⑮
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月光。
それが、乱れる雲の隙間から差し込み、廃れた村の石畳を白く染める。木造の家々は軋み、風に煽られた窓板がカタカタと乾いた音を立てる。
ここは、かつて平穏だったはずの村。だが今は、【闇狩りの勇者】の手によって血の匂いが染み付いた恐怖の巣窟となっていた。
「闇の芽。それは、摘んでしまわなければなりません。花を咲かせる前に。世界に仇を為す花を咲かせる。その前に」
響く恍惚とした声。
吹き抜ける熱風。
それに赤髪を揺らし、女勇者は微笑む。
焔のように赤い瞳。真紅のローブに身を包み、純白の頬には返り血。
その姿。それは、狩りを終え獲物を咥える捕食者のソレだった。
風に乗って、遠くから呻き声が聞こえる。
転がる焼かれた死体。「いたい。いたい」と泣き叫ぶ声。火が燃え盛る香り。すべてが、混沌として渦巻く夜の帳の中で、ひとつに溶けていく。
それを心地良さげに聞き、エマは嗤う。
「またこれで、世界は一歩。平和に近づきました。勇者であるこのわたしのおかげで」
足元の石畳。
そこにエマの影は長く、歪んだ形となって村の奥へ伸びる。【勇者】の力は静かに広がり、彼女の周囲の空気を赤々と染色していく。
そこに、微かな衝撃。
エマの足元。
そこに放り投げられた石ころが転がる。
そして同時につんざく悲鳴に似た絶叫。
「おッ、お前は勇者なんかじゃない!! お前はッ、ただの虐殺者だ!! みッ、みんなを返せ!! このッ、悪魔め!!」
笑みを無くす、エマ。
そして声の響いた方向を仰ぎ見、エマは目を見開く。
その眼差しに宿るのは、殺気。
「悪魔? ダレが? 悪魔はあなたたちでしょ? 知ってるよ。この美しい満月の夜。そこにわたしが来なかったら……あんたたちは【闇の儀式】をしようとしてた」
紡がれた言葉。
そこに宿ったのも殺気。
身を翻し、エマは震え立ち尽くす村人の男との距離を詰めていく。
「舐めないでくれる? こんなちっぽけな村ごときの悪巧み。そんなの、筒抜けなんだから」
唇を噛み締め、男はエマに向け駆け出す。
その手に鍬を握りしめ、その頬に"家族を失った涙"をつたわせながら。
「だ、だれもッ、あの時ッ助けてはくれなかった!! 王もッ、勇者共も!! 流行病のこの村を見捨てたのはおまえたちだ!! だったらッ、だったらッ、闇に縋るしかーーッ」
嗤う、エマ。
そして、数秒の後。
あがる絶叫。
飛び散る肉片と赤黒い血。
「これでまた、世界は一歩近づきました。勇者のおかげで、平和という名の光へと」
引きちぎった男の首。
それを地に転がし、足で踏みつけ、エマは熱っぽい表情で声を響かせた。
まるで、自らこそが【勇者】だと世界に示すように。
その顔に、歪んだ笑みを浮かべながら。
〜〜〜
日が昇り。
アレンは交易の街を離れ、王都を向け、歩みを進めていた。誰にも関心を抱かず、ただその胸に闇を蠢かせながら。
交易の街。
そこから伸びる道は、各方面につながる。
そして最も広く石畳で舗装された道は【凱旋の道】と呼ばれ、王都へと向かう道として、多くの人々が行き交う。
馬車を引く商人。冒険家。品物を荷車に乗せ引く行商人など。
皆が皆、それぞれの目的をもって。
そんな道をアレンは進んでいた。
「闇狩りの勇者が、命を実行したようだ」
「また。ひとつの村が壊滅したらしい」
「ほんとうか?」
「あぁ。王都からの報せが届いたからな」
「儀式を行おうとした罪。だそうだ」
「その村ってのは、どこの村だ?」
「ん? 確かーー」
アレンの耳。
そこに入ってくる行き交う人々の言葉。
その言葉に、アレンの闇は反応を示す。
【勇者】
という言葉。それに対して。
アレンの瞳。
そこに宿る深淵の闇は微動だにしない。
だが、その中に揺らめく曇りなき救済。
【救済】
【勇者が闇を狩ることから】
そしてアレンの歩みは、勇者へと向く。
アレンは歩き出す。勇者に向けて。
闇と白光の狭間。その中で、【救済の闇】に導かれるようにしてーー。




