⑭
【声】を聞く意思。
それを遮断し、アレンは踵を返す。
闇を引き連れ、【救済】をその胸に秘めて。
そのときだった。
――チリン。
夜の静寂を破る、小さな鈴の音。
それは風に運ばれるには不自然な、意図を帯びた響きだった。
アレンは見る。音の響いた方向を。
視線の先。波止場の端に、古びた街灯が一本だけ立っていた。
灯火はとうに絶えているはずなのに、その下に「誰か」が佇む。
小柄な影。
漆黒の外套を纏い、鈴を吊り下げた杖を携える少女。
その顔は影に覆われて見えない。だが、アレンの双眸に宿る闇は彼女を照らし、ただならぬ気配を映し出す。
「ようやく」
鈴の音と共に、低くも澄んだ声が海風に溶けた。
彼女は一歩、アレンへと近づく。
波止場に響く靴音は、まるで時を刻む鐘の音のように重く響き渡る。
「ようやく。見つけました。闇に立つ勇者を」
その言葉と同時に、空気が変わった。
海の黒はさらに濃く、波のひとつひとつが呻きのような声を上げ始める。
アレンを求める声――いや、少女自身をも試すかのような声。
闇は呼応する。
アレンの肩から指先へ、蠢く影が広がり、波止場全体を包み込む。
【救済】
【少女の正体を知らぬことから】
呼応し、闇はアレンに応えた。
「闇の使者」
反響する、アレンの無機質な声。
しかし少女は怯まない。
まるで、己は同類と言わんばかりに。
彼女は杖の鈴を鳴らす。
――チリン。
その音に、アレンの闇の一部が一瞬だけ引き下がる。
それはまるで、見えざる秩序に従わざるを得ないかのよう。
だが、闇はアレンの命を待つ。【救済】という名の意思の表明。それを、静かに。
「アレン」
「救済の勇者」
響く少女の声。
それはひどく生気の宿らない声。
「しかしその力は闇に転じ、世界を崩す力へと」
淡々と言葉を紡ぐ、少女。
その瞳は影に覆われながらも、確かな意志を秘めている。
「アレン。その力。その、世界を崩す力。それを闇の為に」
アレンは応えない。
ただ静かに、彼女を見据えたまま、闇を足下へと収めていく。
闇は波止場からすうっと引き、海のうねりも静まっていく。
月の光。雲間から差し込む白光が強くなる。
その光の下で、アレンと少女の視線は交わった。
そして、アレンは吐き捨てた。
少女の言わんとすること。それを、見据えて。
「これはオレだけの」
「オレだけの復讐だ」
「だれのモノでもない。オレだけのーー」
【救済】
【闇の干渉から】
行使される、救済の力。
瞬間。
リリスの身が闇に同化し、消える。
干渉を許さない【救済】の意思により、まるではじめからそこにはなにもなかったかのように。
そしてアレンもまた三度、その足を踏み出す。
闇と共に身を翻して。
アレンの瞳。
そこに宿るのは、あらゆるモノの干渉を許さないという揺らぎない意思。そして、決して曇ることのない深淵の闇の揺らめきだった。




