14 迷走(1)
バール長老が手配してくれたおかげで、ホワイト家お抱えの料理人が購入したという煎じ薬を入手することができた。ポーシャが長老へ連絡をとった二日後、鳩によって魔法使いの屋敷に届けられたのだ。
「実物が手に入って助かったわ」
魔法使いは壜に詰められた内容物を慎重に取り出すと、その色や匂いなどを確認して、混ざり合った茶葉を分類する。
「ディラン、薬を飲んだのは一度だけ?」
「いや、飲んだのは全部で二回だ。一日に一回ずつ」
なるほど、とポーシャは珍しく眉間にしわを寄せる。
――効力が発揮されるのに二日かかるってこと? それだって魔法をかけられたのが二日目ってだけで、なんの確証もないわね。
中身は一般的な風邪の予防薬と言われるものと同じである。
だが、配合する者の特徴というものが表われる。この場合は免疫を高める効能が強いものを多めに加えられていた。
――免疫が強くなったから魔法の取り込みが可能になったのかしら?
どれも推論の域を出ない。
「とりあえず、もう一度この薬を飲んでみればいいんじゃないか?」
「薬そのものに耐性が……免疫がついてしまえば意味がなくなってしまうの。服用はぎりぎりまで待ったほうがいいと思う。それにアヒルの状態で飲んでも大丈夫かも怪しいしね」
人間の服用量をそのまま飲むと、アヒルの体には効果が強すぎる可能性もある。
「下手をすればショックで死んでしまうこともあり得るのよ?」
ポーシャは冗談を言っているわけではなかった。この手の薬は用法・容量が重大な結果を招く。
「参考にできる資料を探して分析するわ。だから、それまでディランには待っていてほしいの」
「わかった。ポーシャがそう言うなら待つ」
ディランは素直に頷いた。
アヒルでいる時間が長引くほど不安が募っているはずだ。警備隊に所属しているのが本当ならば、仕事を長く休んでいるわけにはいかないだろう。失業ということも考えられる。
しかし、焦りは禁物だ。
結果を急げばこれまでの時間が水の泡になる。悪くすればディランの命を奪ってしまうことになりかねない。
――優先すべきなのは、彼を安全な状態でもとに戻すこと。
「なあポーシャ。まえに言ってた魔法不干渉体質ってのは、そんなにめずらしいものなのか?」
「ええ。滅多にいないわね。その手の研究をしてる専門家でも不干渉体質の人間と巡りあう確率は低いもの。自分がそうだと気づかないから」
ディランも、魔法でアヒルに変えられなければ自分の体質に気づくことはなかっただろう。
「あなたの場合は解呪する魔法を拒絶しているのが問題なの。できるだけ体に負荷がかからないような手段を探してるところよ」
「そうか……すまない」
ポーシャはアヒルの身体が小さく見えることがある。実際に小さくなっているわけではなく、ディランが落ち込んでいるのだろうと考えるようになった。
ディランの癖のある黒い羽毛を、ポーシャの白い手が優しく撫でる。
「謝るのは私の……魔法使いのほうよ」
思慮の足らない魔法使いのために、ひとりの剣士が窮地に追いやられている。
同時に魔法使いという存在を貶めているのだ。
「愚かな魔法使いのためにディランが被害を受ける謂われはなかった。どうしてこんなことを……っ」
ポーシャが憤りに言葉を震わせた。
同じ魔法使いとして情けない。ひとりの愚行が魔法使い全体の信用を損ねることになる。
「まともなヤツもいるのがわかっただけましだ」
じっくりポーシャを窺うようにアヒルが目を凝らしている。
「おまえがもとの姿に戻してくれたら全部帳消しだ。だから、今はこっちに集中してくれ」
こっちとは、当然ディランをもとに戻すための研究を意味している。
――今のは励まされたのかしら?
今回の最大の被害者である彼が、魔法使いみんなが悪いわけじゃないと言ってくれたような気がした。
それがディランなりの誠意の表し方なのだろう。
「必ず戻してみせる。魔法使い……いいえ、人としての誇りにかけてね」
「おぅ、任せたぞ!」
煎じ薬とにらめっこをつづけるポーシャを残して、ディランは研究室を後にした。




