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アレンの力。
それにより、救済は街全体を包み込む。
鐘の音に宿った闇。破滅を繰り返す、闇。
それがアレンの闇に囚われ、その力を失っていく。
呼応し、アレンは知る。
流れこむ、街が闇に包まれていく情景。
かつては、光に包まれた鐘の音。
なぜそこに、闇が宿るに至ったかを。
※※※
かつて渓谷は豊かだった。
黒鉄鉱は鋼よりも硬く、呪よりも強いと謳われ、王国の繁栄を支える宝とされた。
《ヴァル=グラース》はその中心にあり、人々は鉱石を掘り出し、武具を鍛え、街は光に包まれていた。
だが、王都は欲望に飢えていた。
黒鉄は武を強めるだけではない。王の術師たちは気づく。「死者をも縛り、支配する力を持つ」と。
王は命じた。
谷の民にもっと黒鉄を捧げよと。
そして、死者をも縛る鐘を作れと。
音が響く度、それが大陸に繁栄をもたらすと。欲に満ちた笑いを響かせながら。
鐘守の一族は最初、断った。
だが王都の騎士団は子らを人質に取り、反抗する者を鉱山に投げ込んだ。血と怨嗟は鐘を為す黒鉄に沁み込み、鐘は次第に「影」を孕んでいった。
坑道で王都の繁栄の為に命を落とした者。
王都に逆らい処刑された者。
そして、大切な人を奪われ憎悪と悲しみに慟哭を響かせた者。
彼らの怨嗟が黒鉄に宿り、鐘に縛られ、谷に封じられた。
それでも王都は鐘を誇った。
「不滅の守り」と称し、戦場へ持ち出そうとさえした。だが鐘は運び出せなかった。まるで渓谷に根を張るが如き重さをもって。
王都は谷を見捨てた。
「鐘守の一族に管理を任せた」と言い残し、黒鉄を上納させ続け、栄華に浸り続けた。
残された民はどうなったか。
鐘の音の度、人を失い、怨霊を増やし、街は徐々に死へと傾いていった。
それが――《ヴァル=グラース》が闇に沈んだ所以。
鐘の音。
それが、闇を孕んだ所以。
※※※
「ぱぱ。どうして、このお石さんたちは真っ黒なの?」
「ははは。ミリア、それはな」
少女の前に片膝をつき、男は笑う。
黒鉄。街に繁栄をもたらす小さな塊。
ミリアの小さな手のひらにのせられたソレを、男とミリアは温かな笑顔をもって見つめていた。
あの日、空は青く透き通り。
街には笑いと、明るい声に包まれていた。
※※※
瞼を開け、アレンは鐘の音を聞く。
哀しげに響く鐘の音。
それを、表情ひとつ変えることなく。
滅びを繰り返す闇。
それを生み出したのはーー
終わりなき人の欲。
己たちを常に安全圏に身を置きながら、その甘い蜜だけ啜ろうとする者たちの欲望。
そして、つぶやいた。
「代償を払うのは」
「いつも弱きモノたち」
虐め殺された幼き奴隷たち。
局地病に滅ぼされた村。
アレンの脳裏によぎる、これまでの記憶。
呼応し、アレンは手のひらをかざす。
【救済】
【鐘を為す黒鉄。そこに宿る怨嗟と憎悪を】
鐘が救済に包まれる。
まるで、優しく包容されるようにして。
刹那。
「あ、あれ。どうして、わたし」
「き、斬られて。谷底に。落ちた、はずのに」
「く、暗い。冷たくて暗いところに。わ、わたし」
震え、怯えた少女の声。
それが、アレンの耳に届いたのであった。




