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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第3章 星屑の森の魔法使いと紅蓮の狼
38/48

03 風邪の流行(2)※挿絵あり

 村の道案内を兼ねてポーシャの荷物持ちを買って出たアランの功績は大きい。


「アラン、魔女さんのお手伝いかい? そのまま弟子になっちまいなよ」


 大工の女房に揶揄われてアランははにかんだ。魔法使いの弟子などと言われるのもまんざらではなさそうだ。

 他の家でも似たようなことを言われてポーシャ自身も困ってしまった。アランは魔法使いの弟子としては幼過ぎるし、彼女は弟子をとる気はまったくない。


 国や地域によっては魔法使い=魔術師は忌み嫌われる存在にもなるのだが、メルフォルト王国では最近の花形職業になりつつある。

 カタルの村も例外ではない。目のまえに面倒見のいい魔法使いがいれば、悪い仕事じゃないことくらい子供でもわかる。腕がいい魔法使いならば尚更、その貢献度は高い。


 ポーシャが診てまわった患者たちは徐々に快方に向かっている。

 半月も経つころには、ポーシャは村の女たちの信頼を得て、世間話につきあえるほどの余裕ができた。

 会話のなかで、村の女性たちが疑い深い理由を知った。冬のあいだ家を守らなければならない女たちは、外部者のかたりに惑わされないよう子供のころから家族に教えられてきたらしい。


「ねぇ、ポーシャ。ディランからの手紙はきてないの? 元気にしているかな?」


 村の小径をアランと歩いていると、ふいに子供らしい質問をぶつけられる。


「便りがないことが元気にしている証拠よ」


 彼が王都へ戻ってから一度手紙をよこして以来、ディランからはなんの音沙汰もなかった。

 アヒルから人間に戻った剣士ディラン・ホワイトは、手紙に書かれてあったように、王都に戻り警備隊に復職している。

 星屑の森で過ごす間は休職扱いになっていたので今頃忙しい日々を送っているだろう。


挿絵(By みてみん)



 ポーシャの館に滞在しているあいだに、アランたちは「男同士の友情」を育んだらしく、兄弟とはちがった頼れる存在としてディランを慕っているらしい。

 実際、魔法使いの屋敷は彼が去ったとたん、一気に静かになった。おそらくアランもそれが物足りないにちがいない。


 要は、ディランがいなくなってしまい寂しいのだ。八歳のアランには当然のことだろう。

 ところが、少年の次の質問はまったく異なった方向性のものだった。


「ポーシャ、僕って魔法使いになれる?」


 アランに、自分が魔法使いになれるかどうかを尋ねられたのははじめてだった。


「突然どうしたの? アランは魔法使いになりたいの?」


 逆に問われると少年は複雑な面持ちで首を傾げる。


「別にそういうわけじゃないんだけど……森の精霊が見えることが特別おかしなことじゃないって、まえにポーシャが言ってたよね?」


 ポーシャが彼とはじめて会った日のことだ。アランは精霊の姿が見える自分はおかしいのではないか――と思い詰めていた。


「そうよ。子供のころにはわりとあることなのよ。大人になるにつれて見えなくなる人が多いの。魔法使いは見る力と、精霊に働きかけて力を引き出す力のふたつが大事」


 だから、話しかけてごらんなさいとポーシャは幼いころに母親からよく言われていたのだ。


「魔法使いはカッコいいと思ったよ」


 少年の言葉にポーシャは苦笑した。

 魔法使いの立場からすると、カッコいい仕事ばかりではないからだ。呪文との相性しだいで使える魔法の種類が限られてくる。養成学校時代はどれほど呪文集を持ち歩いて試したことか。


 薬草学の場合は草木の名前を一通り覚えなくてはならない。薬草摘みは、薬を作るために必要量の薬草を集めなくてはならず、長時間屈み姿勢で収穫を続ける地味な作業。養成学校では腰痛もちの教授が多いのはそのためだとポーシャは考えている。


 苦労のない仕事なんてない。裏を返せば、いいとこどりの仕事なんてありえない。

 他にも思い出したくない失敗談がいくつもあったが、アランにそれを聞かせるのは酷かもしれない。


「ポーシャみたいに病気の人を助けてあげることもできるでしょ。でも、それは魔法とはちがうよね?」


 少年の問いに魔法使いは笑みを浮かべて頷いた。


「あれは薬草学。人間の体について勉強してきちんと薬を作る勉強をしてきたのよ。魔法は使わなくてもできるの。人助けの仕事ならディランだって同じだわ」

「剣士でも? ああ、でも……そっか、人を助けることもあるよね」


 身近な人物を例に挙げると、なるほどとアランは納得する。


「人助けの仕事は色々あるわ。あなたも誰かの力になりたいと思ったとき、どんな仕事をしたいか見えてくるから」

「そういうものなの?」


 まだ子供にはピンとこないはずだ。

 ポーシャでさえ魔法使いになると決心したのは母の死後だ。


「だから、アランは慌てなくていいの。毎日の生活のなかできっと答えが見つかるわ」

「そっか……そうだね!」


 アランは笑顔を浮かべながら空を仰いだ。


「ポーシャ、こないだの狼はもうどこかへ行っちゃったのかなぁ?」


 こないだの狼とは、森で遭遇した火狼のことだ。手負いの状態で森を彷徨っていたが、アランたちに接触してきた本当の狙いがわからないままだ。

 それにポーシャの髪の一部を持ち去られた。生まれてはじめて遭遇した火狼を相手に隙を見せたことが悔やまれる。


 取り逃がしたのはもったいなかった。かといって攻撃性の高い呪文を使うのは気が引ける。森への被害を考えると、それが正しい手段とは思えなかったのだ。

 火狼の力の程度を見極めぬまま戦うのは危険すぎる。


「あの狼、ポーシャにまた会おうって言ってたでしょう? だから、森から出てないのかな、と思ったんだけど、ポーシャもわからない?」

「そうね……会えるとは思うけど」


 アランの言うとおり、火狼はまた会うことになると言い残して去った。

 探索の魔法を使うことも考えなくはなかったが、単純に考えれば相手はポーシャに会うつもりでいるのだ。


 ――相手が会いにくるなら探すまでもないのよね。


 たしかな根拠もなかったのだが、村で風邪が大流行してしまったため対応に追われて狼のことを考える余裕がなかった。


 火狼に警戒しながらポーシャは仕事をつづけた。森のなかにある屋敷の位置は火狼だって承知しているだろう。いつ相手の襲撃を受けてもおかしくない。

 ところが、狼はいっこうに姿を見せなかった。

 カタルの村から星屑の森の自宅への道を何度往復しても、例の火狼と遭遇することはなかったのだ。

 あまりにも変化に乏しい道中で、狼は本当に姿を消してしまったのかもしれないと思ったほどである。


 ところが最初の出会い同様、狼はポーシャが予期せぬときを見計らって姿を現したのである。


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