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救済の闇  作者: ケイ


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18/39

赤が消えた世界。


空間が歪み、景色は赤無き世界に変貌していた。

エマの鮮烈な赤は、もはや存在せず、その服も髪も瞳も――灰色の影のように沈んでいた。


しかし、エマは嗤う。


「ふふ。どうしたの? それだけ?」


色を無くし瓦解する血の剣。


だがその声には、嗜虐の波が未だ微かに残っている。

だが、赤を失った世界では、感情すらもどこか遠く、冷たい静寂に溶けてしまったかのようだった。


アレンは踏みしめた足に力を込める。

闇に意思を込めながら。


周囲の空気がひび割れ、歪む。

アレンの掌。そこから黒く、どす黒い闇のような力が迸り、周囲を黒に染めた。


ペロリと舌舐めずりをしーー


エマは鋭い動きで距離を詰める。

まるで、獲物に取りかかる捕食者を思わせる動体の動きをもって。


まるで、赤に頼らずとも充分だと言わんばかりに。


「ふふ。はははッ!」


エマの蹴り上げられた、華奢な左足。

それが、狂笑と共に無彩色の空間を切り裂く。


並外れた身体能力。


【救済】


【蹴られることから】


アレンの闇。

それが、ぎしりと空間をねじり、エマの動線を外す。


ねじれた空間に足を取られ、エマは一瞬バランスを崩す。しかし、その瞳は興奮に輝いていた。嗜虐の感情は色を失ってもなお、内側から迸る。


後ろへ跳躍する、エマ。

そしてアレンと距離を置き、エマは声を紡いだ。


「不思議な力。その闇。どんな力なのかしら?」


エマの品定めをするかのような、眼差し。


「でもね、最後には闇は敗れる運命なの。ふふ。闇は勇者に勝てないの。それが、必然なのだから」


【殺意を刃に】


意を表明し、エマは微笑む。


そして、軽く振るわれた、エマの手。


刹那。目に見えぬ斬撃がアレンへと飛来する。

風の音。それさえも置き去りにし、アレンへとその牙を向けた。


【救済】


【迫る攻撃から】


同時に、アレンは手を闇を帯びた翳し、黒い力で斬撃を受け止める。


【救済】


【エマの斬撃から】


重ねられる、救済。


衝撃は掌から腕を伝い、骨まで震わせた。

だがアレンの表情に陰りはない。


そのアレンの姿。

それに、エマは昂る。


「いい。いいわ」


【救済】


【生きるという苦悩から】


アレンは力を集中させ、空間を再び歪める。

赤を奪った世界の中で、黒の力が広がり、闇がエマの体を包み込むように襲う。


だが、エマは苦しむことなく、笑う。


「あぁ、気持ちいい」


「貴方の闇。わたしを、苦悩から"救ってくれる"の?」


その笑み。

それはまるで、痛みを楽しんでいるかのよう。

闇がなそうとすること。それを、エマは悟る。


そして、呟いた。


「もしかして、貴方」


「救済の勇者?」


一瞬の静寂。


そして、エマの姿がふっと消え――アレンの背後かから、影のような形で再び現れる。


囁かれる、エマの言葉。


「わたしに苦悩なんてない。だから、私の"全て"は……貴方に救ってもらうことなんてないの。だって、わたしにはもう。なにもないもの」


どこか悲しげな声音。


しかし彼女の嗜虐の本能は変わらず、動きもまた異様。

そして救いさえも超越した、エマ。

アレンは、己の力だけでは、この相手を完全に封じることはできないと悟る。


だが、目を閉じ、呼吸を整え、アレンは内なる闇に問う。


【救済】


【救いを求めぬモノに救いは与えられるのか】


と。


闇は応える。

ただじわりとその密度を濃くして。


アレンはそれに悟る。

間接的な救済ではなく、直接的な救済。

それをもって、エマを救済こわすしかないと。


再び軋む、空間。

赤のない世界の中。その中で二人の戦いはより激烈に、より密度の濃いものへと変貌していく。


再び、エマはアレンの視線の先へと身を置く。

瞬きの間に。蝶のように跳躍しながら。


そして、赤が消えた世界――灰色の空間の中、二人は互いを睨み合う。


「できるモノなら、救ってみせて」


救済ヤミの勇者様」


エマが一気に距離を詰め、鞭のような腕でアレンの顔面を打ち据えようとする。


【救済】


【奴の腕から】


アレンは瞬間的に体をひねり、空間ごとねじ曲げてかわす。


アレンの身から黒い力が広がりし、足元の地面を割る。破片が宙を舞い、エマの軌道を一瞬狂わせる。


だが、エマは空中で反転し、地に着地。

そして、残像を置き去りにし、再びアレンとの距離を詰める。


ぶつかる闇と勇者エマ


二人の衝撃が空間を震わせ、音もなく灰色の衝撃波が波紋のように広がっていく。


互いに手を組み合わせる、二人。


アレンは闇を集中させ、防御と反撃を同時に行う。


【救済】


【奴の足元の地。それが踏まれることから】


呼応し、エマの足元の地が消失。

足を取られ、エマは身のバランスを崩す。


そこにアレンは、拳を叩き込む。

エマの笑ったままの表情。

その、嗜虐に満ちた顔にーー


【救済】


【拳が外れることから】


【救済】


【躊躇うことから】


そんな救済を込めた拳。

それを躊躇いなく。


べきッ


と、響く鈍い音。


飛び散る、血。

しかしその色は無。

赤がない世界。そこでは血に色は無い。


あるのは静かに両膝をつき、肩で息をし、俯くーー勇者エマ。ただ一人だった。


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