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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第2章 星屑の森の魔法使いとくせ毛のアヒル
25/48

16 迷走(3)※挿絵あり

 ジャガイモやニンジン、玉葱、そして森で収穫したきのこも炒める。シチューは得意なメニューのひとつだ。


「青い野菜は仕上げに……ね」


 料理は子供のころから好きだった。今は亡き母の作業を見様みよう見真似みまねで覚え、研究に没頭している母の代わりにポーシャが食事の用意をしたものだ。

 油で炒めた野菜のにおいが厨房に広がる。


「アヒルになっても嗅覚や味覚はもとのままで助かったよ」


 ポーシャが厨房から覗くと居間でうつぶせて寛ぐアヒルの姿があった。体を伸ばし、うっとりと目を瞑って食べ物のにおいを楽しんでいるらしい。


「期待しすぎないでね」


 野菜を軽く炒めて煮込むだけ。時間をかければ素材の旨味うまみが出てくる。 そしてシチューのルウ作り。


 熱したフライパンのなかでバターの輪郭が失われていく。バターの香しさがふんわりと漂ってきたら少しずつ小麦を加えてルウの素に仕上げていく。牛乳で全体を緩く伸ばすと完成までもう少しだ。


 森の生活では乳製品はとても貴重だった。村人から譲られたものを大事に保管しておくか、市場で調達することになる。後者は屋敷を長時間留守にすることになるので、できれば避けたい。


 ポーシャが乳製品を遠慮なく使うのは、来客や彼女自身にとって特別な日になっていた。

 粘り気を増したペースト状の小麦はグツグツと気泡を放っている。


「水分、熱……空気……」


 ――風の呪文を組み込んでみたら?


 大地の力よりも風の刺激で変化を与えるべきかもしれない、気泡ひとつでこれまでの考え方ががらりと変わった。

 答えに迷ったときには関係のない作業が効果こうか覿面てきめんだった。これまでにもポーシャは料理をしているときに薬の配合を思いつくことがあった。


「あとで呪文を組み直してみよう」


 頭のなかがすっきりしたところで、小麦で作ったシチューのルウ、つまりはホワイトソースを溶いていく。

 最後に味を調えていると、居間のほうからディランがこちらを窺っていた。

 アヒルが遠慮がちに厨房の鍋を気にしている姿はなかなか可愛らしい。まるで子供が母親の料理を待ちきれない、といった様子と似ている。


「もうすぐ出来上がりよ」


 人間相手ならばはしたないと注意すべきところだが、アヒルの姿だと窘める気力も湧かないのが実情だ。


 食卓の準備もできると、シチューをまえにアヒルの小さな目がきらきらしているのがわかった。

 当然、アヒルの姿のディランには食事の補助が必要だ。

 スプーンひと掬いのシチューを慎重にくちばしへと運ぶと、ポーシャの心配をよそにディランは夢中で食べはじめた。


「はじめて食べたとは思えない。マリーの作るシチューとほとんど同じ味だ」


 味つけが気に入ってもらえたのは幸いだ。

 喜んでディランはシチューを平らげていく。


「どうしてポーシャは使用人を雇わないんだ?」

「薪わりに魔法を使わないのと同じ理由よ。自分でできることは自力で片づけているの」


 サラダやパンは細かくしておくとディランも自力で食べられる。


「じゃあ、ポーシャができないことはなんだ?」

「できないこと?」


 自分の特技は説明できても、できないこと、苦手分野について話す機会はほとんどない。


「わかりやすく言えば、人の手を借りなきゃできないことだよ」


 ――人の手を借りる……


 これまで自力でなんとかやってこられたが、生活の不満ならいくつかある。いや、不満というより不便と言ったほうが正しい。


「物の流通がよくないことかしら。大体村の人に買い物を頼むとか、荷物を運んできてもらうとか」

「ここじゃ馬は飼えないのか?」


挿絵(By みてみん)


 飼えなくもないが、森のなかではどんな野生動物に襲われてもおかしくない。ポーシャは馬の精神衛生上あまり好ましい手段とは思えないと説明した。


「転移の魔法って方法もある……でも」

「むやみに使いたくないんだな?」


 先回りしたディランの言葉にポーシャは苦笑しながら頷いた。彼もポーシャの魔法使いとしての心得を理解してきたようだ。


「剣士は? 必要なときにしか剣を抜かなくても平気?」

「警備隊は王都でのあらゆる危険に直面する。相手が剣を持ってるとは限らない。殴り合いの大乱闘ってこともあるさ」


 だから、剣ばかりに頼らないとディランは話した。


「状況に応じてってことなのね」

「でも、常に鍛錬たんれんはしているんだ。ぶっつけ本番とはいかないからな。日々訓練はしている」


 今はできないが、とディランは言葉を補うのも忘れない。

 

 ――ぶっつけ本番……魔法使いも避けたい選択肢よね。

 

 ポーシャは、ディランの言葉がとても他人ひとごととは思えなかった。


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