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救済の闇  作者: ケイ


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16/39

〜〜〜


月光。

それが、乱れる雲の隙間から差し込み、廃れた村の石畳を白く染める。木造の家々は軋み、風に煽られた窓板がカタカタと乾いた音を立てる。


ここは、かつて平穏だったはずの村。だが今は、【闇狩りの勇者】の手によって血の匂いが染み付いた恐怖の巣窟となっていた。


「闇の芽。それは、摘んでしまわなければなりません。花を咲かせる前に。世界に仇を為す花を咲かせる。その前に」


響く恍惚とした声。


吹き抜ける熱風。

それに赤髪を揺らし、女勇者エマは微笑む。

焔のように赤い瞳。真紅のローブに身を包み、純白の頬には返り血。

その姿。それは、狩りを終え獲物を咥える捕食者のソレだった。


風に乗って、遠くから呻き声が聞こえる。

転がる焼かれた死体。「いたい。いたい」と泣き叫ぶ声。火が燃え盛る香り。すべてが、混沌として渦巻く夜の帳の中で、ひとつに溶けていく。


それを心地良さげに聞き、エマは嗤う。


「またこれで、世界は一歩。平和に近づきました。勇者であるこのわたしのおかげで」


足元の石畳。

そこにエマの影は長く、歪んだ形となって村の奥へ伸びる。【勇者】の力は静かに広がり、彼女の周囲の空気を赤々と染色していく。


そこに、微かな衝撃。


エマの足元。

そこに放り投げられた石ころが転がる。

そして同時につんざく悲鳴に似た絶叫。


「おッ、お前は勇者なんかじゃない!! お前はッ、ただの虐殺者だ!! みッ、みんなを返せ!! このッ、悪魔め!!」


笑みを無くす、エマ。

そして声の響いた方向を仰ぎ見、エマは目を見開く。

その眼差しに宿るのは、殺気。


「悪魔? ダレが? 悪魔はあなたたちでしょ? 知ってるよ。この美しい満月の夜。そこにわたしが来なかったら……あんたたちは【闇の儀式】をしようとしてた」


紡がれた言葉。

そこに宿ったのも殺気。

身を翻し、エマは震え立ち尽くす村人の男との距離を詰めていく。


「舐めないでくれる? こんなちっぽけな村ごときの悪巧み。そんなの、筒抜けなんだから」


唇を噛み締め、男はエマに向け駆け出す。

その手に鍬を握りしめ、その頬に"家族を失った涙"をつたわせながら。


「だ、だれもッ、あの時ッ助けてはくれなかった!! 王もッ、勇者共も!! 流行病のこの村を見捨てたのはおまえたちだ!! だったらッ、だったらッ、闇に縋るしかーーッ」


嗤う、エマ。


そして、数秒の後。


あがる絶叫。

飛び散る肉片と赤黒い血。


「これでまた、世界は一歩近づきました。勇者わたしのおかげで、平和という名の光へと」


引きちぎった男の首。

それを地に転がし、足で踏みつけ、エマは熱っぽい表情で声を響かせた。


まるで、自らこそが【勇者】だと世界に示すように。

その顔に、歪んだ笑みを浮かべながら。


〜〜〜


日が昇り。

アレンは交易の街を離れ、王都を向け、歩みを進めていた。誰にも関心を抱かず、ただその胸に闇を蠢かせながら。


交易の街。

そこから伸びる道は、各方面につながる。

そして最も広く石畳で舗装された道は【凱旋の道】と呼ばれ、王都へと向かう道として、多くの人々が行き交う。


馬車を引く商人。冒険家。品物を荷車に乗せ引く行商人など。

皆が皆、それぞれの目的をもって。


そんな道をアレンは進んでいた。


「闇狩りの勇者が、命を実行したようだ」


「また。ひとつの村が壊滅したらしい」


「ほんとうか?」


「あぁ。王都からの報せが届いたからな」


「儀式を行おうとした罪。だそうだ」


「その村ってのは、どこの村だ?」


「ん? 確かーー」


アレンの耳。

そこに入ってくる行き交う人々の言葉。

その言葉に、アレンの闇は反応を示す。


【勇者】


という言葉。それに対して。


アレンの瞳。

そこに宿る深淵の闇は微動だにしない。

だが、その中に揺らめく曇りなき救済。


【救済】


【勇者が闇を狩ることから】


そしてアレンの歩みは、勇者へと向く。


アレンは歩き出す。勇者に向けて。

闇と白光の狭間。その中で、【救済の闇】に導かれるようにしてーー。


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