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救済の闇  作者: ケイ


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19/39

灰色の空間に、静寂が訪れた。

飛び散った血肉はゆっくりと地面に落ち着く。エマは膝をついたまま、小さく荒い呼吸を繰り返していた。嗤いも声も、戦闘中の鋭さは失われている。


アレンは拳を引き、影のように静かに立つ。

掌にはまだ闇の余韻が残っている。

しかし、もはやその拳を振り下ろす必要はない。


エマはわずかに顔を上げる。

灰色の瞳の中に、わずかに光が宿る。

嗜虐ではなく、どこか悲しげな灯火。どこか儚い灯火。


その血だらけの顔に、アレンは声を落とす。


「オレは」


「オマエには止められない」


ぽたぽたと滴る、灰色の血の雫。

瞳には、闇。エマに向ける光は一切無い。


そんなアレンを見つめ、エマは声を紡ぐ。


「あぁ……なんて、すてきな、闇。なのかしら」


その声に宿るのは、淡い羨望。


〜〜〜


"「エマ。今日の夜はエマの大好きな」"


"「ふふふ。エマは本当に絵本が好きなのね」"


霞みゆく、意識。

そこに滲む、情景。


暖炉の火に包まれた温かなベッドの中。

父と母に寄り添われ、絵本を読んで。


〜〜〜


「あなたみたいな、闇が。素敵な闇が。きてくれたなら、よかった、のに。な」


アレンに手を伸ばし、エマは求めるようにその手に触れようとする。


理性なきマモノ

家に現れたその闇は、幼きエマを嘲笑うかのように、人を喰らった。

ぐちゃぐちゃと音を立て、泣き叫ぶエマを嘲りの横目で見つめながら。


膝を抱え、エマは父と母の喰われる様を見つめ続けた。ぽたぽたと壊れたように涙を流し続けながら。


そして、闇がエマに矛先を向けようとした時。


エマの心は赤に染まった。

エマは、【勇者】に選ばれた。


エマは視線を落とす。

嗤いは消え、短く息をついた後、力なく声を響かせる。


「やみだけは……ゆるせない。ど、どんなささいな芽でも摘まないといけない。けれど」


「ふふ……あなたみたいな、救済ヤミが咲いてくれるのなら……わたし、は」


灰色の空間。

そこで、二人だけが沈黙の中に存在する。

色を失った世界は、もはや戦闘の舞台ではない。

立つのは、闇と、かつて勇者だった一人の人間エマのみ。


アレンはゆっくりと手を伸ばし、エマの手に触れる。

そして、呟いた。


「オレは」


「この世界をきゅうさいで包む」


「ただそれだけだ」


エマは再び、顔を僅かにあげる。

そして、小さく微笑み、縋るように声を響かせる。


「あり、がとう」


救済ヤミの」


「ゆうしゃ、さま」


"「エマ。今日は救済の勇者様のお話をしてあげるわね」"


"「わーい!」"


消失される意識の中。

エマは優しく笑う父と母の笑顔を思い出す。


「まま。ぱぱ」


流したことのない涙。

それを一筋、エマは頬に伝わせる。


そして、アレンの手からエマの手のひらが擦り落ちる。

ふっと。まるで糸が切れた人形のように。


灰色の世界。微かな静寂が流れる。

二人の争いは終わった。

勇者エマの死をその結末として。


【救済】


【この空間を赤無き世界から】


アレンは、空間を元に戻す。

灰色が消え、世界は少しずつ赤を取り戻す。


エマの真紅に抱擁された亡骸。

それを見下ろし、しかしアレンの表情に曇りは無かった。


そして――赤が戻り、再び、赤に包まれたエマから意識を逸らし、アレンはその身を翻す。


闇に抱かれながら、その瞳に一切の揺らめきも起こすことなく。

その足を踏み出したのであった。

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