9話 謁見
此処に来るのは何時ぶりだろうか。
ああ、そういえばスタン様に会ったあの日が最後になったのか。
私は現在馬車に揺られてお父様と共に王城へと向かっている。
まだ一ヶ月も経っていないはずなのにもう何年も来ていないような気がする。
ただ、もう登城しても第一王子のスタニスラス様に会えることはない。スタン様がいない…その現実がこんなにも胸が苦しくなるとは思わなかった。
「ルゥ、やはり無理しなくても…」
「いいえ、お父様。お忙しい中、国王陛下には私達の為にお時間を頂いたのだからそれを無にすることは不敬に当たりますわ」
私は頬を伝う涙を何事も無かったかのように拭い首を横に振って言葉を遮る。
丁度その時、王城に着いたようで御者が扉を開く。
その頃には、お父様は家で見せるような心配性の表情は微塵も顔に出さず貫禄のある凛とした表情になっており私は安堵してお父様の後に続いて馬車を降りた。
謁見の間にて───────
「よく来たな。ルイーズ・カプレ嬢よ」
「本日はわたくしの為に国王陛下の貴重なお時間を頂き心より感謝致します。」
私は最上級の礼をもって国王陛下の前に頭を垂れる。
「顔を上げよ。我とルイーズ嬢の仲だ。我はルイーズ嬢を娘のように思っておる。以前と同じように接してくれて構わない」
国王陛下は顔を上げるように促し声をかけてくれるが私は戸惑う。
国王陛下と会うのは初めてでは無い。そして、陛下が言ったように私を娘のように可愛がってくれていたのも本当だ。しかし、それは非公式の場…つまり、プライベートの時だったから私も普段よりは打ち解けて陛下とお話していた。
陛下は愛妻家で正妃が御存命だった頃に私はよく正妃様が開かれる身内だけのお茶会に誘われていた。そこで、第一王子のスタン様と逢瀬を重ねていたのだ。
そのお茶会には時折陛下も短時間ではあるが足を運ぶ事もあり何度かお話をしたことがある。
しかし、だからといってこの様な正式な謁見の間で砕けてお話するわけにはいかない。
「ルイーズ嬢、此処には我の側近で信頼出来るものしか居らぬ。心配せずとも良い」
陛下は私の憂慮を読み取り言葉を続ける。
私は辺りを見回すと確かに陛下の側近中の側近しか居ないことに気付いた。
我が父、マルセル・カプレに宰相それからストレンジ騎士団に総帥且つ中央騎士団団長を父にもつ北軍団長などしかいない。彼等は幼少の頃から陛下の側近として育てられ信頼を築き上げて来た言わば幼馴染という仲だ。
確かに、彼等ならば安心だろう。それに、此処で陛下の側近と人脈を持てるような事があれば棚から牡丹餅。損は無い。
「畏まりました。では、何時も通りで話させていただきますわ」
私は少女らしく年相応の笑顔を浮かべては不敬にならない程度に軽くカーテシーをして用意された椅子に座る。
陛下の側近とはいえ、重鎮達にこうも注目されては落ち着かない。
早く話を始めてくれと心の中で願いながら陛下の言葉を待つ。
「マルセルに話は聞いた。ルイスとの婚約は婚約者候補としてなら受けると。相違は無いな」
「はい、相違ございません。」
「あいわかった。ではその様に手続きを進めよ」
ルイスとはこの国の第三王子であらせられる第二王子の双子の弟、ルイス・パストゥールである。事前にお父様と話は済んでいたのだろう、陛下はすんなりと承諾すると宰相に婚約者候補としての手続きを進めるように言う。
「陛下、少々お聞きしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」
正式な場でこのような発言をすれば些か問題となったであろうが、陛下は普段通りにと自ら要望された。聞くならば今だろう。ただ、上手く私のペースに持ち込む事が叶えば、なのだが。
私は見た目はまだ7歳。無邪気を装っても許される年齢だ。賭けてみる価値はあるだろう。
陛下は頷いて了承すると話を促す。
「スタン様は本当に重病を患われたのでございましょうか?」
「どういう意味だ、ルイーズ嬢」
正式に布告されているにも関わらず何故そのような愚問をすると、表情は一切動かないがその目が雄弁に語っている。
こっえぇぇ。眼力半端ないって。
寒色の銀の髪に何処までも澄み渡る程の青い瞳。
あの人と同じ髪に瞳だが最愛の正妃を亡くしたことで更に貫禄と冷たさが増している。だが、此処で怯むわけにはいかない。
「わたくし、スタン様が心配で心配で三日三晩寝込んだこともありますの。病名をはっきりと教えて頂かないと安心が出来ませんわ。それに、病状によってはわたくしが治せるかもしれませんし」
「治せるとはどういう事だ?確か、ルイーズ嬢は水系のストレンジであったはずであろう」
かかった!!
お父様が慌てているのが目端に映るがそんな事を気にしている場合ではない。
スタン様が病気では無いことなど私はゲームの知識で既に知っている。だが、それを堂々と言う訳にもいかない。本当はピッピコの事も事前にお父様と話の流れを確認して穏便に落ち着いて陛下にお話するつもりであったが、最愛の為なら使えるものは何でも使う。
時が来るまで手をこまねいてるだけでは駄目なのだ。
私は緊張で渇いた喉を潤すように生唾を飲み込んで口を開いた。




