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夜の森。
月光は木々の隙間を縫い、地面に斑模様を落としていた。
そんな静寂を切り裂くように、二つの影がゆっくりと現れる。
白銀の髪を揺らす女魔族と、漆黒の鎧に包まれた男魔族。その瞳は月光を拒むかのように暗く、見る者の心の奥に直接触れるような冷たさを帯びていた。
「救済」
リリスが低く唸る声を放ち、闇色の剣を握る。
ガレアは無言で闇を剣と成して構え、地面の影と共に立つ。
アレンはただ、ゆっくりと一歩を踏み出す。
無言。無表情。だがその背筋は戦いを迎える覚悟で張り詰めている。
【救済】による、干渉の消失。
そしてそれは、彼等が闇での干渉ができず実体を成し干渉することを意味していた。
二人は頷き合い、アレンとの瞬時を距離を詰める。
風を置き去りにし、目視さえ叶わない速度をもって。
そして、アレンへと剣を振り下ろす。
左右から、殺意を込めて。
しかしアレンはそのすべてを淡々とかわす。
【救済】
【奴らの攻撃から】
救済が彼等の剣の軌道を狂わせ、アレンへの攻撃を歪ませる。
一撃ごとに弾ける、闇。
呼応し、森が震える。
二度、三度の後。
二人は、後ろへ跳躍しアレンから距離を置く。
「その力」
「勇者の力」
「だが、何故。闇に染まっている?」
低くつぶやく声。
それが闇に吸い込まれるように消える。
アレンは言葉を発さず、ただ次の一手を待つ。
その瞳に恐れも焦りもない。ただ静かな光だけが宿るだけ。
リリスがくすりと笑う。
「その冷たい瞳。ふふ。益々、勇者らしくないわね」
剣を霧散させ、拳に闇を纏わせるリリス。
だが、アレンはそこに佇み、静かに二人を見据えるのみ。
刹那、風が走り、森が揺れる。
森の闇はさらに濃く、木々の影がうねるように揺れる。
リリスが飛ぶようにアレンに迫る。
その拳には黒い炎が揺らめき、ソレは触れたものを骨の髄まで焼き尽くす。
ガレアは地面に膝をつき、破壊を操り、アレンの足元を崩そうとした。
【救済】
【奴らのあらゆる敵意から】
だが、アレンは一歩も動くことなく、二人の敵意を霧散させる。
リリスの黒炎は消え、ガレアの破壊は消失し、二人の攻撃は空を切る。
そして。
黒炎の消えた、リリスの拳。
それをアレンは眼前で受け止めーー
【救済】
【存在する。ということから】
リリスの光無き瞳。
その闇色の双眸を見据え、力を行使した。
瓦解する、リリス。
カタチを失い、リリスは闇に戻り、アレンの闇に飲み込まれる。まるで泥が水に溶けるようにして。
ガレアは鋭い眼光でアレンを睨みつける。
しかし、アレンは動じない。
ただ静かに拳を固め、アレンはガレアの元へと歩みよる。その拳に救済を纏わせ、淡々と己の表情を変えることなく。
闇の中。
そこでガレアの影が揺れ、アレンの静かな決意が月光に反射する。
倣い。
森の闇が震える。
月光に照らされたそのガレアの瞳。
そこには、戦慄と覚悟が混ざっていた。
ガレアは手のひらをかざし、破壊の意思を森全体に広げる。
「奴を破壊せよ」
ガレアに命じられる森。
呼応し、枝や土が生き物のようにうねり、アレンを絡め取ろうとする。
しかしアレンの瞳に揺らぎはない。
【救済】
【破壊に森が従うことから】
無言。無表情。だがその眼差しには確固たる意思が宿っていた。
アレンの救済。
それにより、森は静けさを取り戻す。
森は再び、冷たい静寂に。
森の奥深く、月光が細い筋となって地面に落ちる。
照らされる二つの影。
ガレアは地面を蹴り、アレンの元へと疾走する。
アレンは、一歩も引かない。
手のひらをかざし、待つ。
目の前の闇の奔流を、ただ静かに、淡々と受け止める準備をするだけ。といわんばかりに。
そして二人は、ぶつかり合う。
「……」
アレンは声さえ発さず、ガレアの顔を掴む。
【救済】
【オマエを】
空気が裂け、森に鋭い衝撃が走る。
ガレアは宙に浮かされ、アレンの闇に飲み込まれていく。
アレンはただ、立ち尽くす。
無言。無表情。月光に照らされるその姿は、まるで闇と同化する存在そのもの。
消失する、ガレア。
森に再び静寂が戻る。
しかし、その静寂は、戦いの余韻を凍らせるように冷たかった。
アレンは一度も口を開かず、ただ、静かに足を前に進める。その瞳には、宿っていた。根源の闇を見据える意思。それが鮮明に。




