子が本気で好きなんだからなっ」
お父様の言葉に唖然とする。
いくら幼馴染だからと言っても流石に陛下に向かってこの言い方は不味いだろう。
それに、どさくさに紛れて何を言っているのか。確かに、私はスタン様が好きで記憶が戻る前も後も彼の事しか考えていなかったが、だからといって何も彼の親にまで暴露しなくてもいいでは無いか。
赤い顔で言葉を失っていると、他の重鎮までもが頷いてお父様に同意していた。
「親バカにほかならんがマルセルの言う通りだな」
「ルイーズ嬢はまだ7歳だがスタニスラス王子の次に聡明な方だ」
「第一王子について話してもいいと思う」
宰相のジョゼフ・ペルシエ様に北軍騎士団長のオーギュスト・ラクロワ様、ストレンジ騎士団長のアイロス・コデルリエ様が口添えする。
私はスタン様の行く末を知っている。そして、王妃様の本当の死因も。
私の今回の目的はスタン様の訃報が世に広まる前に彼の居場所を突き止める事にあった。訃報が流れた後にスタン様に接触することは愚か、彼についての一切の情報が途絶える事となる。八年後の物語の舞台までは。
だから、私は陛下にスタン様の重病と死に関して否定してもらうだけで良かったのだ。その後のことに関しては既に対策をしていたのだが、この展開は予想外だ。いや、真実を全て話してくれるというのであれば私も動きやすくなるし嬉しい誤算なのだが。
「そうだな。ルイーズ嬢には真実を話そう。だが、ルイーズ嬢にとっては辛いものとなるが…良いか」
陛下は家臣達の言葉に頷き漸く私から離れると真剣な眼差しで私を見据える。
その瞳を見て私は確信した。既にスタン様に"コト"が起こってしまっているのだと。覚悟をしていた事だがそれだけで胸が早鐘を打つ。
真実を知るのが早くなってしまっただけ。そう何度も自分に言い聞かせるが、もしかしたら違う未来があるかもしれないという心の何処かで抱いていた淡い期待が潰えて震えが止まらない。
しかし、この機会を逃すわけにはいかない。
「スタン様を好きになったその日からわたくしはどんな困難をも乗り越える覚悟ですわ。彼が生きている限り彼の隣に立つこと。今でも変わらないわたくしの揺るぎない目標ですわ」
とても、7歳の子供が発する言葉では無いだろう。それか、7歳の幼子がいう戯言、或いは幼さゆえの若気の至りだと笑う者もいるかもしれない。
しかし、今此処にいる者達は誰一人子供の言葉だと序盤から跳ね除ける者はいない。私の言葉には大人と同じ過ちを許されることのない発言を求められている事が分かっているから嘘偽りなく本心で答える。
早計だと思う者もいるかもしれない。それに、人は大人に近付くにつれ性格も変わるし子供の頃の恋心は気の迷いや恋に恋する乙女であるのも確かかもしれない。私に関しては、ゲームの強制力だと言われれば否定も出来ない。だけど、これ程までに焦がれるのはスタン様しかいないのだ。
今出来るのに、出来ることをやらずに諦めることだけはしたくない。
「わたくしはどんな真実も受け止めます」
私は背筋を伸ばし気丈に言明した。




