⑨
軋む空間。
アレンの拳。それは、大気を震わせ振動させる。
沈む、クリスの身。
顔は原型を留めず、もはや人であったことさえわからない。
【救済】
【二体の亡骸を見ることから】
拳から血を滴らせながら、アレンは力を行使。
呼応し、レオナとクリスの亡骸がソコから消失する。
音も無く闇に包まれ、最初からソコにはなにもなかったかのように。
身を翻し、アレンはその場から離れる。
表情は無機質。瞳には揺らぎない闇。
そんなアレンに縋り、少女は共に歩む。
ふらつき。アレンを唯一の心の拠り所にして。
"「わたし。あした。村をはなれることになったの」"
"「でも。だいじょうぶ。こうえき?のまちだから。たのしいこと。たくさん」"
縋る少女の姿。
それに、アレンは記憶の片隅に残る名も知らぬ少女を重ねる。
朧げな記憶。幼き日の温かな思い出。
そして、二度と。
少女は村には帰ってはこなかった。
双眸にゆらめく闇。
【救済】
【クリスとレオナ。その二人をアレンに差し向けた相手。それを知らぬことから】
救済の闇は、アレンに応える。
アレンの脳内。
そこに浮かぶ、豪奢な屋敷と一人の男の姿。
名は、ゴーダ。
歩む、アレンと少女。
その二人を照らす、月の光。
それは純白。しかし、二人の瞳に揺らぐ闇は黒く。途方もない漆黒に彩られていた。
〜〜〜
時は既に経っている。
だが、吉報はゴーダの元には届かない。
「くそっ。遅いッ、遅すぎる!! 何をやっているんだッ、あの二人は!!」
怒りを露わにし、ドンッと窓を叩くゴーダ。
「あんな奴隷を殺すことなど容易いはずだッ、それなのになぜッ、俺の元に報せが届かない!!」
既に雨はあがり、月が街を照らしている。
窓の外に広がる静かな街並み。白く月光に照らされたその景色はどこか神秘的な美しさ。
だがそれとは対照的に、ゴーダの心中は穏やかではない。
あれから数時間。時が経った。
ゴーダが下した命。
それは、元奴隷を始末すること。
あのクリスとレオナの力があれば、赤子の手をひねるほどに簡単な命令のはず。
それなのに、なぜ。
ゴーダは、唇を噛み締める。
こうなれば、更に傭兵を雇い……いや。その金があれば、新しい奴隷をまた、"あの村"からーー
歯軋りをし、更に思考を重ねようとしたゴーダ。
だが、そこに。
ゆっくりと扉が開かれる音が響く。
その音に、ゴーダは忌々しく声を発する。
振り返らず、窓を見つめたままの格好で。
「遅いぞ、クリスにレオナ」
「当然。あの元奴隷は始末してきたんだろうな?」
声は返ってこない。
それにゴーダは、更に声を響かせた。
「まさかとは思うが……始末はできなかった。と答えるつもりか?」
「ふんっ。もし、そんなことを言ってみろ。お前らとの契約は全て破棄だ。もちろん。これまでに支払った金品もすべて返してーー」
もらうぞ。
しかし、ゴーダの声はそれ以上、響くことはなかった。
【救済】
【肺が呼吸をすることから】
刹那。
ゴーダは胸を抑え、目を見開く。
その目は血走り、まるで陸に打ち上げられた魚のよう。
口をぱくぱくさせ、振り返るゴーダ。
そんなゴーダの視線の先。
そこには、漆黒の闇に包まれた二人ーーアレンと少女が佇んでいた。




