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「どうした?」
問いかける、アレン。
優しい声音。それをもって。
ダークウルフは、応えた。
瞳にナニかに対する畏れの灯火を宿し、その身を僅かに震わせながら。
その瞳を見据え、アレンは力を行使する。
【救済】
【ダークウルフがなにを恐れているのか。それを知らぬことから】
闇は答える。
ダークウルフの身。それに触れーー
アレンにその答えを伝える。
流れこむダークウルフの畏れの意味。
脳内に広がる、【得体の知れぬ闇】の侵食。それは地を腐らせ、少しずつ世界を蝕んでいく。まるで零れた一滴の水が紙に染み、それが広がっていくのと同じように。
そしてその闇は、アレンの【救済の闇】とはどこか違い、鮮明な【破壊】の意思が宿っていた。
静かに、アレンは立ち上がる。
そして、ダークウルフの側に歩み寄り、アレンはその身を撫でる。アレンに寄り添い、それを受け入れるダークウルフ。
まるで、あの時の恩を忘れていない。と言わんばかりに小さく鳴き声を漏らしながら。
【救済】
【ダークウルフを不安から】
瞳に僅かな光を宿す、アレン。
刹那。
ダークウルフは、その場に身を置く。
アレンに撫でられながら、ダークウルフは夢の世界へと落ちていく。安らかな寝顔。それを浮かべて。
その寝顔を見つめ、アレンはその手を離す。
そして、呟いた。
「世界を闇に」
「それは"俺一人"で充分だ」
己の胸中。
そこで、瞳から光を無くし、そう無機質に呟いたのであった。
※※※
「勇者様」
「……っ」
「な、なにがあったというのだ」
「え、エマ様ほどのお方が」
松明の光。その明かりに照らされたエマの姿。
頭を下げ、糸が切れた人形のようにその場にへたり込む格好のエマの亡骸。
それに、エマを迎えに来た城の使者たちは、皆一様にその顔を青ざめさせた。
そして、一人は呟く。
「闇。や、闇の仕業だ」
だが、彼等はそれを認めようとはしない。
己たちの不安。それを拒絶するかのように、口々に言葉を紡いでいく。
「闇ではない」
「あ、あぁそうだ。これはきっと」
「そ、そう。局地病の影響だ。局地病の」
だが、次の瞬間。
しゃがみ、エマの顔を覗いた、従者は息を飲む。
そしてぽつりと声をこぼした。
「闇」
「曇ることのない闇だ」
と。
エマの瞳。
そこに蠢く深淵の黒。まるでエマが死してもなおその身を蝕まんとする黒。それはまさしく、彼等が最も忌避する【闇】そのものだった。
※※※
森を抜け、アレンは、空を見る。
星が瞬き、黒の空を白く彩る。
風が吹き抜け、アレンの黒髪を揺らす。
呼応し、アレンの足元に闇が広がる。
まるでアレンの意思に応えるかのように。
【救済】
【救済以外が世界を蝕むことから】
風が止む。
そして、アレンの足は自らの闇に導かれるように、その歩みを進めていく。
一歩。一歩。その身に闇を纏い、揺らぐことのない思い。それを、その胸に秘めながら。




