20
〜〜〜
交易の街。
日の当たらぬ路地裏。
人々の喧騒とは隔絶されたそこには、亡骸と一人と一匹の存在があった。
ジークの亡骸。
その外傷なき遺体を見下ろし、深くフードを被った男は静かに声を落とす。
「闇の気配を感じる」
と。
その声に、男の肩に留まる一羽の鴉もまた鳴き声を漏らした。まるで、男の声に同意するように。
そして男は天を仰ぐ。
空は青い。しかし、男は感じていた。
闇の種。それが世界に芽吹かんとしている感覚。
それをはっきりと、その心に感じたのであった。
〜〜〜
ベッドに保護を名目に拘束され、白目を剥き、絶叫と発狂を繰り返すゴーダ。
その姿を見つめ、二人の白のローブを纏った男は会話を交わす。
「相変わらずだな」
「はい。変わらず絶叫をあげ続ける始末。まるで、幻惑の魔法をかけられたかのように」
「幻惑の魔法、か。しかし」
「えぇ……言いたいことは存じ上げます。ゴーダ様のご様子。それは、明らかに幻惑の魔法では説明がつかぬことが多すぎます。ですが、可能性の点に絞って結論を出すのでしたらーー」
「幻惑の魔法しか答えはないということだな」
「はい」
白髪頭の男は、頷く。
「上は報告を急かしております。まるで材料が欲しいかのように」
「材料?」
若い男の問いかけ。
それに返ってくる言葉。
「安心できる材料。"闇"が関与していない……という安心の材料を欲しておるのです。ゴーダの奴隷商に恨みを持つーーただの魔法使いの仕業。そう結論を出したいのではないのでしょうか?」
発狂し続ける、ゴーダ。
その姿を見据えながら、二人は押し黙る。
そしてその表情に滲むのは、得体の知れぬ【闇】に対する畏れの感情だった。
〜〜〜
廃墟と化した、村。
哀しみの亡骸が溢れる、村。
その地を離れる間際、アレンは手のひらをかざし、力を行使した。
光無き闇。それを己の瞳に揺らめかせーー
【救済】
【光に殺された村人たちの魂を】
見捨てられ、闇に縋り、その命を散らされた村人たち。その魂が、アレンの闇に取り込まれていく。
優しく。まるで、包み込まれるようにして。
その中で、アレンは瞼を閉じ聞いた。
"「誰も救ってはくれない。誰も。ダレも。光。勇者。世界。ダレも」"
"「だったら、だったら。闇に。ヤミに救いを求めてナニが悪い」"
"「なにが、光だ。ナニが、平和だ。ナニが、勇者さまだ」"
流れこむ。我が子の亡骸を燃やす父と母の姿。
流れこむ。嘆願書を破り捨てられ足蹴にされ、罵倒される村長の姿。
流れこむ。慟哭と絶望に包まれ、病に壊された村の変わり果てた様。
そしてーー
【救済】
【この村の真実を知らぬことから】
闇は、真実をうつす。
「局地病。ある局地にのみ流行る病の研究。その集大成として、生身の人間を実験台としたい」
「将来の闇への布石。局地にのみに流行る病を操ることができればーー」
「賛成だ。実験が終われば……焼き払う。或いは、勇者の一人に殲滅させれば良いだけの話」
生々しい声の連鎖。
それがアレンの内に反響する。
自然に握りしめられた、アレンの拳。
そして開かれるアレンの瞼。
闇に陰りはない。
そしてゆっくりと、アレンは村を後にする。
その胸に曇りなき救済を宿し、ただ前を見据え、その足を踏み出したのであった。




