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「渓谷の街【ヴァル=グラース】」
「それが、俺が守ろうとした街の名」
立ち止まった、アレン。
その側で勇者が一人ーーダリオンは、独り言のように呟く。琥珀色の瞳。そこに、哀しげな光を宿しながら。
「だが、ある日。俺が王都に呼ばれ街を数日、離れたとき。それは起こった」
アレンは聞く。
ダリオンの声。それを静かに。
「俺が帰った時。街は闇に包まれていた。一人の男。アシェンという名の男の手によって」
「生き残った人々は俺を畏れ。罵った」
「"勇者の皮を被った悪魔"だと」
「なぜ、おまえの同類はミリアを殺した。あのモノと同じ"勇者"を名乗るキサマは我らの敵だ」
「そう罵った。俺は問うた。男に」
【おまえは本当に……俺と同じ勇者。なのか?】
「男は答えなかった。だが、奴は俺を嗤った」
〜〜〜
"「おまえこそ。なぜ、闇を救おうとする。根絶やしにすればいいだけのことだろう」"
ダリオンを踏みつけ、アシェンは嗤った。
血の滴る剣をその手に握り、嘲笑った。
〜〜〜
「奴は尋常じゃない力をもっていた。そう、まるで闇に操られているかのような」
「……」
アレンの表情は変わらない。
「だから俺は。これはきっと、闇の仕業だと思った。文献で見た【破壊の闇】。それがあの街に関与していると。そう、思った。闇がカタチを変え、勇者のカタチをとり……だから、文献に記されていた闇の跡地。この村の奥にあるとされる廃墟に」
自然に握りしめられる、ダリオンの拳。
そしてダリオンは更に続けた。
「だが、ここに来てみれば」
唇を噛み締める、ダリオン。
「俺は真実を知りたい。たとえ、この身があんたと同じ闇に染まったとしても……あの街の仇を」
アレンはダリオンに応えない。
ただその足を踏みしめ、ダリオンの側から離れていく。揺らぎない闇と共に。
そしてその後をダリオンもまた、追う。
アレンの闇。
それに引かれるようにして。
そして二人は、言葉を交わさず渓谷の街へと向かっていったのであった。
〜〜〜
渓谷へと続く道。
長い長い霧に包まれた、砂利の道。
その先に【ヴァル=グラース】は存在している。
【救済】の力。
それにより、アレンとダリオンは、街へと遮るモノなく街へと辿り着く。
街へと足を踏み入れた瞬間、ダリオンは胸の奥に重苦しい圧を感じる。
谷底の空気は澱んでおり、吐き出した息さえ煤のように黒ずむ気がした。
しかし、アレンの歩みは止まらない。
【救済】
【あらゆる影響から】
その闇の庇護の下にある限り。
石畳には誰も歩いていない。
だが、窓の隙間から人々の視線が注がれている。恐怖と畏れとが入り混じった眼差し。
二人の姿を見て、何かが救われるのか、あるいはさらなる災厄を招くのか。
人々はまだ知らない。
そして、アレンとダリオンの二人もまた、その答えを未だ知らないのであった。




