⑯
降り注ぐ日の光。それを浴び、エマは鼻歌を囀っていた。己が壊滅へと導いた村。その中央にある切り株に腰を下ろし、幸福に満ちた笑みを浮かべて。
エマの鼻腔。それをくすぐる人の焼けた臭い。
エマの鼓膜。そこをくすぐる闇を焼き終えた火の燻る音色。
その二つの心地良さに、エマは独り呟いてみせる。
「次はどんな闇を狩りましょう。ふふふ。次は、もう少し歯ごたえのあるモノを狩らせてはいただけないかしら?」
紡がれるエマの言葉。
「そういえば」
ふと、エマは視線を上に向けた。
視界に広がる青い空。流れる雲。
その光景を見つめ、エマは更に続ける。
「交易の街。そこに、赤き剣を振るう勇者が居る。と聞いたことがありました。まだ、いらっしゃるかしら?」
命を受け、城から村へと出発するその時。
エマの耳に届いたそんな情報。所詮、たんなる噂だと気にも止めなかった。
だが今、こうして思い出してみると、無性に気になってしまう。
「よいしょっと」
立ち上がり、エマは風に赤髪を揺らす。
同時に真紅の瞳に宿る好奇の灯火。
「城に帰る前に。ちょっと寄り道しましょうか」
胸中で呟き、エマはその身を翻す。
エマの赤々としたオーラ。それもまた呼応し、深紅のローブをふわりと靡かせる。
そして、エマがその足を踏み出そうとーー
ずしりっ
と、空気が重くなる。
倣い、日の光が雲に隠れ、周囲は陰る。
しかし、エマの表情は異質だった。
愉しそうな表情に、仮面のような笑み。
その二つの異様をたたえ、エマは声を漏らす。
「闇。純然で綺麗な闇」
「ふふ。勇者が狩るべき闇」
「昂ってきてしまいます」
身震いをし、エマは見る。
流れるように、己の後ろを。
真紅に染まった双眸。そこに恍惚の灯火を宿し、一人の人間ではなく一人の勇者として。
闇はソコに居た。
漆黒のローブを纏い、そこに佇んでいた。
顔は無機質。
しかしその瞳には、紛うことなき深淵が蠢く。
周囲の木々は枯れ、色を無くし、死を体現してるようにエマの目にはうつる。
「ふふ。ふふ」
感情の灯らない微笑い。
それを紡ぎ、エマは自らの手首を切る。懐に忍ばせた小刀。それをもって淡々と。
そして、アレンへと歩みを進めるエマ。
自らの足元。そこに真紅をこぼしながら。
勇者。
その力はーー
「私は赤を支配。します」
「紅。如何なるモノを貫く剣になって」
滴る己の血。
血の紅がエマの意に応える。
エマの周囲。
そこに浮遊する、血の剣。
そのひとつを掴み、エマはアレンに刃先を向けた。
距離を詰めながら、
「あぁ、はやく。闇を狩ってさしあげたい。赤の血を支配し、その身体を八つ裂きにしても構わないのですよ? でも、わたしは。ふふ。あなたをこの手で苦しめたい」
そう声を響かせ、仄かに己の頬を赤らめて。
エマの姿。
赤き勇者の姿。
その姿を見据え、アレンは聞く。
己の内。
そこに響く助けを乞う声の反響。
そして、脳内に流れ込む情景を。
〜〜〜
怒り。悲しみ。憎しみ。
勇者を信じ、光を信じ、国を信じーー
"「ゴミ」"
と断罪され、虐殺された弱きモノたちの声が流れ込んでくる。
"「おとう、さん。ゆうしゃさまは、ぼくたちを。たすけて、くれるよね」"
病に伏した幼き子は、父に問うた。
朦朧とする意識の中で。
父は応えた。
「あ、あぁ。きっと、きっと。勇者様が。国が。光が。この村を救ってくれる。だから、だから」
と。
光に見捨てられ、闇に縋った村人たち。
満月の夜。悲しみと絶望にくれた村人たちは、禁忌とされる儀式を執り行おうとーー
〜〜〜
そこで声が途絶え、アレンもまたその足を踏みしめる。
闇を引き連れ、赤を纏うエマの姿を無機質に見据えながら。
エマは嗤う。
「ふふ。ふふ」
小馬鹿にしたような微笑い。
そして、エマは駆け出す。
アレンに向け、嗜虐に満ちた表情をたたえながら。
刹那。
【救済】
【赤という色からこの空間を】
行使される、アレンの力。
歪む空間。
軋むアカ。
そして、空間から【赤】という色がーー消失したのであった。




