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星屑の森の魔法使い  作者: 灯野あかり
第2章 星屑の森の魔法使いとくせ毛のアヒル
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15 迷走(2)

 ポーシャは目のまえに広げた煎じ薬を観察する。

 鍵となる薬は手に入った。


 次は呪文だ。


 ディランはその体質ゆえにふたつの呪文が必要なのだ。ひとつは変身魔法を解くための呪文。

 もうひとつは薬そのものを変化させる薬学呪文。

 ディランに被験してもらうためには、あらかじめそれらを用意しておかねばならない。


「さて、と……」


 光や水と揺らぐ力を使った変身解呪とはことなり、薬を変化させるには炎の力を借りなければならない。お湯を沸かすのと同様で熱が必要ならば炎と大地の力まで必要になる。


「ここにきて緊張するなんて、我ながら小心者ね」


 まかりまちがえばアヒルの……ディランの命を奪うことになる。その責任を自覚しているためポーシャに緊張が走った。

 一度席を立ち、ディランの資料を手に戻る。

 彼が人間であったときの体重を確かめるためだ。ほとんどの書類が、魔術師協会がかき集めたディランに関する資料である。そこには警備隊本部に保管されていた記録も一緒になっていた。


「え……」


 備考欄への書き込みに目を留める。


〈アーサー・ホワイト氏との血縁関係はなし〉


 それ以上の補足はなかった。

 おそらくアーサーとはホワイト家の当主だろう。


「養子……ディランも――」


 連想したのはアラン少年の姿だ。短期間に親と血のつながりがないという人間に続けて出くわしたことに妙な因縁を感じる。


「人間は逞しいなぁ」


 養い親とはいえ、彼らの親は子供にたくさんの愛情を注いだことが想像できる。

 アランは両親や兄弟を慕い健気に生きている。ディランは警備隊に属して公共のために働いている。

 どちらも真っ直ぐな生き方だ。

 ポーシャ自身、父親の存在を知らずに過ごしてきたからこそ察するものがあった。


 ――感情移入は禁物よ。


 魔法と関わる者は感情に流されてはいけない。それを戒めとしてきたし、尊敬する母にも諭されてきた。

 魔法使いは、魔法のすばらしさと恐ろしさを知らなければならない。それがわからない者は魔法使いになる資格はないとまで言っていたのを思い出した。


「たしかに……そのとおりかもね」


 母と死別して魔法使いとして独立した今だからこそ言葉の重みを理解できる。

 背負うべき責任、今はディランをもとの人間の姿に戻すことがポーシャの使命だ。


「炎と水……ありし日の姿……」


 すでに頭のなかでは新たな呪文の構成を考えはじめていた。


 + + + + + +


「ポーシャ、腹が減ったんだが……」

「え?」


 ディランの言葉に、ポーシャは書きかけの羊皮紙からようやく顔を上げる。

 日が沈み、部屋全体が暗くなっていた。


「えらく集中しているところ申し訳ないんだが、食事の用意を頼む」


 アヒルがとてとてとポーシャの足下までやってきた。


「あ、うそっ! もうそんな時間?」


 目を凝らしても暗すぎて時計の時刻を確認できない。

 ポーシャは慌てて部屋に明りを灯し、台所へと急いだ。

 呪文の構成を考えているうちに時間の経過を忘れていたのだ。


「集中するとこんな風に時間を忘れるのか?」

「いつもってわけじゃないの! 時々うっかりってくらいで……」


 言い訳じみた返答にディランはふうん、と翼の羽毛を整えてみせる。


「ディラン、なにか食べたいものはある?」

「鶏料理以外ならなんでもいい」


 彼の返事に、ポーシャは吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

 以前、村人から譲ってもらった鶏肉をソテーにしたところ、石のように固まったディランが「共食いをしてる気がする」と言ってまったく受けつけなかった。

 鶏肉料理が大好物だった剣士も、いざ自分がアヒルに変えられると他人事じゃなくなったのだろう。


「お腹に優しいスープ? シチューでもいいわね?」

「シチューを頼む」


 たしかに人は自身の経験で変わっていくのかもしれない。

 部屋のなかはすっかり冷え込んでしまっている。ポーシャは暖炉に火を起こして、炊事の支度にとりかかった。


 ディランは件の鶏肉以外は食べ物の好き嫌いがほとんどない。自宅に料理人を雇っておける経済的状況なら偏食でもおかしくないのに。

 煎じ薬に関する情報を聞き取るためにいくつかディランに質問すると、彼が子供時代からの使用人として働いているのだという。


「あなたの料理人に比べたら、味のほうはあまり期待しないでね」

「心配には及ばない。ポーシャの料理はマリーの味つけに似ているんだ」


 マリー。

 それがディランに煎じ薬を用意し、屋敷で料理番を任されている女性の名前だった。


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