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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第2章 星屑の森の魔法使いとくせ毛のアヒル
30/48

21 解呪(2)

「本当に外に出るの?」


 少年の言葉にディランは大きく頷いた。


「ああ、ダメもとだ。アヒルのときよりは役に立つだろ」


 普段よりも早口で喋っているのは時間が惜しいからだ。

 剣のあとに出てきた服を拾い上げる。

 少なくてもズボンを履く時間が必要だった。今のディランは文字通り丸裸だったのだから。

 服を着るという作業に、これほどもどかしさを感じたことはなかっただろう。


+ + + + + +


 一方、魔法使いは。


 ――ディラン、大丈夫だったかしら。


 ポーシャは、強引な方法で避難させた彼らの身を案じたが、すでに意識は目のまえの狼に集中していた。

 正体はある程度想像がついた。


 ――まさかこの森で火狼かろうにお目にかかれるなんて……


 精霊は、世界を構成する地・水・火・風の要素に分類される。

 狼は精霊とは異なるが、世界の構成要素に育まれたの生物の一種として書物には記されている。


 寿命も数百年、あるいは千年を越えるとも言われているが、確かめた人間はいないだろう。

 しかし、星屑の森では精獣の生息は確認されていない。ポーシャ自身、森に移り住んでからその気配を察知したことは一度もなかった。

 今日という今の今まで一度も、だ。


 ウオォーン


 狼の咆哮が森中に響き渡り、火狼を封じていた土や岩石が粉砕される。四散する砕石と塵から風の壁で身を守った。

 土煙を巻き起こした中心地には狼が炎をあげて獲物を睨んでいる。


「その呪文、やはり外の術を身につけているのか……」


 狼の目が鋭い眼光を放つ。


「外って……さっきからなにを言っているの? ここはメルフォルト、星屑の森よ!」


 ポーシャの言葉に狼はぶるっと首を振る。


「ここがどこかなど問題ではない。大事なのはどこの、だ」

「?」


 ディランたちが退場したせいか、狼は先程よりも落ち着いて見えた。敵が減ったことで平常心を取り戻したのかもしれない。


「では、あなたはどこから来たの? この森の住人ではないはず――」


 魔法使いの問いに対して、狼の目がわずかに細められた。


「言ったところでわかるまい。遠い場所だ」


 狼が纏っていた炎が小さくなる。燃えさかる火は、わずかに揺れる程度の穏やかなものへと。

 獣の目にはなにが映っているのかポーシャにはわからなかった。彼女の輪郭をとらえているように見えるが、遠いものを眺めるような、不思議な目をしている。


「魔法使い、おまえはどの土地からやってきた?」

「なぜそんなことを聞くの? どこかなんて、気にしないのでしょう?」


 わずかに風向きが変わった気がした。だが、この問答に意味があるのか不可解だ。


「その傷は……だれにやられたの?」

「自分の力に驕れる者だ。魔法使いの別名とも言えるだろう……」


 ――魔法使いを敵視してる?


 一戦交えるしかないのか。ポーシャは真っ先に森への被害を考えた。この地を守ると決めた以上、個人的な都合で魔力をふるうわけにはいかない。


「ポーシャ!」


 声に振り返ると、若い男がポーシャに向かって走ってくる。

 背の高い黒髪の男だ。さらに上半身は裸であることも意表を突かれた。


「?」


 目を丸くしたポーシャの視界で狼がいち早く反応した。

 再び炎をあげた獣が男に向かって牙を剥く。


「ダメ! 来てはいけない! 来ないで!」


 慌てて男を止めようとした。相手に伝わるように呪文を使わなかったのがまずかった。

 どちらの戦意が勝ったのか、狼が地を蹴り男へと躍りかかる。男は素早く狼をかわして落ちていた木の枝を投げつけた。

 狼が枝と接触した直後、身に纏っていた炎がぼっと音を立ててさらに大きくなる。


 ――ダメ、状況が悪化するばかりだわ!


「人間が! ケガをしなければわからぬか!」


 狼が唸る。

 男の素早い身のこなしは本来なら評価するべきところだが、今は状況が悪い。


「やめて! 相手を刺激しないで!」

「は? 一戦やりあってるんじゃないのか?」


 ポーシャの言葉に、男は毒気を抜かれたようにあんぐり口を開けた。


「だって……アレだぞ? なんで戦わないんだ?」


 慌てて男がポーシャのそばにやってきた。


「戦わないで済むならばそれが最善なの! 相手を下手に煽らないで!」


 上半身剥き出しの男をポーシャは恨めしそうに睨む。


 ――でも、どうして私の名前…?


 男はバツが悪そうだ。しかし、彼が腰に提げている剣と鞘の模様を見てポーシャはすべてを理解した。


「ディラン……?」

「……おぅ」


 返事をしたディランは、なぜかポーシャから目を逸らした。



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