13 魔法使い(4)
休日には必ずと言っていいほどアランが森に遊びにくる。少年はディランたちの日課につきあいながら、自分の好奇心を満たそうと色々な質問をしてくるので時々大人たちを困らせた。
「ディランは、王都にいるときはなにをしてるの? 剣士なんだよね?」
アランの無邪気な質問にディランはどう答えるべきか一瞬躊躇した。自分の仕事について上手く説明する自信がない。
「剣士として、街で悪人が悪さしないように働いてる」
「それって警備隊のこと?」
アランは身を乗り出して聞いた。
「警備隊を知ってるのか?」
「もちろん! 僕のお父さんは冬のあいだだけ王都で働いてるし、サラ姉ちゃんやリジョージ兄ちゃんもメルフォルトで仕事してる。こっちに帰ってきたときに聞いたことがあるよ」
アランは積極的に家族の話をしてくれる。子供は人に話せる話題が限られているので自然と家庭や学校のできごとが多くなるのだろう。
「王都の警備隊は強い人がたくさんいるって聞いてるよ。部隊がたくさんあるって本当なの?」
「今は八つの警備隊が王都を守ってる」
広いメルフォルトでも王都を中心に働いているのが王都警備隊。剣士だけでなく武道に長けた者ならば入隊資格の条件のひとつを満たしたことになる。
「だが、警備隊は強ければいいってものじゃないんだ」
ディランは警備隊の入隊試験を受けたときの苦労を思い出す。堅苦しい面接にもうんざりしたが、実技は受験者全員で王都中を走りまわる宝さがしゲームだった。
「宝さがしゲーム? 面白そうだね!」
目を輝かせてアランは話のつづきを強請った。
「待って! ポーシャにも聞いてもらおうよ。たしか書庫で本を探してたから……」
アランは止める間もなく書庫へと飛んで行った。彼女に話すほどのことでもないが、退屈しのぎにはなるだろう。
しかし、アランがなかなか戻ってこなかったのでディランも様子を見に行くと、書庫の入り口で棒立ちになった少年を見つけた。
「あっ、ディラン……」
アランが小声でアヒルの接近に応じた。
「どうした……?」
アランと同じように戸口からなかを覗くと立ちすくんでいた理由も理解できた。
調べもの用に置いてある机に突っ伏したままポーシャが眠っていたのだ。
小さな寝息を立て、無防備な状態で。
ディランは足音を立てないようにして彼女の足下まで忍び寄った。
神経を尖らせている魔法使いならば、いくら物音を立てなくても気配で気づかれてしまうだろう。
よほど疲れ切っていなければ。
「……アラン、毛布を持ってきてポーシャにかけてやってくれるか?」
部屋から出る際にアランにそう声をかけた。
アランは無言で頷くと応接間に予備に置いてある毛布をとりに行く。その姿を見ながらくちばしから溜息が零れた。
今の自分では一人分の毛布を運び、彼女にかけてやることもできない。
本当の自分なら、ポーシャくらいの成人女性なら簡単に担いでソファーへでも寝室でも運んで行けるはずなのに。
ディランが眠ったあと、ポーシャが夜遅くまで書庫にこもって調べものをしているのは知っていた。
突っ伏した机には文献や魔法関連の手引書が広げたままだ。きっと新しい治療法を模索しているにちがいない。
――俺はどうすればいいんだ?
自分のために寝る間を惜しんで働いてくれているのはありがたい。その反面、申し訳ない。今の自分はただの役立たずだ。
「ん、んー……?」
のそりと白金色の頭が動いた。ゆっくりと体を起こし、椅子の背もたれに寄りかかる。
「ディラン?」
「すまん、起こしちまったか?」
戸口にいたディランに気づいてポーシャが頭を振る。
「ちょっと休んでいただけ」
「無理するな。風邪でも引いたらこっちも困る。アヒルに人間の風邪が伝染るかわからないが……あ!」
――風邪といえば……
自分の発した言葉に、埋もれかけていた記憶が蘇る。
「どうしたの?」
「アヒルにされる何日かまえに、住み込みの使用人が、風邪の予防薬だって煎じ薬を飲ませてくれたんだ」
使用人とは住み込みの料理人の女性で、ディランの母親といってもおかしくない年齢だ。数日まえから 夜がひどく冷えこむようになったので、気を利かせてディランに薬を用意してくれた。
「薬草専門に行商をしているおじちゃんから買ってる薬だって言ってたが……」
ディランが説明していくにつれてポーシャの目はぱっちりと開き、眠気さえ吹き飛んだようだ。
「今回のことと関係あると思うか?」
「今はなんとも……でも、その行商の人の名前、わかるかしら?」
その晩、星屑の森から光の精霊が王都へ向けて空を駆けることになった。
バール長老との緊急のつなぎであることは言うまでもない。




