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しかし、アレンは感じる。
己の背。そこに突き刺さる異様な気配。それを鮮明に。
瞬時にアレンを包む、闇。
それはまるで、アレンを外界から遮断するかのように濃く深淵にアレンを包み込む。
そして、アレンは聞いた。
「ふふ。あはははッ、ははは!!」
つんざく狂笑。
「もしかして同情してくれたのですか? 闇のくせにこの勇者に? ふふ。身の程を弁えていただけませんか?」
嘲りの声。
同時に、その声は更にその嘲りを増す。
「かわいそう。可哀想。不幸な勇者。まま、ぱぱ。と呟き、凄惨な過去を連想させるその姿。いかがでしたか? わたくし、道化の才能もあったりするでしょ?」
アレンは仰ぎ見る。
己の後ろ。声の響いた方向を、無機質な表情をもって。その瞳に光無き闇を宿しながら。
果たしてそのアレンの視線の先には佇んでいた。
血だらけの顔。
それを愛おしく両手で包み、恍惚とした笑みを浮かべるエマ。その真紅を纏う勇者が、亡骸になったと思わさせた存在が、その身をふらふらと揺らしながら。
「引っかかった。引っかかった。あなたは見て、聞いたでしょ? その闇を通じて……わたしの偽りの情景。偽りの父と母との思い出。偽りの不幸。そして偽りの死り。ふふ。如何でしたか? わたくしの偽りは?」
真紅の双眸。
見開かれる、エマの赤々と揺れる目。
その目を見据え、アレンは言葉を紡ぐ。
「勇者であること」
「それも"偽っていた"のか?」
淡々と。
一切の感情も宿すこともなく。
アレンの問いかけ。
エマはそれに、応えた。
仮面のような笑み。
それをたたえながらーー
「えぇ、えぇ。偽ってきました」
「だって、それが」
笑みを消し、瞳孔を開くエマ。
「本当の。わたくしのチカラ。なのですから」
「世界さえこのチカラを見破ることはできない。ふふ。お城のみなさんも、わたくしを赤の勇者だと信じて疑わなかった。偽りの、わたくしの姿を」
偽りの力。
それをあらゆるモノを偽り、自身にその力を付加するというモノ。
世界さえ欺くソレはまさしく、異端そのもの。
エマの身。
そこから赤が消える。
「もう赤の偽りはやめましょう。ふふ。勇者の偽りもやめましょう。これよりわたくしは……貴方の偽りをご覧にいれますわ」
「お題目はーー闇に堕ちた救済の勇者」
刹那。
エマの身に【偽り】の救済の闇が溢れる。
それにエマは、己の身を抱きしめ叫ぶ。
「闇、やみ。ヤミがワタクシのなかに。ナカに。中に。ナカに。中、ニ?」
エマの双眸に蠢く闇。
闇はエマを蝕み、ナカを侵食していく。
アレンはその様を見つめる。
【救済】
【意識が蝕まれることから】
【救済】
【闇に支配されることから】
【救済】
【命が侵食されることから】
【救済】【救済】【救済】
【自らをこの苦しみから】
【救済】
【救済】
「……っ」
エマはその場に蹲り、頭を抑える。
その顔には生気は無く、あるのは虚。
その姿に、アレンは静かにその場を後にした。
まるで自らが手を下す必要などない。
と言わんばかりに。
そして、すぐに。
エマは、飲み込まれる。
自らのチカラの所業による、偽りの【救済の闇】。
それに抗う術を知らず、ただ為されるがままに。
【救済】
【自らをこの苦しみから】
その命。
それを、偽りの救済の闇に蝕まれたのであった。




