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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第1章 星屑の森の魔法使い
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05 守りし者

 若い魔法使いは足早に森を移動する。

 自分の後をついてくる少年が遅れないか気を配っているため全速力というわけにはいかない。

 だが急がねばならなかった。


 風に長い白金の髪が煽られても気に留める余裕はない。


 ――この子に続いて大人が侵入したことで挑発されていると誤解している!


 アランのそばについて飛行する小さな精霊は子供にわかりやすい姿で誘導を続けている。

 本来精霊は人の前に気安く姿を現すものではなかったが、最近は好奇心旺盛な一部が自ら人間との接触を図っていると聞いていた。


 ――まさか森に移り住んで、早速実例に遭遇するとはね……。


 微笑ましく思う半面、少しばかり気が重くなった。この森の現状は、役所で働く魔法使いたちが話していたとおりだったからだ。

 ザザッとあたりの茂みがざわついた。反射的に魔法使いが立ち止まると、必死に追いかけてきた少年が勢い余って転びかけた。


「どうしたの?」

「話はあとにして!」


 前のめりになったアランを小脇に抱えた次の瞬間だった。

 茂みから夏蔦が鞭のように魔法使いを襲う。

 衝撃で落下した己の葉を見事に切り裂く。


「ひ……っ」


 さして太くもない蔦だからこそ針金のように柔軟かつ鋭い切れ味を持っていた。

 魔法使いがいち早く飛びのいていなければ、同じ運命を辿っていたかもしれない。

 これは殺意がないとは思えなかった。


「ここまでこじれているとは……!」


 ――人間の大人では精霊たちも加減はしないかもしれない。


 土手から転がり落ちたアランを見つけたときも、生きた心地はしなかった。まさか、精霊が人間の子供に危害を加えようとは――


 彼女は人差し指の先でアランの額に何かを描いた。アランは不思議そうに自分の額に触れて目を丸くする。


「あたたかい……なにコレ?」

「守護の魔法。先を急ぐから、私とはぐれてもいいようにアランには他の精霊に干渉されない魔法をかけた」


 ひとまず、これで対応するしかない。案内役の精霊にアランを任せて魔法使いは急いだ。


「人間がまた森を侵した」

「再び、この森を根絶やしにするつもりか」


 ザワザワと不安を煽る声が聞こえる。おそらくアランが聞いたのもこの類のものだろう。


「うわあぁぁっ」


 ハッと耳を澄ませた。少し距離はあったが、人の悲鳴だ……しかも男の。


「間に合わなかった?」


 負の気配を帯びた空気が集約しているのがわかる。部屋を駆け巡った風を吹かせたのと同じように、空気の流れが一点に集中しているのだ。


「だれか! 助けてくれ!」


 今度ははっきりと自分の聴覚が悲鳴を捉えた。声が聞こえたほうへ一心に走る。


 背の高い木々の間を縫い、ようやく視界が開けると、そこには杉の大木に張りつけにされた男性の姿があった。


 ――やっぱり……


 男の体を捕らえているのは蔦の一種だ。夏蔦よりもいくらか太い。それが生き物のように手足に絡みつき人間の体を樹の幹に固定している。


「ああ……助けてくれ!」


 男性は魔法使いの姿に気づいて助けを求める。だが、もがけばもがくほど蔦は強く絞めつけて抵抗力を奪いとろうとした。


「動かないで! 相手を刺激してはいけない!」

「相手……?」


 男性は……アランの父親はなにを言われているのかわからなかった。相手とはだれのことだと目で訴えている。


「あなたたちはまちがってる! 人間に危害を加えて森から追い払ってはいけない!」


 魔法使いは虚空に視線を移し呼びかけた。なにも変化はないように思われたが、次の瞬間。


 バシュッ!


 いかずちのような強烈な光が魔法使いを襲う。


「魔法使い、あぶない!」


 後から辿り着いたアランは反射的に叫んだ。

 直撃かと思われたが、光の衝撃は魔法使いにぶつかるすれすれのところで四散した。


 ――やむを得ないか……


 魔法使いは目を伏せて一度小さく息を吸いこんだ。右の手を宙にかざし指先で光の文様を描く。文字のように思えたそれは形を変えてまばゆい閃光を放った。


「なに?」


 アランが混乱するなか、彼の父親を捕らえていた蔦の締めつけがわずかに緩んだ。


「精霊たちよ、私の話を聞きなさい!」


 魔法使いの声が森の静寂のなかにこだました。子供に話しかけていた穏やかな声音とは対照的な力を秘めている。


「私は、森と人間がともに不利益を被らないように国の交渉役としてやってきました」


 風のない空間にザワザワと木の葉が揺れははじめた。


「交渉だと? 人間の手先のくせに」

「私が人間を一方的に擁護するつもりならば、風の刃でその蔦をさっさと切り落としているでしょう」


 その言葉に枝葉のざわめきがぴたりと止んだ。


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