東方修練4
魔術領域『無頼乾坤』
ラッツェルディーンが展開したこの領域下では、攻撃及びバフ、デバフの距離が近ければ近い程に威力が増し、遠ければ遠い程に威力が軽減される。要するに、「拳で語ろや?」を強制する空間を形成する魔術である。
「くははははっ!!!楽しいなぁ!!すっげぇよ、お前!今まで俺に殴り合いで勝てる奴なんざ居なかった!!お前で二人目だよ!二人目!!ああもう!マッジ最高の気分だわ!!」
そんな領域下で、爛々と目を輝かせラッツェルディーンへと殴りかかる青年、シュウ。酷く愉快げな彼に対して、ラッツェルディーンは不愉快げに顔を歪めていた。
「なんというか、気持ちはわかりますが、、、非常に不愉快ですね。今すぐにでも消えて欲しい。
ん?ああ成る程これがママが言っていた『同族嫌悪』という奴ですか、、、普段の態度を多少改めた方が良いんでしょうかね?」
これと同じと思われるのはちょっと、、、と若干意気消沈しているラッツェルディーン。経験と実力からして、シュウ程度であれば軽く圧倒できる彼女が、今も足止めされ続けているのには理由があった。
「『付与』。淫魔法『絶頂』」
シュウが危なくなる度に飛んで来る『淫魔法』。回復と快楽の2つの特性を持つこの魔法は、負傷者には回復としての効果を。健常者には欲情の効果を与える。
この魔法、何が一番厄介かといえば、攻撃ではない、ということが挙げられる。分類上回復魔法になるこの魔法系統は、無頼乾坤の力で無効化することができないのだ。
また、
「ビット、『シールド』」
「チッ」
「ウェドゥネスぅ、やるじゃなぁい」
「ありがとうございます、お姉さま」
衝撃波などで術者の少女、リリムを攻撃しようにも、己のビットのうち一つの上に乗せたリリムを、側に控えるウェドゥネスが完璧に守護しきっていた。
「『付与』。淫魔法『発情』」
「~~~~~~っ!!!」
さらには、『必中』。リリムはウェドゥネスのビットへと魔法を付与して放つことにより、ウェドゥネスのパッシブスキルである『必中』の効果を、自身の放つ魔法にも与えいた。
「どぉしたんだ?顔真っ赤に染めちまってよぉ!!くはっ!わかるぜ。興奮してんだろ?このルールもクソもねぇ殴り合いよぉ!!俺もだぁぁ!!!!!」
「シュウは相変わらず力だけのバカねぇ。少し考えればわかるでしょうにぃ。教育が小学生で止まっているのかしらぁ?」
「お姉さまがそうなるように染め上げたのでは?(ボソッ)」
「なぁにぃ?ウェドゥネス」
「いえ、なんでもありません!!」
「フフフ。そぉお?」
昔のシュウはそこらの不良を率いる番長であった。その頃は断然知性もあり頭が切れた。顔も良く知性もある。ウェドゥネスも少し良いかも等と考えていた時期もあったが今は、、、
いや、これ以上は良くない。ウェドゥネスは頭を振り、今の思考を消す。こんなことを考えていれば、お姉さまに次は私が染められてしまう。
そんなことを考えているであろうウェドゥネスの横顔を見て、リリムはクスクスと笑う。
前世、今生と色々と穢れてきたリリムにとって、純情なウェドゥネスは可愛い妹のような存在だった。
「戦闘中によそ見とは、随時とまあ余裕そうですねぇ?」
怒気を孕んだ声。リリムが振り向けば、いつの間にかボロ雑巾の様になったシュウを背に、ラッツェルディーンがリリムらの方へと歩いてきていた。
遠距離特化のリリムとウェドゥネスでは、ラッツェルディーンには逆立ちしても勝てない。特に領域下では。
そんな中、よくも意識を逸らせされたなと、ラッツェルディーンは却って感心していた。そして、それ以上にキレていた。
「油断?そうねぇ。でも大丈夫じゃなぁい?だってま、だ、」
リリムはラッツェルディーンの後方へと指を差した。
「良いねぇ!!良いねぇ!!!お前とやり合ってる、それだけで俺は強くなる。何より楽しい!!フッファ!!最高かよぉ!!!!!」
立ち上がり、嬉しそうに叫ぶシュウ。全身が血だらけ青あざだらけでふらふらになりながらも、彼の戦意は衰えるどころかむしろ増していた。
そんなシュウを、ラッツェルディーンは無視していた。もう用はないとでも言わんばかりに、気にも止めずにリリムらへと歩を進める。
「おいおいおい!!無視してんじゃ──────
裏拳。襲いかかるシュウに対し、振り向きもせずラッツェルディーンが放ったその一発は、数十m先まで吹き飛ばした。
ただでさえぼろぼろだったシュウ。これだけの距離を引き離されれば、シュウが走って戻るよりも、ラッツェルディーンがリリムらへとたどり着く方が早い。
「んー。ウェドゥネスぅ、にげ─────
「逃がすとでもお思いですか???」
縮地。今さらになって逃げようとしたリリムの顔面へと、たった一歩で肉薄したラッツェルディーンの拳がめり込んだ。
「っ!!!お姉さま!!!!」
吹き飛ばされたリリム。彼女を助けようと、咄嗟に振り向いたウェドゥネスの横腹に、ラッツェルディーンの貫手が突き刺さる。
「かっ、、、はっ!!!」
腹部を貫かれたウェドゥネスは、その場に倒れこんだ。
どうせこいつらは殺せばポータルで復活してしまう。ならばこのまま放置した方が痛めつけられるか。そう考えたラッツェルディーンは不肖なマスターの援助にでも行こうかと方向を変えようとし、
止まった。
「だからお前らでは無理だと言っただろう。油断をすれば一瞬で崩れる戦況で、のうのうと会話などするから負けるのだ」
「ウェドゥネスぅ、睡眠中に勇者に封印されたバカが何か何か言ってるわぁ」
「ゴフッ、、、の、ノーコメントです」
「あらそぉお?」
体の半身から煤の吹き出した黒髪の男。彼の纏う莫大な覇気に、ラッツェルディーンは眉を潜めた。背中を伝う冷や汗を、別の感情で覆い隠そうとするかのように。




