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救済の闇  作者: ケイ


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15/39

【声】を聞く意思。

それを遮断し、アレンは踵を返す。

闇を引き連れ、【救済】をその胸に秘めて。


そのときだった。


――チリン。


夜の静寂を破る、小さな鈴の音。

それは風に運ばれるには不自然な、意図を帯びた響きだった。


アレンは見る。音の響いた方向を。

視線の先。波止場の端に、古びた街灯が一本だけ立っていた。

灯火はとうに絶えているはずなのに、その下に「誰か」が佇む。


小柄な影。

漆黒の外套を纏い、鈴を吊り下げた杖を携える少女。

その顔は影に覆われて見えない。だが、アレンの双眸に宿る闇は彼女を照らし、ただならぬ気配を映し出す。


「ようやく」


鈴の音と共に、低くも澄んだ声が海風に溶けた。

彼女は一歩、アレンへと近づく。

波止場に響く靴音は、まるで時を刻む鐘の音のように重く響き渡る。


「ようやく。見つけました。こちらに立つ勇者あなたを」


その言葉と同時に、空気が変わった。

海の黒はさらに濃く、波のひとつひとつが呻きのような声を上げ始める。

アレンを求める声――いや、少女自身をも試すかのような声。


闇は呼応する。

アレンの肩から指先へ、蠢く影が広がり、波止場全体を包み込む。


【救済】


【少女の正体を知らぬことから】


呼応し、闇はアレンに応えた。


「闇の使者イリス


反響する、アレンの無機質な声。


しかし少女は怯まない。

まるで、己は同類と言わんばかりに。


彼女は杖の鈴を鳴らす。


――チリン。


その音に、アレンの闇の一部が一瞬だけ引き下がる。

それはまるで、見えざる秩序に従わざるを得ないかのよう。

だが、闇はアレンの命を待つ。【救済】という名の意思の表明。それを、静かに。


「アレン」


「救済の勇者」


響く少女の声。

それはひどく生気の宿らない声。


「しかしその力は闇に転じ、世界を崩す力へと」


淡々と言葉を紡ぐ、少女。

その瞳は影に覆われながらも、確かな意志を秘めている。


「アレン。その力。その、世界を崩す力。それをわたくしたちの為に」


アレンは応えない。

ただ静かに、彼女を見据えたまま、闇を足下へと収めていく。

闇は波止場からすうっと引き、海のうねりも静まっていく。


月の光。雲間から差し込む白光が強くなる。

その光の下で、アレンと少女の視線は交わった。


そして、アレンは吐き捨てた。

少女の言わんとすること。それを、見据えて。


「これはオレだけの」


「オレだけの復讐だ」


「だれのモノでもない。オレだけのーー」


【救済】


【闇の干渉から】


行使される、救済の力。


瞬間。

リリスの身が闇に同化し、消える。

干渉を許さない【救済】の意思により、まるではじめからそこにはなにもなかったかのように。


そしてアレンもまた三度、その足を踏み出す。

闇と共に身を翻して。


アレンの瞳。


そこに宿るのは、あらゆるモノの干渉を許さないという揺らぎない意思。そして、決して曇ることのない深淵の闇の揺らめきだった。

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